ふわあと大きな欠伸をすると、上からフフッと可愛らしい笑い声が聞こえた。
 どうせ私は将来数学使わないんだし、と開き直って現にサボッてる数学の授業をこっそり抜け出して、屋上まで階段を一段飛ばしで駆け上って行く。校内は授業中なのだから、当たり前のようにシーンとなっており、私の階段を駆ける足音だけが廊下まで響いた。屋上まで来ると、思っていた以上に日は照っておらず、私は即座に床に寝転がり、ひなたぼっこを始めた。
 どうせ誰も来ないと油断していたのが悪かったのか、はたまた天気が良すぎたのが悪かったのか、どちらかは分からないがひなたぼっこのついでにうたた寝してしまうんじゃなかった、と今更ながら後悔する。何故なら寝起きの私の視界には"良い"笑顔で私を見る一人の男がいたからだ。しかもただのそこらへんのクラスメイトの男子じゃあない。私にとっては特別、想いを寄せている男子、つまりは夏目くんだった。驚いたと同時にしまった、と思い急いで上半身を起こす。

「わ、夏目くん、」
「お早う、なまえちゃん」
「あ、あの…」
「良く寝てたねえ、僕が何回起こしても起きなかったし」

 いつものように笑顔で接してくる夏目くんに私はおどおど返事するしか無かった。これが夏目くんじゃなくて、他のどうでもいいクラスの男子だったらどれだけ良かっただろうか。好きな人に寝顔(しかも絶対口開けてた…!)を見られるなんて恥ずかしすぎる。

「あの夏目くん、」
「うん?」
「その、変な寝顔見せちゃってごめん、なさい…」
「変って、」

 そんな事無かったよ、とまた優しい笑みでそう言ってきた夏目くんはやっぱり優しいと思ったが、すぐ後に「大口開けてたけど」とまたフフッと笑いながら教えてくれた。そんな好きな人に寝顔を見られるなんてシチュエーションを想定してなかった私が、勿論故意に可愛い寝顔を見せられるなんて出来ないが、せめて口くらい閉めておけよ自分!と自分を責めたくなる。
 ああ…と顔を両手で覆いながら溜息をつくと、夏目くんは私の寝顔では無く、寝言について話し始めた。最初は食べ物の名前を言ってたよ、なんて言ってくる夏目くんは勿論悪気は無いと思うのだが、客観的に見たら、ただの食い意地の張った女にしか見えない。

「うまい棒〜とも言ってたかな」
「ええ!うわあ、恥ずかしい、」
「食べ物の寝言とか結構言う人多いから気にしなくて良いよ」
「、ありがとう夏目くん、」
「それよりもなまえちゃん、」
「ん?」
「なまえちゃん、寝言で僕の名前を呼んでたんだけどどういう意味なのかな?」

 夏目くんが変わらず笑顔でそう聞いてきた瞬間、私の顔がみるみる内に青ざめていくのが分かった。まさか、まさか寝言で夏目くんの名前を呼ぶとは思ってなかった。そしてしかもそれを本人に聞かれるとは。思わず寝言で何でも言ってしまう自分が怖くなった。
 私は周りの女の子とは違い、こんな恥ずかしい状況で勇気を振り絞って告白!なんて事は出来ない小心者な為、寝起きの時と同じようにおろおろしながら、「あー」やら「うー」やら言葉になれてない返事をした。夏目くんはそんな私をどう思ったのか、いつも以上に優しく笑い、私の頭を撫でてきた。

「なまえちゃんは可愛いねえ」
「いや、あの、夏目くん、」
「結局答え分かんないけど、僕なまえちゃんの事好きだし好きなように解釈しちゃうよ?」

 私が驚きの声を上げるよりも前に夏目くんはもう一度私の髪に触れ、私の額にキスを落とした。呆ける私なんかを放って夏目くんは「またね」と屋上を出て行ったが、私は未だに今起こったことが信じられなかった。しかしそれと同時にひなたぼっこして良かった、と先ほどとは真逆のことを考えていた。



20110802/妖精の皮の靴
title by alkalism
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