キミだけが知っていた

菜乃 side

「みんな、無事で何よりだ。イレイザーも重傷を負っている。今日は早く帰って体を休めろ、以上だ。」

USJでの事件の後、わたし達生徒が教室内で帰り支度をしていると、教壇に立ったのはエクトプラズム先生だった。…相澤先生、ひどい怪我だったもんね。
わたしが少しでも早く動けて、先生に個性を使えていたら違ったかもしれない。…今日の自分を思い出すと、足手纏いにしかなってない。爆豪くん、切島くん、緑谷くんに助けられてばかりだ。

…わたしも誰かを守る、助ける人にならなくちゃ。

ホームルームが終わると同時に緑谷くんが教室に入ってきた。どうやら保健室でリカバリーガールから手当てを受けていたようだ。そんな彼に飯田くんやお茶子ちゃんを始め、クラスメイト数名が駆け寄った。わたしも彼にお礼を言いたくて近づいた。

「デクくん大丈夫!?」
「あ、うん!麗日さんありがとう。」
『緑谷くん…』
「…っ、咲良さん、どうかした?」
『さっきは…助けてくれてありがとう。』
「た、助けるって僕は何も…。」
『ううん、名前呼んでくれたおかげで動けた。』
「…う、うん。ごめんね、突然名前を…」
『思い出せるように頑張るね。』
「?」
『わたしは緑谷くんや爆豪くんと初めましてじゃないんだよね?まだよく分かってないけど、これから努力する。』

わたしがそう言うと、緑谷くんは嬉しそうに微笑んで「協力出来ることがあったら言ってよ。」と言ってくれた。わたしもその笑顔に連られて笑うと、緑谷くんは何かを思い出したかのようにハッとして「そういえば…」と口を開いた。

「咲良さんとかっちゃん、二人のことをオールマイトが呼んでたんだった。帰りに保健室に寄って欲しいって。」
『オールマイトが?なんだろう…?』
「内容までは聞いてないんだけど、とにかく二人で来てって…。」
「誰がテメェの言う事聞くかよクソナードが!」
「ヒッッッ、カッチャン……!」
『い、行こうよ爆豪くん…!!』
「命令すんなや!俺ァ自分の意思で行くわ!!」

あ、行くんだ…。

スタスタと教室を出て行った爆豪くんを見て、わたしは慌てて鞄を持って彼を追いかけ保健室へと向かった。

−−−−

保健室のドアノックをすると、中から「どうぞー!」とオールマイトの声が返ってきた。ぼんっと音がしたような気がしたが、保健室内に変わった様子はなく、ベッドの上にオールマイトが座っているだけだった。


「お!来たな!爆豪少年と咲良少女!!」
「俺らに何の用だよ。」
「君たちに大事な話があってな!咲良少女はなんとなくわかるだろう?」

オールマイトに話を振られるが皆目見当もつかず首を傾げた。

「えぇ、嘘だろ…。ゴホン、まぁいい…咲良少女、君の個性についてだ。爆豪少年は知ってるようだから一緒に来てもらったんだ。一緒に聞いてもらったほうがいいと思ってね。」
『わたしの個性、ですか?』
「さっき爆豪少年が口走っただろう。"回復"がどうのって。」

オールマイトに言われ、わたしが『あれは…』と言い淀んでいると爆豪くんが「役立たずなこの女をあの場から離すためにテキトーに言ったデマカセだわ。」と答えてくれた。
爆豪くんがそう言ってくれて助かった。わたしのこの個性は個性届にも書いていないことだった。だから、オールマイトであっても打ち明けて良いものか分からなかったのだ。

「デマカセ…本当にそれなら問題ない。だが、もし君にそんな力があるなら正直に言って欲しい。」

どういうこと…?
オールマイトの言葉に疑問を持ったが、相手はプロヒーローであり先生であると言い聞かせて、わたしは正直に話す事にした。

『回復には使えます。…と言っても草や花達の養分を人のエネルギーに変えて与えるだけです。』
「…そうか。正直に話してくれてありがとう。ちなみにそれを知ってるのはご家族と爆豪少年だけかい?」

…緑谷くんは知ってる様子ではなかったしきっとそうだろう。
オールマイトの質問に首を縦に振って『たぶんそうです…』と答えた。

「そうか、良かったよ、緑谷少年も幼馴染と聞いていたけど、彼何も知らなそうだったから。いやぁー!話してしまわないで良かった良かった!」
「チッ、コイツの回復の個性は公になったらまずいンかよ。」

爆豪くんの投げかけた質問にオールマイトは「ちょっとまずいんだよねこれが…」と言って言葉を続けた。

「回復の個性は貴重とされているのは知ってるだろ?言ってみれば特殊な個性だしね。だがここで問題なのが、咲良少女が回復を持っていることだ。」

「あぁ?」『んー?』と二人して疑問符をつけて返すとオールマイトは「え!咲良少女キミもかい!?」と頭を抱えていた。

『すみません、わたし、個性のこの部分はあんまり人に言うなって親に言われただけで、なぜなのかはわかってないんです。』
「そうか。君のお父上は…確か亡くなっているね?母上は?」
『父は、そうです。母は入院してます。』
「そうか。すまない…。わたしも全てを知ってるわけではないから、知ってることしか伝えてやれないわけだか、君のために話をさせてくれ。」

オールマイトの言葉に『お願いします。』と返すと、オールマイトはゆっくりと話を始めた。わたしも爆豪くんも彼の話に静かに耳を傾けた。

「まず、君が人を回復させる力を持っていることがマズイと私は言ったね?その意味は、大地を操ることができる君が、そんな力を備えてることがまずいんだよ。」
「は?全く意味がわかんねぇよ!」
「まぁまぁ、爆豪少年おちついて。...咲良少女の個性って根や土、草木も思いのままっていう個性だろ?つまり本気を出せば町一つ、いや国一つだって簡単に壊せてしまうわけさ。壊すだけで済むならまだしも、その根や草木のエネルギーを健康体に取り込んでもみろ。」
「…そういう事かよ。つまり、コイツの個性は使い方次第ではその回復っつう部分の原理はゲームで言やぁバフにもなるって事か。」
『…』
「上手く操作が出来ればの話だがな。」

自分の個性をそんな風に使おうと考えた事はない。養分を与えた大地達は生命力を失ってしまうから、回復として使う時でさえも躊躇するというのに…。ずっと自分に話をしてくれている、友達にも似た存在の生命を断つような真似はあまりしたくなかった。両親からの言いつけもあったが、誰かに当てにされ乱用したく無かったからこの"回復"の部分を隠してきたというのもあるのだ。

わたしが俯いているとオールマイトは更に続けた。

「咲良少女のように根や土を操れる個性の持ち主は、個性届けを出した時に"そういう特性"持っているかを検査される。そして持っていれば、国が守り監視する対象となり、自由には生活できなくなるのが普通だ。」
『…』
「だが、君はそうはなってない。何故かはわからんが。」
『…父が死んだあと個性届けを書き直しに行きました。その時、検査をされたような気がするけど、なぜか個性が使えませんでした。父が死んだショックもあってか個性が思うようにならないことが多かった気がします。』

あのとき個性が上手く使えず、お母さんがすごく焦っていたような記憶が薄らとある。…どうしてこんなに記憶がぼんやりとしているんだろう。そもそもどうして書き直しになんか…。あれ?わたしのお父さんって…

どんな人だったっけ?

顔は覚えてる。けど、昔どんな話をしたのかなんてほとんど記憶にない。昔の記憶だから…と片付けるにはおかしい気がする。お父さんはわたしが9つの時に死んだ。9歳の時のことをこんなに覚えてないなんて変だ。

どうして死んだの?どうしてわたしは忘れてるの?

わたしが頭を手で押さえていると、オールマイトは「まぁあまり考え込まないでくれ?」と言葉をかけてくれた。オールマイトの話とは別件で頭を悩ませていた事は隠してわたしは頷いて見せた。

「今から届けを変更することもできる。その個性の特性をしっかりと書いておけば君は安全だろう。しかし、今まで通り学校に通ったり友達と遊んだりなんかの自由はなくなる。申請をしなければ、今回の件でヴィランにもその情報が行ってしまっている。もし君の個性の利用価値に気づけば狙われる対象となるだろう。咲良少女、キミはどうしたい?」

わたしが…どうしたいか。
今日、頭に響いてきたあの冷酷な声と、自分が何もできなかった悔しさを思い出してわたしはキュッと拳を握った。
…わたしは自分の足でヒーロー科に来たんだ。
守られる側にいるのは辞める。誰かを守れる人にならなきゃ。

わたしは顔を上げてオールマイトを真っ直ぐと見て口を開いた。

『わたしは...今のままでいいです。せっかく心配をしてくださったのにすみません。』
「なっに考えてんだ!!!あぁ!?狙われるって言われてンだろ!!!」

わたしに向かって凄まじい怒号を放った爆豪くんの方に向いて、ニコリと笑った。

『うん、だからここで成長する。ヒーロー科に来たんだもん。守られる側を選ぶなんておかしいよ。』
「考えてモノ言えやァッ!」
「…君がそういうのなら、私も君の意見を尊重しよう。」

オールマイトとの話はそれで終わり、わたしと爆豪くんは保健室を後にした。

下駄箱に着いて上履きから靴に履き替えていると「オイ、」と声をかけられた。

『なに?』
「テメェのソレ、デクの野郎は知らねぇンかよ。」
『…あー、どうなんだろう。でも知ってる感じはなかったよね。…あれ?でも三人幼馴染なのに、なんかおかしいね?』
「俺が聞いてンだよ!」
『記憶がないんだから聞かないでよ。』
「都合良く使いやがって…!!」

それだけ言って、彼はさっさと歩いて行ってしまった。
…どうして爆豪くんだけが知っているんだろう。仲良くなってきた友達にも言ってきてない事を彼は知っている。それもわたしから教えたと言っていた。

…わたしにとって貴方は一体どんな存在だったんだろう。わたしはそれがどうしようもなく知りたくなった。

遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ながらそんなことを思った。



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