助けたい

爆豪 side

菜乃が検査と母親の見舞いで病院に行くと出かけた日の夜、A組寮内は騒然としていた。
昼前には“これから帰る”とアイツからメッセージが届いていたが、待てど暮らせど菜乃は戻って来やしなかった。
寮内の清掃をしながら逐一メッセージを確認しちゃいた。だが、それ以降メッセージの受信もなかった。

夕方を過ぎ、寮内にクラスの奴らが授業を終えて帰って来た頃、担任であるイレイザーヘッドも寮へと来て菜乃の帰宅がねぇ事を気にしてやがった。

昼前に俺とやり取りをした事を伝えると、何かを考えたあと、「全職員に周知して捜索にあたることになるだろう。」と言った。

「他の者も何か咲良から連絡があったら教えてくれ。」

そう言いながら寮から出て行っちまった。

寮内に流れる空気が“お疲れモード”から一気に緊迫した物へと変わったのが分かった。

それから1時間の間、クラス全員がスマホを手にして何も手に付かねェ状態だった。
寮の扉が開くと全員がそこへ注目した。

…だが、寮へとやってきたのは菜乃ではなく担任だった。

「なんだぁ先生かー…。」

ピンクの黒目の奴がそう言ってあからさまに気を落とした。

「その様子だと咲良からは連絡がないようだな。」

担任にいつもの気怠げな様子はねぇ。だが、落ち着いた口調で俺を視界に捕らえて話を続けた。

「最後に咲良とやり取りをしたのは爆豪だったよな?」
「…あぁ。」
「“これから寮へ戻る”という内容が何時に来たのか正確な時間を教えてくれ。…警察にも捜索願いを出すことになった。」

担任の言葉に寮内は更に騒ついた。

「け、警察ー!?」と言うブドウ頭に担任は淡々と答えた。

「咲良は連合に一度攫われてる。今回もその可能性が高いと学校側が判断した。…暫く連合に動きがなかったからと、咲良の外出に護衛を付けなかったコチラの落ち度だ。」

俺は話を聞きながらスマホを取り出して菜乃とのメッセージ画面を開いた。

「あ゛?」

俺の声に、その場にいた全員の視線が集まったのを感じた。
思わず声を漏らしちまったのは、メッセージ画面を開いたとほぼ同時に菜乃から位置情報が送られて来たからだ。

「どした爆豪ー?」

アホ面の疑問符に答えるよりも先に、俺は菜乃に着信するべくスマホを耳に当てていた。
送った直後だからだろうか、コールオンは1コール鳴り終わったところで途切れた。

「てめェ今『助けて!ヴィランに…!?、ぅっ…ぁ…』…あ!?」

苦しげな菜乃の声が聞こえたと思ったら、ガサッ_とスマホが地面に落ちたような音がした。

「オイ!菜乃!!」

そう呼びかけるも電話の向こうで聞こえるのは菜乃の悲鳴だけだった。
それ以降は何度呼びかけても菜乃の声が聞こえることはなくなった。

「かっちゃん!?電話、菜乃ちゃんだよね?今の叫び声ってまさか菜乃ちゃ「だァってろ!!」…!」

デクが不安気に、そして慌てたように血相を変えて俺に問いかけるのを制止させたのは、気に障るとかンな理由じゃねぇ。背後で菜乃とは別の声が聞こえたからだ。

話の全容こそは聞き取れなかったが、所々の単語は聞き取ることができた。

ナイフ…出血死…

その単語だけで菜乃がヤベェ状況に置かれてるのを察した。自分の心臓が聞いたこともねぇくらいに速く脈打つのを感じた。
電話の向こうでは、続けてまた別の声が聞こえて、今度は音こそ小さかったが内容を聞き取ることができた。

“アナタのお顔、私がカワイクお化粧してあげたかったのに残念です。”

電話の所為で多少声は違って聞こえるが、声…喋り方…敵連合にいたイカれた女だと確信した。

それからは人の声は聞こえる事はなくなっちまった。

「オイ…!菜乃…!返事しろや…!」

菜乃の名を呼び続ける俺に、切島は俺の肩を掴んで「落ち着けって爆豪!」と声を荒げた。そしてカエル女が「ケロッ」と声を発して言葉を続けた。

「爆豪ちゃん、菜乃ちゃんは何て?」
「分かんねェ…!ただヤベェ状況だ。アイツの悲鳴が聞こえた。」
「悲鳴!?なんかヤバいのに巻き込まれてんじゃん…!」

耳の奴が言葉を捲し立てると、クラス連中は再びざわつき始める。

「お前ら落ち着け。」

担任はこの場にいた全員にそう言った。そして今度は俺に向かって口を開いた。

「爆豪、まだ通話は続いてるんだよな?そのまま繋いでてくれ。急いで警察に逆探してもらう。」
「いや、その必要はねぇ。位置情報が送られてきてる。」

通話を続けたまま、菜乃とのメッセージ画面を見せた。

担任は「すぐに向かおう。」と言って、自らのスマホを耳に当てて俺たちに背を向けた。
他の教師陣たちにも連絡をするためだろう。

「先生…!僕たちも…!」

デクの叫びに担任は寮の扉へ向かわせていた足を止め、振り返って口を開いた。

「お前たちは此処にいろ。」
「でも…!」
「心配する気持ちは分かる。だが、狙いがお前たち生徒の可能性がある限り行く事は許されん。…必ず連れ帰るから、今度こそ大人しく待ってろよ。」
「…っ、」

デクは…いや、他のクラス連中も何も言えず黙っていた。担任は更に言葉を続けた。

「ただ…爆豪、お前は咲良との通話が途切れないようバッテリーを保ちながら着いてきてくれ。…あくまでも欲しいのは咲良と繋がっているお前のスマホだ。勝手な行動は許さん。」
「…っ、」
「本音は、一度ヴィランに攫われているお前を連れて行くことも避けたいところだが、お前のスマホを俺が持って行くワケにもいかんからな。…いいか、約束が守れないなら即刻連れ帰る。それは咲良の救出が手遅れになる可能性がある事を忘れるな。」
「…っ、わァッとるわ…!!」

幼児のガキにでも言い聞かせるような忠告が鬱陶しくて堪らず、つい声を荒げちまった。俺の返事を聞くと、担任は「よし…。行くぞ。」と言って足早に寮の扉へと急いだ。

ヒーロー:イレイザーヘッドの後ろについて走りながら持っていたスマホを耳に当てて口を開いた。

「すぐそっち行ってやっから、少しだけ待っとけ…!」

返事どころか、人の声も、物音も聞こえなくなったスマホを強く握りしめた。


絶対ェ、死なせやしねぇからな…。

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