寂しい世界から連れ出そう

菜乃 side

臨時休校の翌日_
学校へと行けば、教室内は一昨日のヴィラン襲撃事件の話題で持ちきりだった。酷く怪我をしていた緑谷くんはもう大丈夫そうだし、クラス全員元気に登校していた。ホームルームの時間になって驚愕したのは、相澤先生の復帰の早さだ。…と言っても全身包帯巻きのミイラマンだが…。

知らされた雄英体育祭の決行、それがヒーローを目指すものにとって如何に重要か云々…。
雄英体育祭は何度もテレビで見た事がある。かつてのオリンピックに並ぶ日本のビッグイベントと言われているソレは、日本国民全員が注目する。つまり自分の個性や名前、言わば"自分という者の存在"を世に知らしめるチャンスなのだ。

USJでの事件では恐怖で体が動かなかった。
ここに来た以上は守る人間にならなくちゃ…。

−−−−
昼休み_

わたしは一人、少し前に友達になった大木の元で座り込んでいた。お弁当を広げ、"いただきます"をすると、わたしの背にいる大木は"お友達と食べないでいいのかい?"と問いかけてきた。

"貴方もお友達でしょう?"と返せば木は嬉しそうに鮮やかな緑の葉をさざめかせた。
木々たちが出すこの葉音が心地良くて昔から好きだった。嬉しそうに枝から出てきた葉を鳴らす光景は可愛らしいなと思えて、自然とこちらまで嬉しくなってしまうのだ。

人と話す事が嫌いなワケじゃない。
だけど、大地から生えている木や草花とは常に心を通わせているから、何も隠さなくていい。話していると気持ちが落ち着くのだ。

わたしが箸を口に運びながら背後の木に一昨日からの事を話していると、話の途中で彼は"今日はここまでみたいだ。"と優しく諭した。

"昼休みはまだあるよ?"とわたしが言うと、"お友達が来たみたいだから"と言ってその優しい声を消してしまった。

辺りを見渡せば、制服を来た一人の人間が此方に向かってきているのが視界に入った。その人はわたしの隣に来て、さも当たり前のように木を背にしてドカッと腰を落とした。わたしは一呼吸置いて爆豪くんに話しかけた。

『爆豪くん、どうしてここへ…?』
「あ?どこでメシ食おうが俺の勝手だろ。」
『…』

特に会話もなく二人してお弁当を広げて食べていた。
こんなに無言なら気まずい筈なのに彼と過ごすこの沈黙は何故か居心地が良かった。
…変なの。

なんだか可笑しくてクスッと笑ってしまう。それを見逃さなかった彼は「あ?」と低く声を漏らした。

『普通お昼ご飯を一緒に食べる人って仲の良い者同士でしょう?それなのにわたしは今、自分の胸ぐらを掴んできた男の子とご飯食べてる。』
「ケッ…相変わらず俺との思い出はそれだけかよ。てめぇの記憶力はンとにゴミだな。」
『……だからそれ言うのやめてよ。』

わたしがそう言うと、爆豪くんは「その通りだろーが、簡単に忘れちまいやがって。」と吐いた。

怒っているような、それでいて少しだけ寂しそうな表情をしている彼を見て、わたしはあることを尋ねた。

『爆豪くんの知るわたしは、爆豪くんのことをなんて呼んでたの?かっちゃん…?』

わたしの発言に、彼は口を開けたまま固まってしまった。…まずかった?緑谷くんがそう呼んでいたし、三人幼馴染ならてっきりわたしもそう呼んでるかと思ったがどうやら違ったらしい。そして「それだけは二度と呼ぶンじゃねぇ、気色悪ィ!」といつもの暴言モードになってしまった。そして箸を持つ手を止めて「知りたけりゃ、自力で思い出せや。」と言った。

一筋縄ではいかないか…。
うーん、と頭を抱えていると彼はわたしのお弁当箱に入っていた卵焼きを一切れ奪って口に運んだ。

『!』
「俺はクソデクみてぇに甘かねぇ。いつまでも"爆豪くん"なんて気色悪ィ呼び方じゃ許さねぇ。」
『…』
「あ?この卵焼きもクソ甘ェじゃねぇか。だし巻きにしろやァッ!」

えぇ、何言ってるのこの人…。そこは好みでしょうよ…。というか人のもの奪っておいてこの言い草はなんなの。爆豪くんはどこまでも横暴だ。

「記憶力がゴミな上に味覚までイカれてンなや。」
『ちょっと?…これは好みの問題でしょう?お菓子みたいに甘いワケじゃないんだから味音痴みたいなこと言わないで!それからこの際だから言うけど、記憶力ゴミだなんて言うのも、あだ名にするのも辞めてくれる!?』

そう言えば彼は目を吊り上げて「俺様との約束忘れるような女はゴミ以下だわ!」とわたしに怒号を浴びせた。

約束…?USJの時に言っていた、'ガキの頃のしょーもねぇ約束'の事だろうか?確か'傍にいる'とか'守る'とか言っていたな。…いくつの時にした約束なんだろう。幼少期にした約束を今も尚果たそうとしているのだろうか?それとも小学生くらいの時にした約束なんだろうか?どちらにせよ意外だ。こんな自己顕示欲の塊みたいな人が一人の女の子とした約束を律儀に覚えている事が。

わたしにとって彼は忘れてもいい存在だったのだろうか。こんな記憶のカケラも残らない程に…。
母には聞けない。確信を得て聞いたところで昨日のように隠されてしまうのが容易に想像できてしまう。自分でなんとかするしかないか…。

爆豪くん、と呼ぼうとしたその口を自分の手で塞いだ。今さっき'気色悪い'と言われたばかりだった。…転入初日に胸ぐらを掴んできた男の子を普通なら避けたいと思って当然なのに、今わたしは彼に近づきたいと思っている。

きっとここ数日での、わたしに対する言動が引っかかるからだ。

わたしは過去のキミを見る事が出来ない。
そして貴方は過去に置き去りにされている。他でもないわたしの所為だ。わたしが忘れている所為で過去の自分に囚われている。

わたしが昔を知らない素振りを見せると彼は怒りの感情をその表情に宿す。だが、彼の強くて赤い目はいつも寂しさを纏ってわたしを映しているように思う。

今度はわたしが貴方を救いたい。一昨日、貴方がわたしの心を突き動かしてくれたように。

『勝己…。』

そう呼べば、彼は何も言わずにただ黙ってわたしをその瞳に映した。昔のわたしが彼の事をなんと呼んでいたのかは分からない。突然の名前呼びに驚いている様子は伺えたが、それ以外の感情は読み取れない。気づけばその赤い目から寂しさは消えていた。彼の目をじっと見ていると、フイッと視線を逸らされた。そしていつもの調子で「用がねぇンなら呼ぶんじゃねぇわ。」と言葉を吐いた。

『ううん、あるよ。』
「…ァんだよ。」
『わたしは、守られる側じゃなくて、守れる人間になりたい。』
「……雑魚ヴィランを前にしてビビってた奴が何言っとんだ。」
『だから体育祭で証明する。わたしは勝己にも勝つつもりでいく。』
「調子乗んなや、俺はてめぇにも誰にも負けねぇわ!」

わたしは誰かの腕を引いてあげられる人間になりたい。USJ内で貴方がわたしにしてくれたように。

…貴方と、対等なわたしでいたい。

そう思いながら拳を強く握った。

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