キミの隣で

爆豪 side

「ん……、」

病室に入り込んでくる冷たい風で目が覚める。

…寒ィよな。

ベッドの脇に突っ伏していた身体を起き上がらせ、パイプ椅子から腰を上げ、ベッドよりも更に向こうにある窓へと近寄った。

この時期の朝は少し冷える。冷たい風はこの病室に秋を感じさせる匂いを一緒に運んでくる。

…菜乃と出会って、この金木犀の香りが好きになった。この香りを好きだと言うよりも、金木犀の香りを吸い込んで優しく笑いかけてくる菜乃のツラが堪らなく好きだったんだ。この香りを感じる度にアイツのツラを思い出していた。

いつからか、この匂いが嫌いになった。
…アイツが俺の前から居なくなってからだ。

この匂いを感じる度に蓋をし切れねぇガキの頃の初恋ってやつを鮮明に思い出すからだ。
なんで急に俺の前から消えたのか理由も分からず、ただただ苛立ちばかりが募っていた。

だがこの4月、教室に吹き込んでくる春風は季節外れの金木犀の香りを連れてきた。


冷たい風が運んでくる甘い香りを遮断するように、窓を閉めた。

あれから菜乃は三日間目を覚まさねぇままだ。俺は授業が終わればここへ来て菜乃の手の温もりを確認しに来ていた。今日が土曜日で学校が休みってのもあって、昨日は夕方ここへ来て窓を閉め忘れちまって菜乃の傍で眠りについちまったらしい。

夕方から朝まで充分に眠ったはずなのにどこかスッキリとしねェ…。

「…早よ起きろや。」

もう一度菜乃が眠る横のパイプ椅子に腰掛けそう呟いた。
耳に届いた自らの声は、眠気の所為もあるのかなんとも情けなかった。
菜乃の手を握ってその温もりに安堵して再び眠りに落ちた。

−−−−

「それじゃあ、勝己くんによろしくね。」

どれくらい眠っちまってたのか分からねぇが、現実に引き戻されたばかりの微睡む世界でそんな言葉が聞こえた。
菜乃の声じゃねぇ。これは菜乃の母親の声だ。意識がハッキリとする頃には背後でパタン_と扉が閉まる音を聞いた。

菜乃の母親とは、手術のあとで俺がここに一晩泊まった翌日に話をした。朝になって、今度こそ自分の入院する病院から外出許可を取って菜乃の見舞いへと来たようだった。


あの日__

…菜乃の母親は、俺を視界に入れるなり「ごめんなさい。」と謝ってきた。そして言葉を続けた。

「貴方と菜乃が大切にしていた時間を消したこと、本当に申し訳なく思ってるわ。…自分勝手な事をしたって今なら分かる。」

俺に向かって頭を下げたまま苦しそうに言葉を吐き出す菜乃の母親に対して、湧いた感情は怒りでも哀れみでもなかった。

菜乃に…、菜乃の母親に対して、謝りたかったんだ。
現状、俺がアイツを守れなかった事に変わりねェ。
頭を下げる菜乃の母親に俺も頭を下げ返した。俺は床に視線を落としたまま口を開いた。

「忘れた時間も…、一緒に刻めなかった時間もこれから埋めていきゃいい。」
「…」
「この先も何年、何十年とかけてその時間を埋めていくにゃ、菜乃が居なきゃ意味がねェ。…分かってた筈なのに守れなかった。」
「え…?」
「…スミマセンでした。」

言葉を紡ぐ俺の肩に菜乃の母親は両手をそっと置いて「勝己くん、顔を上げて?」と言った。顔を上げた俺に菜乃の母親は優しく笑った。

…その笑い方は菜乃そっくりだった。

「……貴方は菜乃を見つけて助けてくれたわ。ありがとう。」
「…っ、」

“ありがとう”なんざ感謝されていいモンじゃねぇ。何も返せず、菜乃の母親の顔を直視できずに再び俯けば、「こんな時になんだけど…」と自信なさげに言葉を続けた。その声にゆっくりと顔を上げれば、どこか躊躇いながらも笑っていた。

「その…菜乃のどこが好きなのか、おばさん気になって…。」
「……ハ…」
「菜乃が忘れても尚、もう一度勝己くんの事好きになるのは、この数分間でちょっと分かった気がするの。でも、勝己くんは?ほら、勝己くんが好きだったのって9歳までの菜乃でしょう?いくらなんでも菜乃も変わってると思うし、貴方もいろんな女の子を見てきてるから…。」

「答えたくなかったらいいの。」と慌てて付け足す母親に自分でも驚くくらい自然に言葉が口から漏れた。

「変わってねェから。」
「ん?菜乃が?」

目を閉じたままベッドに横たわる菜乃を見て言葉を続けた。

「声も笑ったツラも、花の匂いも、考え方の根っこの部分も…、俺が好きになった菜乃のままだった。」
「…」
「俺のことを“自分のヒーロー”だっつったあの日の菜乃を何度も思い出した。」

本音を口にしても菜乃は目を閉じたままピクリとも動かねぇ。

伝えてェ事は山ほどあるのに一言も届かねェことが歯痒かった。

不安を殺すように強く握りしめた拳を、菜乃の母親はそっと包んだ。

「大丈夫よ。きっとすぐに目を覚ますから。…だから目を覚ましたらあの子にも伝えてあげてくれる?きっと嬉しい筈だから。」

ニコリと笑うと母親は俺の手を離した。そして時計を見て「そろそろ戻らないといけないんだったわ…。」と寂しそうに言った。

「またお話聞かせて。」

その日はそう言って病室を後にした。

−−−−

2日前のことを思い出しながらゆっくりと意識を現実へと戻した。

“勝己くんによろしく”

確かにそう言っていた。
誰に…?俺じゃねぇ誰かにだ。

そこまで考えてハッとした。

自らの手を見りゃ、眠る前に菜乃の手を包み込んでいた筈が、今は菜乃の白い手が俺の手の上に置いてある。

ベッドに突っ伏していた体を勢いよく起き上がらせて菜乃のツラを確認するが、変わらず目は閉じられたままだった。

菜乃の母親が置き直したりでもしたんだろう。
そう、思う事にしてもう一度菜乃の手を握り直すべく自らの手を引こうとすりゃ、微かだが菜乃の手に力が入った。

弱ェ力だったが、俺の手を引き止めるように握ってきたように思えた。

『……もう少しだけ居てくれない?』

穏やかな優しい声に思わず目を見開いた。

視線を菜乃のツラへと移せば、菜乃は目を開けて俺を見ていた。そして固まった俺を見て『ふふ、…おはよう?』と笑いかけた。

ここ数日間、
ずっと聴きたくて堪らなかった声
ずっと見たかった瞳の色
ずっと握り返して欲しかった掌

そのどれもが今、間違いなく存在している。

言葉なんか出てきやしねぇで、胸の奥から熱い何かが込み上げて目頭まで熱くなってきやがる。

菜乃がすぐ側に置いてあったリモコンを操作して、ベッドのリクライニングを上げたおかげで俺たちの距離は近くなる。

菜乃の存在を、温もりを、この身で感じたくて細い身体に腕を回した。

傷が痛まねぇように…脆いガラス細工でも扱うようにそっと、その身体を抱きしめた。

『わたし、3日も眠ってたんだってね?…さっきお母さんから聞いた。』
「…」
『…ごめんね、心配かけて。』
「…」
『勝己…?』

何も返事をしねェ俺に呼びかけるが、それでも尚返事が出来ねぇでいた。

『…もしかして泣いてる?』

図星だった。
言葉を発しちまえば声の震えは誤魔化せねぇ。

腕の中にいる確かな温もりを二度と離さねェように強く抱きしめたかった。だが、菜乃の背中にある傷がそうはさせねぇ。

ただ、その温もりに触れていたくて唇を合わせた。

触れるだけの口付けを離すと、菜乃は優しく笑って両手を伸ばした。その両手で俺の顔面を包み込んで親指で頬を撫でた。
…堪えてたはずの涙はいつの間にか流れちまってたらしい。

『ただいま。』

そう言って今度は菜乃の方から俺の唇に自分のを重ねてきた。

また数秒で唇を離すと、菜乃は『イタタタタ…』と顔を歪めながらゆっくりと身体をベッドへと預けた。

まだ背中の傷はかなり痛むんだろう。

「無茶してンなや。」

そう言って再び俺から唇を重ねた。

「おっ、緑谷ーー!菜乃ちゃんの部屋の前で何して…って…へ…?」
『!?』「ア?」

知った名前が聞こえてきて、咄嗟に合わせていた唇を離して振り返れば、病室の扉は空いていて、そこにはツラを赤くしたデクの野郎が立ってやがった。声の主はアホ面で、コイツもまたデクの隣に立って間抜けな面構えで俺たちを見ていた。

『み、緑谷くんと上鳴くん!?』

菜乃は耳まで真っ赤にしながら驚いていた。

「あー…っと、俺らお邪魔しちゃった感じ…?」
「ご、ごめん!覗くつもりはなくてその…ノックしても返事なかったから…ていうか菜乃ちゃんが眠ってる間はいつもノックの返事はなくて、それでそのいつも通り開けたらかっちゃんもいて…かっちゃんが居るのもいつも通りなんだけど…えぇっとその…」
「まぁ落ち着けって緑谷ww」

頭から湯気が出てショート寸前のデクにアホ面がストップをかけた。

アホ面の後に切島も現れて病室の中を見るなり、「咲良目ぇ覚めてんじゃん!いつ!?」と菜乃の姿に驚いてやがった。

それからはどんどん騒がしくなる一方だ。

切島の言葉に、一緒にきていた麗日やカエル女も慌てて病室の中を覗きにきた。

「え!菜乃ちゃんが!?」
「ケロ、皆んなに知らせなきゃね。」
「てか緑谷どったの?頭から湯気でてっけど…」
「あー…ちょっと刺激がな…「ダァァーーッ!!!」…爆豪?」

切島の疑問にアホ面が困ったように笑いながら答えてやがった。

騒がしくなってくるのに耐えきれず声を発するとその場にいた全員の視線が俺に集まったのがわかった。

「てめェら…くっちゃべって騒ぎ散らしてねェで今すぐ医者呼んでこいやァ…!」
「ぼ、僕が行ってくるよ…!」

デクは声を裏返してそう言うと、この場から逃げるように去っていった。
デクの野郎に切島が「気ィ付けろよー!」と言ってる間に、アホ面は俺に向かって口を開いた。

「てか爆豪が一番うるさくね?」
「るせェ!黙れアホ!!」

そのやり取りを切島が止めに入ってきて、菜乃を含めた周りの奴らが“また始まった”と笑う。

…ようやく“日常”が帰ってきた気がした。

−−−−

医者に菜乃の意識が戻った事が伝わると、すぐに看護師が二人やってきて、俺たちは病室の外へと出された。

看護師たちに遅れて医者が病室へと入れば、5分ほどで部屋から出ていった。続けて出てきた看護師に「もうお部屋いいですよ。」と言われ、菜乃の病室へと戻った。

聞けば、詳しい検査などは午後からするようだった。病室内で話をする程度なら午前の間の見舞いは居て良いと言われたそうだ。

そうは言っても菜乃は目が覚めたばかりで疲れるんじゃねぇかっつう麗日の気を利かした発言で、各々軽く話して解散となった。

俺も寮へ戻ろうとすると菜乃は弱々しく俺の手を掴んだ。

『少し話があるの。』

『予定があったらいいんだけど…』と申し訳なさそうに付け足した菜乃。

俺は掴まれたその手を振り解いて、強く握り返した。

「いくらでも聞いたるわ。」

俺がそう返すと菜乃は安心したように笑った。

「んじゃ俺ら帰るわー!」
「菜乃ちゃん、また来るね!」

切島や麗日の言葉に合わせて周りにいた奴らも手をヒラヒラとさせて消えていった。…この場に一人だけを残して。

「…菜乃ちゃん、」

静かに菜乃の名前を呼んだのは

デクだった。

『緑谷くんどうしたの?』と首を傾げる菜乃に、デクは真剣な面持ちで口を開いた。

「僕もキミと少し話したいんだけど、駄目かな?…できれば二人きりで。」
「あ゛ぁ!?」
「ごめんかっちゃん。5分…いや3分でいいんだ…!」
『勝己…呼び止めといてなんだけど、少しだけ外に出ててもらってもいい?』
「なっ!?……ケッ…好きにしろやァッ!そんかわり3分きっちりしかやらねェ!」

少々…いや、かなり癪だったが菜乃からの頼みもありで、言われた3分の間は病室の外で待つことにした。

パタリ_とドアを閉め、扉に背を預け、スマホで時間を確認した。

「ごめんね、ゆっくりしたい時に…。体、まだ痛むよね?」
『ううん、少し痛むけど動かなければ大丈夫だから。…それよりわたしに話って?』

扉の向こうから微かに二人の会話が聞こえた。始めは聞こうと思って聞いたワケじゃねぇ。たまたま聞こえただけだ。聞いちゃいけねェと分かっちゃいても当たり前に気になっちまう。

「菜乃ちゃんの個性、傷の修復できるよね?」
『…』
「ステイン戦のとき、負傷していたはずの傷が治ったんだ。あの場に遠隔で回復できる人が居たと思ったけど、あれはきっと菜乃ちゃんだよね?…数日前にキミがここに運ばれて来たとき、キミは重症だと聞いたんだ。…つまり自らの傷を修復してない。どうして?」
『…』
「答えたくなかったらいいんだ。ごめんね、変なこと聞いて。」
『わたしの治癒の個性の仕組みは、草花の養分をエネルギーに変えているの。治癒をすれば草花は枯れてしまう。…草花とはね、個性が宿った時から毎日話をしてる。わたしにとっては大切な友達なの。…あの時個性を使わなかった理由は、自分を助けるために友達の命を削りたくなかっただけだよ。』

菜乃の言葉にデクは「そっか…」と納得した返事をしてやがった。

話が終わったところで、スマホで時間を確認するが、まだ3分は経っちゃいなかった。もう時間はいらねェだろうと思い扉に手を伸ばしたところで、「あのさ…もう一つ話したいことがあって…。」と再びデクが話を始めた。

扉を開けようとする手を止めて、中から聞こえるデクの声に耳を澄ませた。

「小さい頃の記憶も戻ったの?」
『うん、戻ったよ!』
「良かった…、それじゃあ子供の頃の僕のこと…、」
『うん、デクくんて呼んでたんだったね。……って、えぇ!?み、緑谷くん!?』

菜乃の驚いた声に、思わず扉を開けたくなっちまう。だが、グッと堪えて中から聞こえる声に耳を傾けた。

「ごめっ…、キミにまたそう呼んでもらえると思ってなくて嬉しくて涙が…。」
『…思い出、忘れててごめんね。』
「ううん、キミさえ良かったらこれからもデクって呼んでくれないかな?」

デクの言葉を聞いて、扉に触れていた手を下ろした。

ガキの頃の気持ちに…幼い恋心に蓋をしきらなかったのはてめェもってか…。

扉に再び背を預けて息を一つ吐き出した。

『わたしもね、またそう呼びたいと思ってたの。ありがとう…デクくん。』
「…っ、」
『デクくん?』

何も答えねェデクに菜乃が再び名前を呼ぶと、デクは「あのね!」と勢い任せに言葉を紡ぎ始めた。

「僕はずっとキミのことが好きだった。」
『ふふ、小さい頃の話でしょう?』
「うん、そう思ってた。けど、キミにもう一度出会って、高校生のキミの中にあの頃と変わらない部分を見つけると、もう一度好きになってた。」

あ?

『デクくんわたしは…!』

デクにこれ以上言わせて堪るかと、病室の扉に手をかけ勢いよく開けた。

その瞬間、視界に飛び込んできた光景に目を見開いた。

デクが菜乃の額に口付けをしてやがった。

「な!?」
『へ!?』

俺と菜乃が驚いた声をあげるも、デクは構わず口を開いた。

「ずっとあの日を後悔してた。」

その言葉に、菜乃は『あの日…?』と首を傾げた。

「幼稚園の運動会…。“かけっこ”でこけたキミに一番に駆け寄ってキスをしたのが僕だったら何か違ってたのかなって。」
『…デクくん。』
「でももし、あれがかっちゃんでなく僕だったとしても何も変わってない。きっと、キミ達は何度でも互いに惹かれ合うんだろうね。」
『そう、なのかな…?でもそうだったらいいな。』
「…何もせず初恋の女の子を諦めるのはやっぱり悔しかったから…突然ごめんね。」
『ううん。ビックリしたけど大丈夫…。伝えてくれてありがとう。』

互いに笑い合う二人を見て沸々と自分の中に苛立ちが溜まるのを感じる。

「てめェら…!」
『へ?』「あ…カッチャン…」

俺が口を開くと二人は苦笑いしながら俺に視線を移した。

「なに勝手に平和に終わらそうとしとンだ…!3分はとっくに過ぎてンだわ、さっさと帰りやがれッ!」

デクの腕を引っ掴んで病室の外へと放り出し、ピシャリと扉を閉めた。

『あの…勝己?怒ってる…よね?』 

俺の背に向かってそう言う菜乃の声音は語尾にかけてどんどん弱々しくなっていく。

菜乃の方へと近寄り声を荒げた。

「前に言ったよなァッ!?デクにも下心があんだってよォ?間抜けなツラ晒してっから今みてェに隙突かれンだよ…!」
「ま、間抜けって…酷くないか、な……っ!?」

俺を睨み反論してくる菜乃の額に口付けを落とせば菜乃はみるみるうちに頬を赤く染めていった。

『な、なんで今!?』
「あんま興奮して大声出してっと傷開いちまうだろーが!」
『それは勝己が酷いこと言うから…!』
「目の前であんなん見せられて黙ってられっかよ…!今日は上書きだけで勘弁しといてやらァッ…!」

額を人差し指で小突いて、ドカッとベッド横のパイプ椅子に腰掛ければ、病室内には数秒の沈黙が流れた。

「で…、俺に話ってなんだよ。」

しばしの沈黙を破ったのは俺だ。
そもそも俺が此処に残ってる理由は、コイツが俺に「話がある」と言ったからだ。話を聞いてやろうと目線を菜乃に向けると、菜乃はふわりと笑って言葉を紡いだ。

『助けてくれて、傍に居てくれてありがとう。』
「……別に、てめェが俺に連絡を寄越して、俺はそれに答えただけだわ。」

助けてなんてやれてねぇ。

「俺は、てめェを守れなかった。」

ガキの頃の約束はまたしても果たせなかった。
俺の言葉に菜乃は首を横に振った。

『ううん、勝己はいつもわたしを助けてくれてた。ヴィランが雄英に襲撃してきたときも、ファミレスでの勝己の友達からの絡みも、痴漢からも、最初にヴィランに攫われた時も…。』
「…っ、」
『ずっと守ってもらってばかりで、わたしは弱いままだった。きっと勝己の隣はもっと強い子が似合うんだと思う。』

…ンだよソレ。
てめェが決める事じゃねぇだろーが。

『でもね、わたしはこの先も貴方と一緒に居たい。忘れてたりメソメソしたり、こうやって心配させちゃったりして、勝己からしたらもう懲り懲りかもしれないけ、ど…っんぐ…!』

つらつらと自分を卑下し始める菜乃の唇に掌を押し付け、言葉を発するのを制した。
目を見開いて俺を見る菜乃に静かに口を開いた。

「…前に言ったろーが。てめェの苦しいも悲しいも全部俺のモンだって。」
『…』
「ハナから中途半端に手に入れようとしてねェわ。“楽しい”、“嬉しい”も、“ツラい”、“苦しい”も…てめェの全部を俺にも抱え込ませろや。過去のも、これから先のも全部だ。」
『…いいの?わたしが隣に居ても。』
『あ?こちとらてめェに忘れられてた上に急に消えられて7年も空白ができとンだ。』
『え、と…ごめん。』
「ケッ…謝罪は求めちゃいねぇわ。だからこの先何十年とかけてその空白を埋めさせろや。」

俺の言葉に菜乃はみるみるうちに頬を紅く染め始める。そして照れ臭そうに口を開いた。

『ふふ、なんかプロポーズみたい。いいの?わたしなんかで。』

照れながらもふざけたようにそう聞く菜乃。その言葉に返事をする代わりに菜乃の唇にキスをした。

“わたしなんか”じゃねぇわ、クソ…。

菜乃が望む【プロポーズ】とやらの言葉は、今はまだ言えねぇ。…もう【ガキの戯言】は懲り懲りだ。

「そん時がきたら、ちゃんと言ったるわバァカ。」

クスクスと幸せそうに笑う菜乃。

これから何年何十年と、コイツがこうして笑ってやがるツラを隣で見ていけますように_

柄にもなくそんな事を願っちまった。


_【知らない】から始まった高校生の俺たちの物語は、これからの【幸せを紡ぐ】物語へと続く_

fin..

前へ 次へ

- ナノ -