USJ襲撃A

菜乃 side

倒壊ゾーンを抜け、セントラル広場へと着いたわたし達3人は衝撃的な光景を目の当たりにした。あのオールマイトが気味の悪い怪物に捕らえられているし、地面から現れているワープゲートに体が飲み込まれようとしていた。
わたしは状況を瞬時に理解できず足を止めたというのに、爆豪くんと切島くんは驚くほどの速さでわたしの横を通り過ぎて行ってしまった。

2人に遅れながらも、わたしは立ち止まったその場で手を前に出して大地達に指令を出した。体や顔に手を沢山つけたボス格であろう男、黒いモヤモヤの奴、オールマイトを捕らえている怪物…そいつらの立つ地面一帯を歪めた。

「は?……っ!、な、んだよコレ。」

手の男がそう呟いて体をよろめかせる。モヤの奴も同様にだ。
その隙に爆豪くんがモヤの奴を取り押さえた。

オールマイトの方を見れば、氷が地面を這ってきていて、怪物の体だけを氷漬けにしていた。
地を這う氷の出所を辿り、自分の斜め後ろを見れば、バスで隣に座っていた男の子…轟くんが立っていた。怪物の半身が氷漬けになったおかげで、オールマイトはソイツの腕から抜け出さたようだった。

「スカしてンじゃねぇぞモヤモブがァッ…!」

爆豪くんはモヤの男にそう告げた後、「記憶力ゴミ女!」とおそらくわたしを呼んでいるのであろうあだ名を叫び言葉を続けた。

「てめェは、あっち行ってイレイザーヘッドの応急処置でもしてろやァッ!持ってンだろ回復!てめェにしかできねぇ事しろ!」

一体何様のつもりだろうか。いつもならそんな風に思ってもおかしくない言われようだ。…それでも何故か彼の言葉には逆らわず動いてしまう自分がいる。考えるまでもなく反射のように動かされてしまうのだ。
わたしがその場から動こうとすると、手を沢山付けた奴はゆっくりと口を開いた。

「へぇ、回復かぁ…。こっちには回復キャラいないから困るなァ?…脳無、お前は爆発小僧をやれ。出入り口の奪還だ。…俺はその女を殺る。せっかく致命傷を負わせたヒーローが回復して戻ってきたらそれこそゲームオーバーだ。」

男はそう言うと、悍ましい程の殺気を露わにした。ゾッとして背後に半歩引いてしまう程だった。
…簡単にはこの場から逃がしてもらえそうもない。だけど、今この場に立ち尽くしていたら、また先程のように自分の脳内に冷酷な声が響いてきそうだった。不思議なことに、「判断を誤れば死」という今の状況よりも、またあの声を聞いてしまう事の方が恐かった。

拳を強く握りしめ、手の男に向かって口を開いた。

『回復、なんて便利な個性を敵の前で晒すと思う?…貴方の気を引くには十分なハッタリよね?』
「は……っ!?」

手の男が立っている地面を、先ほどよりもめちゃくちゃに荒らし、足場を崩したのを確認してその場を離れようとした。だが、わたしが後ろに体を引くと、同時にわたしの視界は掌で遮られた。悍ましい殺気を放つ手の男の掌だ。

え…なにこれ…。なんだか分からないけれど、この手に触れてはいけない気がした。だけど動けない。ほんの一瞬の出来事が嫌に長く感じた。

「菜乃ちゃん!」「菜乃!!」

緑谷くんと爆豪くんがわたしの名を呼ぶ声がする。

…あぁもうだから、貴方達はなんでそんなに馴れ馴れしくわたしを呼ぶの…?

二人の声に我に返ってなんとか地面を蹴って自分の体を後ろへと一歩引いた。そして男とわたしの間に土を盛り上げて壁を作り上げた。一瞬にして崩れてしまった土の壁を見て、額から冷や汗が垂れた。

…危なかった。あの手に触れられたら終わりだ。

男は自分が崩した壁の残骸を眺めて「へぇ…その個性…。」と言った。殺気が鎮まったその瞬間にわたしはこのフィールドから撤退するべく、出口へと向かって全速力で駆け出した。



出入り口付近に固まっていた数人の生徒の元に辿り着くと数名のクラスメイトが駆け寄り心配してくれた。

「今、飯田くんが助け呼びに行ってくれとるから!」

お茶子ちゃんがわたしにそう言った。わたしはその言葉に返事をする事もなく相澤先生の姿を探した。
辺りを見渡し、障子くんに担がれている相澤先生を見つけたわたしは、拳を握りしめた。

…わたしにできる事…今わたしにしかできない事…。

大地に命令を出そうとしたその時、ピストルのような音が轟いた。
その銃声に驚いて顔を上げると、雄英教師陣が入り口に並んで立っていた。

「ごめんよみんな!遅くなったね。すぐ動けるものをかき集めて来た。」

根津校長はそう言った。並んだ教師陣達を目にすると安堵の所為か涙が出て来てしまった。
その後は校長の指示の元に教師陣達は、バラバラに散り生徒たちの救助へとへと向かった。その場にいたわたし達生徒はUSJの外へと出された。

爆豪くん達、大丈夫かな…。
それにしてもあの時、爆豪くんが言った事が気になる。"回復もってンだろ"…わたしの個性は確かに回復も可能だ。植物の養分なんかを人のエネルギーとして与えるという原理だ。
…だけど何故それを知っていたの?
わたしは今日、雄英に来て初めて個性を使った。しかも回復の個性なんて見せてない。見せる筈がない。…だって、これは隠してる事だからだ。今までわたしと関わってきた人だって知らない人が多いだろう。
地面を荒らしただけで個性を分析したというのならあまりにも勘が良すぎる。いや、そんな事あり得ない。

担架に乗せられた相澤先生や13号先生が目の前を通り過ぎるのを見て、何もできなかった自分を悔やんだ。下唇を強く噛んで俯いていると、突然視界が揺れる。それから少し遅れて頭に鈍い痛みがやってきた。

『…っ!?』

頭を押さえて顔を上げると目の前には爆豪くんが立っていた。…でも彼はいつもの怒った顔はしていなくて、真剣な顔つきでわたしを見た。

「怪我、ねぇンかよ。」
『…うん、大丈夫。』
「…個性、使ったンか。」
『ううん。…わたしが合流した時には先生達が来てくれたから他の先生達の処置が早かったよ。……わたしは、何も出来なかった。』

'てめェにしかできねぇ事しろ'と言われたのに、結局わたしは何もできず逃げただけだった。爆豪くんと視線を合わせられず下を向くと、彼はわたしの耳に唇を寄せ、ボソッと「それでいいンだろーが。」と言葉を発してさらに続けた。

「隠してるモン、デケェ声で言って悪かったな。使わずに済んだンならいいわ。」

そう言った爆豪くんから距離をとって、彼の腕を掴んで人気のない場所へと連れて行った。「オイコラテメェ!」と言っているのも無視して彼の腕を引いた。
足を止めた場所で辺りを見渡し、誰もいない事を確認して深呼吸をして口を開いた。

『どうして知ってるの?…わたしの個性の事。』
「あ?」
『わたしの貴方に言った覚えはないのに、貴方は知ってる…それを隠したい事まで…。どうして?』

わたしがそう言うと彼は下を向いて、「っざけろや…!」と怒りを噛み殺すように言葉を絞り出した。そして深くため息を吐いた後、わたしを睨みつけるように見て口を開いた。

「自分から言い出した事まで忘れてンじゃねぇわカス…!」
『わたしから…?わたしから話したの?』
「ガキん頃にな。…ンとに何もかも忘れちまってンのかよ。」
『…わたしは爆豪くんの事も、たぶん緑谷くんの事も…覚えてないの。爆豪くんはわたしの小さい時を知ってるって事だよね?』

"キミを知らない"で通す事を辞めた。ここまでわたしの事を知っているのに、彼がわたしと出会っていない筈がないもの。…わたしに幼い頃の記憶はちゃんとある。父や母、兄と遊んだ記憶、友達がいた記憶もある。だけど、おそらく一部が欠落している。
『爆豪くんの中にいるわたしを教えてよ。』と言うと、彼は舌打ちを漏らした。

「信じんのかよ。俺の中にいるてめェの事を話して、てめェは与えられた記憶を想像するだけなら何の解決にもなんねぇ。そんなん話すだけ無駄だろ。」
『…厳しくないかな!?』
「思い出したけりゃ、そのゴミみてぇな記憶力の脳みそかち割って掘り起こしてやらァ…!」
『…そういえばさっきの"記憶力ゴミ女"ってわたしの事だよね?』
「その通りだろーが。」
『はぁ…まぁいいや、でもわたしが思い出したらちゃんと呼んでくれる?』
「…」

わたしの問いに彼は口を閉ざした。そしてわたしを赤い瞳に映して「そりゃてめェもだろ。」と言って背を向けてしまった。

わたし…も…?

わたしは彼をなんと呼んでいたんだろう。
遠ざかって行く彼の後ろ姿に向かって小さな声で『爆豪勝己…爆豪くん、勝己くん、勝己、かっちゃん…?』と様々な呼び方を呟いた。だけどやはりどう呼んでみても昔の彼の姿を思い浮かべることは出来なかった。

前へ 次へ

- ナノ -