キミの手の温もり

爆豪 side

担任と共に寮を出て、少し走ったところに止めてある車に乗り込んだ。
その後部座席に腰を落とせば、運転席にはオールマイトが座ってやがった。

「相澤くん…なぜ爆豪少年を?」
「…咲良の居場所を爆豪しか知らないからです。何かあったときは俺が責任をとります。」
「…そうか。…その時は私も一緒に…いや、これ以上何も起こらないように努めよう。」
「そうですね…。」

そんなやり取りの後、菜乃から送られてきた位置情報の情報を伝えれば、オールマイトはすぐに車を発進させた。先ほどから何も聞こえないスマホを強く握りしめながら耳に当てていれば、担任は助手席から首だけを回して「爆豪、」と俺を呼んだ。

「咲良と通話続いてるよな?」
「あぁ…。だが何も聞こえねェ…。」
「…何か変わった音がしたらすぐに教えてくれ。俺は警察や救急、あと出来るだけ多くのヒーローに連絡を入れておく。お前は咲良との電話に集中してくれ。」
「…分かった。」

本音を言えばオールマイトやイレイザーヘッドを振り切って爆破で飛んで行きてェ。
だが、菜乃を“確実に”救うにはヒーローの助けが必須だ。
焦る気持ちを落ち着ける為に深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。そして自分の意識を全てスマホを当てた耳に集中させた。

−−−−

暫く車を走らせた後、目的地に辿り着いた車が停車した。運転席から降りたオールマイトは「ここだな、」と言って辺りを見渡した。

そこには使われてねェような古い倉庫が数個あるだけであとは荒れ野原だった。
冷たい風が吹いて、地に生えた草が揺れる音だけが耳を掠める。人の気配を感じねぇのが不気味でならなかった。

「油断するなよ。」

イレイザーヘッドはゴーグルを装備しながらそう言った。「わぁってる。」と返せば、イレイザーヘッドは更に言葉を続けた。

「爆豪、咲良の方からは特に変わった音は拾えないか?」
「あぁ。…この車のエンジン音さえも聞こえてねぇ。」
「あそこに見えるどれかの倉庫の辺りかもな。俺が名前を呼びながら向かうから、お前は俺に付いて来て、受話口から俺の声が拾えたら教えてくれ。…オールマイトはここで待機でお願いします。」

今すぐにでも行動しようとするイレイザーヘッドに対して、オールマイトはその指示へ“待った”をかけた。

「相澤くん、大丈夫かい?人の気配は感じないが、もし敵がまだ居たら自らの位置を晒す事になるんじゃ…。」
「咲良の状況が分からない今は一刻を争います。とにかく見つけ出す事を優先します。」
「しかし爆豪少年がいるだろう。」
「大丈夫ですよ。敵が出たら爆豪は即刻ここまで戻らせます。…咲良も爆豪も俺の生徒です。…全員ちゃんと守ります。」

イレイザーヘッドの言葉にオールマイトが「分かった、」と承諾をすれば、各々が与えられた役割を果たすべく配置につく。

「遅れをとるなよ。」
「ハ…、ったりめェだろーが。」
「充分な回答だよ。」

それだけのやり取りを交わすと、イレイザーヘッドは一気にその場から駆け出した。
すかさず俺もその後に続いた。

「咲良ー!」

さっき指示された通り、名を叫びながら駆けるイレイザーヘッドの後に続き、スマホから聞こえる音声を拾うべく全神経を使った。

一つ目の倉庫に近づいた時、受話口から【咲良ー!】というイレイザーヘッドの声が返ってきた。すかさず足を止めると、前を走っていたイレイザーヘッドも足を止めて振り返った。

「音が返ってきた。この近くにアイツのスマホがある筈だ。」
「…通話を切って、今度はお前から咲良に掛けてみてくれ。その着信音を探す。」
「…っ、」
「マナーになってない事を祈るがな。」

通話を切り、再び掛け直せばコール音が鳴り始めた。スマホを耳から降ろして辺り一帯の音を聞く。
風の音、風に揺れる草の音…こんなにも静かな音が今は雑音に聞こえて仕方ねェ。

必死になって電子音を拾おうとするが、相変わらず聞こえるのは自然の音だけだった。

「菜乃…、どこ居やがんだ…!」

コール音が止んでないか確認するべく、もう一度スマホを耳に当てようとした時だ。
…大して強く風が吹いたワケでもねぇのに北東の方角からカサカサと少しだけ強く草が擦れる音が聞こえた気がした。

「あっちだ。」

その方角を指差せば、イレイザーヘッドは頷いて俺が指差した方向へと向かった。

走ってりゃ微かに電子音が聞こえ始めた。それはだんだんと大きくなっていき、確実に距離を縮めている事を意味していた。

「…咲良っ!」

俺の前を走っていたイレイザーヘッドが突然足を止めた。名前の呼び方でそこに菜乃が居たんだとすぐに理解できた。

音の発信源はやはりスマホだ。間違いなく菜乃のものだった。

そのスマホの先には菜乃が倒れていた。

…だが、自分の目に映る光景を現実だと思えなかった。

倒れていた菜乃の周りには血の水溜りができていた。目は閉じられていて完全に意識を失ってやがった。

「…菜乃…、…っ、菜乃っ…!」

ツラのすぐ横に座り込んで手を握るも、何も反応がねぇ。どんだけ強く握ってもピクリとも動かねぇ菜乃を前にして、自分の呼吸が乱れていくのが分かった。

「菜乃っ…!また勝手に俺の前から消えようとしてンなや…!…返事、しろや…クソが…!」

視界がボヤけてきて、声も出にくくなっちまってた。

「爆豪落ち着け!微かだが、まだ息がある。」
「…!」

自分にかけられたその言葉に思わず顔を上げた。

イレイザーヘッドはゴーグルを外していた。そして首に巻いていた捕縛布も取り始めた。

「もうじき救急隊が到着するだろう。オールマイトの所に戻って、到着した救急隊をここまで連れてきてくれ。個性を使えば俺よりも速く戻れるだろ?」
「…っ、先生は…。」

俺の問いかけに担任は解いた捕縛布を両手に持った状態で口を開いた。

「咲良の止血をする。時間が経ってるから意味があるかどうかは分からんがな。」

それを聞いて、俺は全速力で来た道を戻った。

来た道を戻る最中、横たわる菜乃に何もしてやれなかった事をただただ悔しく思った。

−−−−

あれからすぐに菜乃は救急車で病院に運ばれた。
「オールマイトの車で寮へ帰っておけ」と言い残して救急車に同乗した担任。だが、オールマイトが俺を乗せて向かった先は菜乃の運ばれた病院だった。

「オールマイトさん…。」

手術室の前に現れた俺とオールマイトを目にして、担任は深くため息を落とした。

「気になって眠れないんじゃないかと思ってね。」

オールマイトはそう言った。

病院に着いた時、車内で「どうして連れて来たんだ」と問えば、オールマイトは真っ直ぐ俺を見て口を開いた。

「爆豪少年にとって咲良少女がクラスメイトっていうだけの存在じゃないのは分かるからさ。…余計なお世話だったかな?」
「…いや、」

そんな会話をしていた。

手術室の前で担任は「やれやれ」と頭をかきながらも「来てしまったものは仕方ない。」と言って廊下の椅子に腰を落とした。

「アイツの容態は…」

俺がそう切り出せば、担任は視線を落として口を開いた。

「傷が深く出血もひどい。輸血が必要だと言っていたよ。」
「…っ、」

「大丈夫」や「助かる」なんて気休めも言えねぇ状況じゃねぇのは分かっちゃいた。だが、どっかでその言葉を期待しちまっていたんだ。

菜乃をこんな目に合わせたヴィランにも、こんな事になる前に見つけてやれなかった自分にも腹が立っちまって拳を強く握りしめた。

そんな時、看護師の2人が慌ただしく走ってくるのが見えた。

「血が足りないってどういう事!?」
「彼女と同じ血液型の輸血をさっき他の患者さんに使っちゃってて足りなかったの!」
「まずいわよ、今オペ室にいる患者さんもかなりの出血だもの!」
「とにかく先生に早く伝えなきゃ。」

そんな内容だった。今オペ室にいる患者…つまり菜乃の事だ。

ハ…?ちょっと待て。血が足りねぇっつーことは、菜乃は…、

「アイツは…、菜乃は助からねェって事かよ。」

走ってきた看護師のうちの一人の腕を掴み引き止め、そう口にすると「あ、いや…」と言葉を濁した。

アイツの血液型はたしか…
ガキの頃、菜乃が『A型とB型って仲良しになれないんだって…』としょぼくれたツラで言って来ていたのを思い出す。

アイツはB型だ。
つまり俺の血は分けられねェ…。
こんな時でさえも、自分じゃ助けられねぇ事が歯痒い。

「クソがァッ…!」と吐き出すと看護師は肩をびくつかせた。

「今の話、菜乃のことかしら?」

この張り詰めた空気の中に、そんな落ち着いた女の声が静かに響いた。
声のした方に視線をやれば、そこには50代くらいの女が俺たちの方へ歩いて来ていた。何処かで見たことのある顔だった。
その女は俺の前に来て足を止めると看護師を見てまた口を開いた。

「咲良菜乃の事なら、私の血をあげれないかしら?私もあの子と同じB型だから。」

近くで見りゃすぐに誰だか理解できた。
この話し方、菜乃と同じ顔立ち、花の匂い…ガキの頃に会った時より老け込んじゃいるが、紛れもなく菜乃の母親だ。

菜乃の母親の言葉に、担任も「俺もB型です。俺の血も使えれば…」と続けた。

それを聞いた看護師は俺に掴まれていた腕を振り解いて「血液の検査をしますのでお二人ともすぐに来てください!」と二人を急かした。

「僕も!!」

看護師が二人を連れて別室へと行こうとしていると、背後からそんな叫び声が聞こえた。
その声の主のツラを確認するまでもなく「またてめェかよ…」と心の中で思っちまうほどに聞き慣れた声だ。

デクだ。

看護師の元へ走って、息を切らしているデクに担任は「緑谷、どうしてここに…」と驚きの声を漏らしてやがった。

「ハァ…オールマイト、から…聞いて…。…っ、それより菜乃ちゃんの血が足りないなら僕のも使えるか検査してください。僕はO型です。O型は万人に輸血出来ますよね…?」

それを聞いた看護師は「それじゃキミも一緒に来て!」と三人を連れて別室へと消えていった。

何も出来ねぇ自分がただただ情けなくて、廊下の椅子に腰を落として項垂れていると、オールマイトは俺の隣に腰掛けた。

「きっと大丈夫だよ。」

気休めだろうが、そんな言葉がようやく聞けた事で少しだけ安堵しちまう自分がいた。

−−−−

あれから数十分して別室から出て来た担任とデクと…菜乃の母親。三人とも菜乃の血液の型と合ったようで手術は続行している。
俺とオールマイトを含めた五人で再び手術室の前で長ェ時が過ぎるのを待っていた。

担任は菜乃の母親に「此方の配慮が欠けておりました…」と申し訳なさそうに頭を下げていた。

菜乃の母親は「頭を上げてください」と言って、ゆっくりと話を始めた。

「あの子は昔から自分で言ったことを放り出したことはありません。ヒーローになりたいと自らが決めたことなんですよ。…だからあの子はきっと大丈夫です。目を覚ましたら、またあの子に色々と教えてあげてください。」

その言葉を聞いて担任とオールマイトは何も言わず再び頭を下げた。

俺の隣でその様子を見ていたデクが一歩前に出て「あの…」と口を開いた。デクの目線の先にいるのは菜乃の母親だ。

「出久くん…と勝己くん…だったかしら?久しぶりね。どうかしたの?」
「あ、はい。お久しぶりです。あの…」

俺が軽く頭を下げると、デクの野郎は始めこそ何やら言いにくそうにしていたが、意を決したようにハッキリと言葉を口にした。

「あの…菜乃ちゃんの個性ってお母さんから受け継いだものですよね?」
「そうね。それがどうかしたの?」
「…お母さんなら菜乃ちゃんの体を回復させる事が出来るんじゃないかなって。僕の言ってる意味、分かりますか?」
「デク。」

デクの口から出た言葉を耳にして、それ以上は言わせまいと肩を掴んだ。
随分前に菜乃は“デクは自分の個性の全てを知らない”と言っていた。だが今、デクは菜乃の個性でできる事について確信を持って話してやがる。

なぜソレを知ってるかは知らねェが、菜乃が誰にも話したがらないことを、ここで下手に口にさせるワケにもいかなかった。

デクの問いかけに菜乃の母親は少し考えたあと返答をした。

「出久くんが言いたいことは分かるわ。…でもその答えはNOよ。」
「…っ、どうして!」
「あの子はヒーローを目指して、この個性を戦闘において使えるように「育てた」の。おばさんはそういう風にこの個性を訓練させてないわ。つまり、私に出来る事はあの子も出来るけど、あの子に出来ることが私に出来るとは限らないのよ。」
「…っ、」
「身体にかかる負担も、身の委ね方も私には分からないの。出来るのは草花の声を聞くことだけよ。…だから任せましょう?あの子の生命力とお医者さんの力に。」

デクも、その場に居た先生たちも、それ以上は何も言わなかった。

その時、手術室の扉の上で【手術中】と赤く光っていたライトが消えて、菜乃の手術の終わりを告げた。
その場にいた全員の視線が扉へと集まる。扉が開き、医師に続けて出て来たのは寝たまま点滴が繋がれた状態の菜乃だった。

「一命は取り留めました。いつかは目を覚ますとは思いますが、内臓の損傷と出血量が多かったので、急変しないとも言えません。目を覚ますまでは油断できない状況です。」

医師の説明に皆が下を向いた。
全員が困惑して何と言っていいか分からない中、菜乃の母親が言葉を発した。

「あの子ならきっと大丈夫です。だから今日はもう皆さんお休みになってください。」

その言葉で先生たちは頭を下げて俺とデクに「帰るぞ」と言った。
だが、素直に動けねぇ自分がいた。

俺がここに居たってアイツの為に何が出来るわけでもねェ。
だが、今日だけは何かあってもすぐに手が届く所に居たかった。自己満足の自分勝手な考えに過ぎねぇのは分かっちゃいる。

それでも今日だけは傍に居たかった。

「かっちゃん…?」「爆豪少年?」

デクとオールマイトがほぼ同時に振り返って俺を呼んだ。俯いて拳を握りしめる俺のすぐ側に一人の人物が立つ。…菜乃の母親だ。
菜乃の母親は、俺の肩に手を置いて先生たちに聞こえるように、優しく俺に言葉をかけた。

「おばさん入院してる病院を勝手に抜け出してここへ来てるの。そろそろ看護師さんたちが気づいて騒ぎ始めちゃうと思う。今日は菜乃の側に居てあげたいんだけど、そろそろ帰らないといけないから、おばさんの代わりに勝己くんが傍に居てあげてくれない?」
「…っ!」
「もちろん、貴方が嫌じゃなければだし、先生方が許せば、なんだけど。」

顔を上げて担任を見れば、一つ息を吐き出したあと口を開いた。

「朝には迎えにくるから、明日の朝はちゃんと車に乗るように。」

それだけ言ってデクとオールマイトと共に病院の出口の方向へと消えていった。
菜乃の母親もまた、「よろしくね。」と言ってデク達と同じ方向へと歩き始める。
俺はその背中に向かって深く頭を下げた。

−−−−

ピッ_ピッ_

静かな病室では電子音と菜乃の細い息遣いだけが聞こえていた。
こんな無機質な音でも、菜乃が生きている音だと思うと安心ができた。

掛け布団からはみ出た菜乃の手を握れば、ほんのりと温かかった。

「また勝手に俺の前から居なくなったりなんかしたらタダじゃおかねェ…!」

菜乃がどこにも行かねぇように
その温もりを逃さぬように

一晩中、強く_強く_握りしめた。

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