「せんぱーい」

 随分前からバイトで働いているカフェの更衣室でエプロンを付けていたら(そろそろ店長に更衣室を男女分けろって文句つけたろ)、可愛い、かどうかは怪しいが、学校でもバイト先でも結構仲良くしてる後輩のキッド君が私の名前を呼んだ。

「私が着替えてるって知ってんならノックしようよ、キッド君」
「そんな可哀想な体見ないんで安心して下さいよ」
「お前いつかぶっ殺す」

 キッド君は確かに私の可愛い後輩なんだけど、どうも口が減らない。絶対私に喧嘩売ってるよねこの子!付け途中だったエプロンを後ろ手で結び、まだシフト時間じゃなかったから更衣室のすぐ横にある休憩室の椅子に座った。そしてちょこちょことキッド君もついてきて、じぃーっと私の前の席を見てきたから、"どうぞー"と言えば"どうも、"と少し口に弧を描きながら座るもんだから私もつい笑みがこぼれた。
 目の前に座るキッド君が何故か私の顔をじっと見てきた為、私も対抗してキッド君をじっと見つめ返した。今まで気にした事もなかったから、顔をじっと見た事もなかったが、よく見ればキッド君は整った顔をしてる。特に鼻、鼻が綺麗だ。そういえば私の学年の女子もキッド君を狙ってる子が多いっけ。懐いてくれる可愛い後輩だけど、顔は一丁前に男前なんだな、そう思い、素直に口に出した。

「キッド君って実は格好いいんだね」
「今更ですね」
「あ、そういう所可愛くなーい」
「あざーす」
「いや、褒めてないし」

 キッド君は照れて頭をかくフリをした後、元々休憩室にあった自分の鞄に手を伸ばし、ペットボトルのお茶を出し、飲んだ。先輩もいる?、とキッド君はまるで自分の男友達に聞くみたいなノリで聞いてきたが、流石に間接キスというのはその、何か、ねえ。喉は渇いていたが、キッド君の事を好きな女子の敵に回るのも避けたかった為、一言"大丈夫、"と言って断った。まあ、別にバイト先で同じペットボトルのお茶を飲んだからと言って誰かが知るという訳ではないんだけれど。流石に私でも気になる。

「そういえばキッド君も実はモテるんだよねえ、」
「、別に興味ないっすよ」
「おー、いいねえ、モテる男は余裕だねえ」
「先輩、うっさいすよ」

 ハァ、と溜息をつきながら頬杖をついたキッド君は私を呆れた目で見てきた。そんな見なくても、と自分の頭の上にハテナマークを浮かばせながら"何?"と聞けば、またハァと盛大に溜息をつかれた。ええ、そんなに私うざいかな。

「え、何かごめんよ、キッド君」
「…別に、モテたって」
「うん?」
「モテても惚れた奴が俺の事好きになってくれないんじゃ意味無いですから、」

 キッド君はそう言うと少しふて腐れたような顔をしながら、椅子の背もたれに重心をかけた。そうか、キッド君にも想いを寄せている人がいるんだ。あの人気者のキッド君が好きになる位なんだから、余程可愛い子なんだろうなあ。

「キッド君も実は悩める乙女なんだね、」
「乙女って気持ち悪いっすよ」
「好きな子ってどの子?優しい優しいこの先輩が助けてあげるよ!」

 自分何て良い先輩なんだ、そう心の中で自分を褒めながらキッド君に聞けば、また大きく溜息をつかれた。よくキッド君には子供っぽいって呆れられながら溜息をつかれるが、今日みたく三回も溜息をつかれた事はない。良かれと思って聞いたのに…!

「…先輩ってよく鈍感だって言われません?」
「う、いいいい言われないし」
「言われるんですね、やっぱり」
「えええ、やっぱりって何?そんなに鈍感じゃないつもりなんだけど!」
「ほら、やっぱり鈍感じゃないですか、」

 キッド君はそういえば後ろにもたれかかってた自分の上半身を上げ、机の上に身を乗り出して、小声で何か呟いてきた。言われた瞬間、体のどっかから火が噴いたように熱くなって心臓が昔の、あの初恋の時と同じようにドキドキと高鳴っていた。そして私の顔は自分でも分かる位に火照った。そんな私を見たキッド君は私が何を考えてるか分かってるようで、優しく笑った。

"先輩が大好きなんですってば、"



20110119/カンタービレに浮ぶ
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