「風呂借りるよい」

 ドアを開けた瞬間、変わった髪形をした男は遠慮も無しに勝手に私の部屋に入ってきた。風呂を借りる?自分の風呂に何があったの?壊したの?親父には連絡したの?ていうかそれより何で私の部屋の風呂?次々と私の口から出てくる質問には一つも答えないで、変な髪形をした男、ことマルコは当たり前な顔をして私の風呂に入っていった。部屋が向かい合わせな所為なのだろうが、どうせなら隣のサッチの部屋の風呂を借りればいいのに。心の中で毒づきながらも"まあ、いいか"と雑誌を取り、ベッドのすぐ横に座った。
 しばらくするとガチャリと扉の開く音が部屋中に響いた。音のした方を見れば、腰にタオルを巻いただけのマルコ。毎日上半身裸に近いような服装をしてるのに、腰タオルだけとなると流石に違う。自然と速くなる鼓動を必死に鎮めようとする私をよそにマルコはまだ濡れた髪を犬みたいにブルッと頭を横に振って乾かしていた。
 マルコは「ありがとうよい、」そう言うと私のテーブルに置いてあった缶ビールを一言も無しに飲んだ。あ、間接キスなんて子供らしい考えをする私はやっぱりどうかしているのかもしれない。マルコなんだから、と内心思っていても釘付けになる引き締まった体、まだ若干濡れている髪の毛、湿った唇、そしてビールを喉に通す度に動く彼の喉仏。
 マルコは飲み干した缶ビールをテーブルに置き戻すと、未だ濡れている髪を後ろに掻き上げ、何を思ったのか急に私の隣まで来て座った。出来れば下くらいは履いて頂きたかった。異性としてそれはまずい。

「最近、」
「…?」
「惚れた女が出来てよい」
「、へェ」
「でもそいつァ、鈍感でよい」
「ふーん、」
「どんなに話しかけてもつれねェ返事ばっか返すし、どんなに優しくしても何も反応しねェ。かと言ってどんなに強引に部屋に入って風呂借りて、そいつが口付けてた缶ビールを飲んでも全然反応しなくてよい、本当に困った女だよい」

 横で次々と放つ彼の言葉を聞いた後、最近から今の今まで自分に起こった事をリンクさせる。風呂借りて、ビール飲んでって、正に今自分が私にしてた事じゃないかと心の中で突っ込みながらも、もしかしてこの人は、と淡い、しかしとんでもない期待が頭をよぎる。

「え、何を、」
「更には分かってないふりをいつまでもしてやがるから本当に困るよい、」

 マルコはそう言うと急に私の腰を自分の方へと抱き寄せた。風呂上りのマルコとすっかり湯冷めした私の体温の差が妙にリアルで思わず顔をマルコから背けてしまう。しかしマルコはそれを許してくれず、私の顎を掴み自分の方へ向かせ、「なァ、もう分かってんだろい」と言った。

「誘ってんだよい、馬鹿が」

 そう吐息混じりに私の唇のすぐ前で言うもんだから、この人はきっと私と同じ事をしたいと思ってる、そう解釈し、私は顔を赤らめながらも静かにゆっくり目を閉じた。



20110123/簡易的欲情スイッチ
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