USJ襲撃@

菜乃 side

雄英高校ヒーロー科。
毎日の学校生活は訓練ばかりだと思っていたけど、実際はそうではなかった。午前は普通の英語や数学の授業を受け、体育祭や文化祭なんかの行事だってある。普通の学校生活プラス、ヒーローとしての訓練というところだろうか。…つまり義務教育課程を身につけつつの訓練となるわけで、なかなかのハードカリキュラムだ。

勉強…、たった数日遅れてこの学校に入っただけなのに着いていけない部分が出てきている。
わたしはここの転入生として入ったが、明確に言えば遅れた入学のようなものだ。
母親が入院している病院を移った。それに伴ってわたしも学校が変わることになったのだ。わたしがヒーロー科に行くのをあまり良く思っていなかった母は、わたしの雄英ヒーロー科への転入は更に反対した。…理由も教えられずの反対には納得が出来ず、結局その反対を押し切って再受験したけれど、入学した今もその理由は定かではない。

教室の一番後ろでため息を落とすと、前の席に座っていた女の子が振り返り「どうかされましたか?」と声をかけてくれた。この子の名前はたしか八百万さん。昨日の放課後にクラスの女の子達と話をして、名前と人物の特徴入りの席順を図にしてもらったおかげで転入日2日目にして大方の生徒の名前は頭に入ってきてる。

『百ちゃん…雄英の進み具合すごいね…。たった数日なのに、全く内容についていけない。』
「そうですわよね…。そうですわ!私のノートでよろしければお貸ししますわ!」
『わ!いいの…!』
「勿論ですわ。」

ありがとう。と言って、百ちゃんから差し出されたノートを両手で受け取った。
これでなんとか追いつかないと…!

−−−−

午前の授業を終え、午後からは救助訓練というものをするようで、バスに乗って移動させられた。各々コスチュームに着替えてバスに乗り込むが、わたしはというと体操服だった。コスチュームの申請はしてあるのだが、まだ製作中のようだった。

バスに乗り込み、適当な席に腰を落とす。隣に座っているのはコスチュームの左半身が氷に覆われた少年。名前はたしか轟くん。彼はあのNo.2ヒーローのエンデヴァーの息子だとか。教室では後ろ姿くらいしかちゃんと見た事が無かったけど…窓に寄りかかって眠る彼は美少年と言えるほどに端正な顔立ちをしている。

まじまじと眺めていると轟くんの目が開いて視線がぶつかった。すると彼は不思議そうな顔をしてわたしを見た。

「…俺の顔に何か付いてるか?」
『っ、ううん!ごめん!顔が綺麗だなと思って…って、わたし何言ってんだろう…!』

正直に話してしまった事が恥ずかしくて前に向き直った。
絶対変な奴だと思われた…!

−−−−

少しするとバスが停車し生徒は降ろされた。辿り着いた施設内に入ると宇宙服のようなものを見に纏った人物が立っていた。彼はスペースヒーロー:13号。彼もまたプロヒーロー兼、雄英の教師をしているようだ。

話を始めた13号の話によると、この施設は「USJ」という場所らしい。…名前も施設内の様子もどこかのアトラクション施設かと問いたくなる。

13号からの注意点を聞き、さぁこれから訓練だという時に、担任である相澤先生は血相を変え生徒たちに向かって「一かたまりになって動くな!」と叫んだ。

先生の視界の先を見ると先程までは無かった筈の黒いモヤからゾロゾロと人が出てきていた。

「何だアリャ!?」と切島くんが声を上げると相澤先生はゴーグルをかけ戦闘態勢を整え始める。そして「あれは敵だ!」と言って首に巻いていた紐状になった布を広げて敵の群れに向かっていった。

先生が敵の群れと対峙している中、わたし達生徒は13号の誘導の下走った。

だが、避難しようとするわたし達の前に黒いモヤモヤが広がり、中から「させませんよ。」と男の声が聞こえた。

「初めまして。我々は'敵連合'…。」

ゆっくりと話すその口調からは余裕を感じとれる。黒いモヤの男が話している途中で爆豪くん、切島くんがソイツに向かって爆発と拳をぶつけた。二人の攻撃は当たったと思ったのに、黒いモヤはゆらりと揺れて「危ない危ない…」と喋っている。…攻撃が効いていない?
そう思った次の瞬間、モヤが広がりわたし達に向かって広がった。
(逃げなければ)そう思った時にはもう遅くて、気づけばわたしはモヤに囲まれていた。



目を強く閉じていると、わたしはモヤから追い出された衝撃で体がよろめき2.3歩進んでしまう。揺れた体は何かにぶつかり動きを止める事が出来た。ぶつかったものを確認するべく顔を上げれば、それは人の背中だった。黒い服を纏ったゴツゴツとした背中の筋肉、更に見上げれば稲穂色の尖った髪の毛が見える。

この後ろ姿は…爆豪くんだ。

「ハ、面白ェ…全員ぶっ殺しやんよ。」

全員?
爆豪くんの言葉に辺りを見渡せば、爆豪くんの隣には切島くんがいて、わたした達は大人に囲まれていた。…良い雰囲気とは言い難い。きっとコイツら全員敵なんだろう。戦闘態勢をとる二人につられてわたしも戦おうとした。…それなのに体は全く動かなかった。

足も手も固まって動かないのに、指先だけは震えている。

大地たちに命令を出さないと。でも待って…

声が聞こえない。

建物の中であっても土や根の声は聞こえる筈なのに、何故か突然個性がわたしの体から消失してしまったかのように静かになった。

あぁ、そうだった。怖くなると個性が使えなくなるのは昔からだ。
その精神状態の所為でわたし自身が大地の声を遮断しているのか、わたしに個性を使う気がないと判断して大地が語りかけないのか、どちらなのかは分からないけれど、声が聞こえなくなってしまうのは随分前からだ。

"ダカラオ前ハ、昔カラ大切ナ人サエモ守レナイ。"

自分の脳内に冷酷な声でそんな言葉が響いた。
昔…?今の言葉なんなの…?

頭を手で押さえていると、突然腰に腕を回され体を引かれた。そしてその直後わたしのすぐ後ろで爆破音が聞こえた。「おぉ!爆豪ナイス守り!」と言う切島くんの声にハッとして顔を上げると、目の前には爆豪くんの肩がある。後ろでドサッと音がした。おそらくだが、わたしの背後に敵がいたのを爆豪くんが助けてくれたのだろう。わたしが慌てて体を押し返すと彼に痛いくらいの力で両肩を掴まれた。

「動揺しすぎだバァカ!!こんなんでビビって動けねェンならヒーロー科になんか来ンじゃねぇわ!!!」
「お、落ち着けって爆豪!咲良はまだ来たばっかで訓練も受けてねぇんだからさ!怖がって当然だろ!」
「るせえクソ髪ヤロー!!!」

わたしの次は切島くんに噛み付く爆豪くんを見た後周りを見渡せば、先程まで構えていた敵達は床に一人残らず倒れていた。
爆豪くんに更に強く肩を掴まれた為に視線を彼に戻した。そして彼は目を血走らせ、その目にはしっかりとわたしを捕らえて口を開いた。

「俺ァ自分の言った事は何がなんでも遂げなきゃ気が済まねェ。ガキの頃のしょーもねぇ約束だって同じだわ!」
『ガキの頃…?何の事?』
「…クソが!俺はてめぇみてぇに忘れてねぇからな!!傍にいるってのも、守ってやるっつったのも!!ちゃんと約束通り守り殺したらァッ…!」

守り殺す…とは…。この言葉のチョイス…。彼はダークヒーローにでも憧れているのだろうか?
そして彼の言っている事は例の如く全くピンとこない。あれだけ'キミの人違いだ'と諭したというのに、まだ勘違いをしているのか。
だけど、今それは問題じゃない。

ヒーロー科に来て'守られる人'になるなんて可笑しな話だ。'ビビって動けないならヒーロー科に来るな'なんて御もっともだ。

わたしは深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。
するとだんだん土や根なんかの自然の声が聞こえてくる。

大丈夫、わたしは動ける。戦える。

わたしは爆豪くんの腕を掴んで肩から外させ真っ直ぐ彼を見て口を開いた。

『ありがとう。爆豪くんのおかげでもう動ける。足手纏いになってごめんなさい。』
「ケッ…!」
「っし!んじゃ早く皆を助けに行こうぜ!攻撃手段少ない奴らが心配だ!」
「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す!」
『でもさっき攻撃当たってなかったでしょう?策も無しに行くのは危険じゃないかな?』
「対策がねぇわけじゃねぇ…」

そう言う爆豪くんをわたしと切島くんの二人で説得したが、結局切島くんが爆豪くんの意見に乗っかり初めの場所に戻る方向へとなった。
二人のやり取りを見てわたしが黙っていると、爆豪くんはわたしをジッと見た。『なに?』と首を傾げると彼はわたしの腕をいきなり掴んできてそのまま歩き出してしまった。

『な、なに?なんなの?』

彼の背中に向かってそう叫ぶも返事がくる事は無かった。
…とにかく一緒に戦えという事だろうか?

それにしても…この強引に腕を引かれる感じは前にもあったような気がしてならない。
霧がかかったみたいにぼんやりとした記憶の中で、誰かに引かれる幼い自分の腕だけはハッキリと思い出せる。その腕の先にいる小さな背中は白い霧に覆われていてよくわからない。

_これがわたしの記憶なのか、幻想なのか分かる術などなかった。

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