薄れゆく意識の中で

菜乃 side

どのくらい眠っていたんだろうか。目を開け、ぼうっとする思考で辺りを見渡せば、だんだんと脳内は覚醒してきた。

全く知らない場所に居た。どうやらどこかの使われてない倉庫のようで、薄暗く不気味だ。
両手首は後ろ手で拘束されてるが、足は自由だった。寝転んでいた身体を起こしその場に座って事の経緯を思い出していた。

そうだ、病院から帰ろうとしたら黒いモヤが現れてシガラキという男に押し込まれたんだ。モヤゲートから出てすぐ鈍い音と共に首の後ろに痛みが走り、そのまま意識を飛ばしてしまったようだ。

アイツらに連れて来られたという事は、ここが今の敵連合の“巣”だろうか。

奴らが来る前にここから逃げないとまずい。

幸いにも足は縛られてはいない。しかも現状、この場にはわたししか居ない。
ズボンのお尻ポケットにスマホがあるのを確認して静かに立ち上がった。

「やっと起きたか。」

耳に届いた静かな声にビクリと肩が跳ねてしまう。聞きたくもない耳障りな声だった。
わたしを「同類」だと、「人殺し」だと言ったこの冷酷な声が心底嫌いだ。

違う_わたしは、コイツらと一緒じゃない、違う。

速くなる呼吸を落ち着けるように、意識的に深く息を吸って吐き出しながら自分に言い聞かせていた。

ゆっくりとコチラへ近づいてくる足音は一人ではなかった。
二人、三人…いやもう少しいる。

恐る恐る顔を上げれば、わたしの前には神野のアジトで見た敵連合全員が揃っていた。

後ろへ引こうにも背後は壁。辺りを見渡すも、月明かりが差し込む小窓が遥か高い位置にあるだけだ。…どうやら逃げ道はコイツらの後ろにある扉だけのようだった。

とにかく手を使えるようにしないと…。

そう思っていると男が声を発した。シガラキとは違う声だった。

「なんでまだこの女に執着してんだよ?…まさかこのガキに惚れたか?」

顔中継接ぎだらけの男が放った小馬鹿にしたような言葉に、シガラキは声のトーンを変えず返した。

「この女の個性は使えるからな。」

シガラキの血走った目はわたしを捕らえて離さないでいた。そして言葉を続けた。

「この間の話の続きだ。」
『貴方達の仲間に…と言う話なら断った筈よ。』
「二度も同じ話をしてるんだ。…三度目はないと思った方がいい。名門雄英高校の生徒サマなら言ってる意味が分かるだろ?」

シガラキはそう言って怪しく笑った。

『…どうしてそんなにわたしの個性が欲しいの?』
「言ったろ?こちとら回復キャラ居ないんだって。あとはお前の個性はこの腐った世界を簡単に壊せる。壊したいんだよ…ヒーローが持て囃されるこの世界を…!」

シガラキの発言で、以前オールマイトがわたしと勝己に話してくれた事を思い出した。

…コイツは知ってる。
わたしの持つ個性が大地“操作”ではなく、“支配”だということを。

『返答は以前と同じよ。…貴方達の仲間にはならない。』

わたしが返事をすると、シガラキは首をガリガリと掻きむしりながらブツブツと何かを呟き始めた。そしてわたしに聞こえるように声を大にして狂ったように言葉を発した。

「三度目はないとさっき言ったのは、お前がヒーロー側にいるのも面倒だからだ…!お前は、俺達と組むか死ぬかのどちらかなんだよ!そもそも何でヒーロー殺しの血縁がヒーロー目指してんだよ、それこそふざけてるだろ…!俺達に最も近い存在の筈なのに!ヒーローの志しってのがあるだけで擁護される!」
『…っ、』

シガラキはそこまで叫んだあと、急に憑き物が落ちたかのように落ち着いた口調で「あぁ、そうか」と呟いて首を掻きむしっていた手を止めた。

「そうだ、やっぱりヒーローが悪い。コイツを守ろうとするヒーローがいるからだ…。壊さなきゃ…全部壊さなきゃ…。」

わたしが黙っていると、シガラキはストン_と掌を下へと降ろすと冷酷な声を放った。

「この女を此処で殺す。」

シガラキの発言で周りにいた連合の仲間達は戦闘体制をとった。

相手は複数、コチラは一人な上に両手を封じられてる。状況はかなりまずい。

敵の背後にある出口…十数メートルの距離のはずが何キロも先に思えて仕方がない。

根を操ろうにもこの倉庫の端に生えているのは弱ってほぼ生命力のない根ばかりで戦闘に使えそうもない。


今のわたしにできる事は限られている。
この箱から出て身を隠す事、居場所を誰かに伝えて救援を待つ事…その二つだ。

外にさえ出ることが出来れば個性が思うように使える。もしかしたらコイツらを捕える事だってできるかもしれない。
…まずは外に出るところからだ。

相手の手にしている武器や構え方、そして聞いていた個性情報とリンクさせて逃げ道を脳内に描く。

『わたしに協力してくれる?』
“なんなりと命じてください”

大地への問いかけに、弱っている根たちは答えてくれた。

…大丈夫、戦うワケじゃない。逃げるだけよ。

深呼吸を一度して、息を吐き出して心拍数が落ち着いたところで一気に走り出した。

その場にいた全員がターゲットであるわたしへと攻撃の手を伸ばす。

ナイフ、掌、蒼炎…、さまざまな攻撃をかわしながら箱の中央を目指した。
中央に立てば、当たり前に敵に囲まれてしまう。だけど狙い通りだ。

「さぁ、ジ・エンドだ、お嬢さん?」

仮面をつけてシルクハットを頭に乗せた男がそう言うと皆一斉にわたしへと飛びかかってきた。

今だ…!

敵の手が自らの身体に触れそうになるギリギリでこの古びた倉庫に生えていた根を伸ばして、一人を除いた全員の足と手に纏わり付かせて動きを封じた。

除いた一人とは、ナイフを持った女の子…トガヒミコだ。彼女が自分以外の仲間達に起こった異変に気を取られている一瞬に、彼女の手にするナイフでわたしの手首を縛るロープを切った。

敵達の動きを封じれるのは一瞬だった。根が弱りすぎて簡単にちぎられてしまうのだ。

その隙に敵達の輪から抜け出して出口へと走った。
根は脆いが、少しでも奴らの動きを妨害させる為に個性は使い続けた。

「邪魔くせェ…」

そんな声が聞こえてきたかと思えば、背後からボウッ_と音がして、たちまち何かが焼けるような匂いが立ち込める。

振り返って倉庫を見れば青い炎が至る所に落ちて燃え始めていた。

全速力で出口へと向かい、なんとか外に出てみたが、思っていた通り此処がどこかもわからなかった。

以前、緑谷くんが位置情報をクラス全体にメッセージを流してたっけ。兄を捕らえた日だ。

走りながらスマホを取り出しメッセージアプリを開いた。送り主を選んでる余裕などない。一番上に記された人物に位置情報を送信した。
つまり最後にやり取りをした人物…勝己だ。

どうか気づいて…と願いながらスマホを握りしめた。

_RRR…

掌で震えるスマホは着信を知らせていた。
【爆豪勝己】と表示された下に現れた通話開始のマークをタップして耳に当てた。

“てめェ今『助けて!ヴィランに…!?、ぅっ…ぁ…』…あ!?”

何かを言っていた勝己の言葉を遮り、この状況を伝えようとした。だが、そのわたしの言葉を遮るように背中に鈍い痛みが広がった。

わたしはよろめいた体を支えきれずその場に倒れ込んでしまった。
わたしのすぐ側に立つのはトガヒミコだった。彼女はわたしに顔を近づけると頬を赤く染め気味悪く笑って口を開いた。

「私、血に染まった人ダイスキなんです。アナタのカワイイお顔が血だらけになるのずっと見たかった…///」

彼女はそう言いながら、背中にある何かでグリグリと傷を抉ってくる。思わず叫んでしまうほどの痛みだった。

「オイ、その辺にしとけ。そのナイフ抜いちまえば出血死でもするだろ。」

彼女を止めたのはトカゲ顔のヴィランだった。その男の言葉でトガヒミコは「はぁい」と少し残念そうな声を漏らした。そしてわたしの耳に唇を近づけると、まるで男の子を誘惑するような甘い声を発した。

「アナタのお顔、私がカワイクお化粧してあげたかったのに残念です。」

そう言って、背中に刺さっているであろうナイフを引き抜いた。その瞬間に更に痛みが増してくる。それと同時に痛む箇所から温かいものがジワジワと背中に広がる感覚がやってきた。

それが自分の血液だと気づくのにそう時間は掛からなかった。

彼らの足音が遠のいていくのが聞こえる。致命傷を負わされたというのに、妙に安心している自分がいた。

良かった、もう走らなくていいんだ。
わたし、このまま死んじゃうのかな。
最後にお母さんと話が出来てて良かったなぁ。

“オイ…!菜乃…!返事しろや…!”

 _薄れゆく意識の中で愛しい人の声だけが聞こえていた

前へ 次へ

- ナノ -