貴方という残り香

菜乃 side

一次試験が終わってしばしの休息時間をとっていると、控え室内にアナウンスが響いた。その音声に従ってモニターを見れば、先ほどの試験会場の風景が流れた。……そして、至る所で爆発が起こり建物が倒壊し始めた。

あまりにも突然の出来事に受験者ほぼ全員が驚きを隠せない様子だった。

どうやら二次試験の内容は救助演習のようだ。

「-敵により大規模テロが発生、大規模テロが発生−」

モニター越しに街が崩れていく様子を見せられた10分後にはそんなアナウスが流れ、例の如く控え室の壁が“展開”した。

一次試験は受験者同士の蹴落とし合いだった。だが二次試験はそうではないようだ。チームワークも大切になってくる。

一斉に走り出したクラスメイト達の動きを見ていると、幾つかの塊に分かれていた。障子くん、響香ちゃん、口田くん…おそらくこの3人はクラスの中でも要救助者の捜索向きだ。3人とはバラけてわたしも捜索班に回った方が効率よく救助者を見つけ出せるだろう。

わたしが出来る事、やるべき事…、
職場体験を思い出すんだ。あの日はお兄ちゃんの事に気を取られて、自分のすべき事を放棄した。今度こそちゃんと助けるんだ。

_わたしだって、誰かのヒーローに。

これは演習なんかじゃない。ここは被災地だ。

クラスメイト達の動きを再確認して捜索向きの個性持ちと組んでないグループと組もうとした。
そして視界に入ったのが、爆豪くん、切島くん、上鳴くんのチームだった。
爆豪くんと切島くんを見ると、さっき切島くんが話してくれた内容を思い出してしまう。…だが、今は考えてる場合じゃない。目の前の事に集中しなきゃ。

邪念を掻き消すように首を横に振って、切島くん達に同行した。

「チッ…なんっで着いてくんだこのクソモブ共ォ!」
「「なんとなくー!」」
『………』

一瞬だけ、爆豪くんと目が合った気がした。

…どうしてこんな時に気づくんだろう。
彼の瞳も【赤い色】をしていた。

集中しなきゃいけないのに、切なくなって心臓が締め付けられるようで…
どこか懐かしくて恋しくて、苦しくなった。



『この崩壊した建物の下、一人埋もれてる!』

爆豪くんチームと勝手に行動したわたしは、個性を使って要救助者の捜索をしていた。大地達はいろんな事を教えてくれる。他の人では聞くことが出来ない声を聞けて、話をする事が出来るわたしは戦闘よりもこういった場面での捜索班の方が向いてるんじゃないかと思う。

地に埋もれた人の居場所だって把握できるし、根なんかを操れば骨折部位の補強もできる。…あとこれは自分と家族しか知らない事だけど、少々の傷なら植物達の養分を与えて治癒力を高めて癒せる。

わたしの声に上鳴くんと切島くんは「オッシャ俺らに任せろ!」「さっすが菜乃ちゃん!」と言った。切島くんは硬化した両拳をガチン_と合わせ、上鳴くんは腕捲りをして二人とも気合十分だった。

3メートルほどの高さまで積み上がった瓦礫の山を前に二人は退かせる瓦礫から排除しようと手を伸ばした。
その瞬間に大地達はわたしに“ダメだ。”と警告した。

『二人とも待って…そこの瓦礫バランスが悪いから…!』
「「え?」」

二人が瓦礫を持ち上げてこちらを見たときは既に遅かった。ゴロ_と瓦礫の山から小さな欠片が落ちてきて積み上がった瓦礫はバランスを崩して上にあった一際大きな瓦礫がわたしの方へと倒れ込んできた。

「咲良!」「菜乃ちゃん!?」

自分の目の前の土を盛り上げて壁を作ろうとした。

間に合わない…!

ギュッと目を閉じるが、その後は一向に痛みがやってこなかった。その代わりにBoM!!と爆発音が轟いた。
ゆっくりと目を開ければ、目の前には黒煙が広がっているし、降りかかってきていた瓦礫には真ん中に大きな風穴を開け、わたしにあたる事なくドゴッ_と鈍い音を立てて地面へと落ちた。

後ろを見れば、爆豪くんが左の掌で筒を作って開いた右手にくっつけたポージングをとっていた。必殺技編み出す訓練の時「徹甲弾(A・P・ショット)」とか言ってたっけ…?

どうやら爆豪くんがわたしの後ろから爆破を放って瓦礫の軌道をかえてくれたらしい。

『あ、ありがとう。』

お礼を言うが、彼はいつも通りわたしと目を合わせてはくれなかった。そしてチッと舌を鳴らした後、切島くんと上鳴くんに向かって声を荒げた。

「てめェらァッ…!ちったァ考えてやれやァッ…!!」
「わ、悪ィ…!咲良大丈夫か??」
「大丈夫か、じゃねぇンだよクソが…!怪我人増やそうとしてンじゃねぇわ!!」
「爆豪がまともな事言ってらぁ…。」
「ア゛ァッ!?ンだとアホ面!俺ァいつだってまともだろーが!てかてめェもボサッとしてンじゃねぇわ!ノロマがァッ…!」
『ごめん…。切島くん、わたしは大丈夫。…バランス悪く配置されてる瓦礫はわたしが根で補強する。』
「分かった!頼む…!」

切島くん達が手を止めたところで、地面から根を伸ばして崩れそうな瓦礫達を補強した。



「な、なんとかなったな…!」

数分後、なんとか瓦礫を崩壊させないように撤去作業を進めて埋もれていた救助者を救い出した。

上鳴くんが抱えてきた男性に駆け寄り声をかけるが反応がない。

呼吸はあるがかなり浅い。かなり衰弱してる状態だった。

わたしに出来る事…、すべき事…

拳をグッと握りしめて、救助者である男性に近づいた。わたしは男性の手を両手で包み込んで息を呑んだ。そんなわたしを見る上鳴くんは不審げな顔をしていた。

少しだけ養分を与えよう。回復したと周囲に勘付かれない程度なら疑念は抱かれないだろう。

目を閉じて大地へ命令を出そうとした。だが、わたしの手首は誰かに掴まれて払われてしまった。目の前の男性は依然と意識を失ったままだった。手を払ったのはこの人じゃない。

顔を上げれば、爆豪くんがわたしの手首を掴んでいた。

『な、に…?』
「馬鹿みてぇにわっかり易い女…。てめェの行動なんか手に取るように分かるわ。冷静になれや。今はてめェがソレを使う時じゃねぇ。」

そうだった…。ここは被災地であるがそれは作り出されたものだ。目の前にいる男性は救助者に扮したh.u.c(フック)と呼ばれる人だ。彼に止められなければわたしは個性を使うところだった。

「俺とてめェだけの秘密じゃなかったンかよ…!」

彼が赤い瞳にわたしだけを映して続けたその言葉は上鳴くん達には聞こえていないだろう。

なんでそんな悲しそうな顔をするの…?何の話をしているの?
そう問いたかった。
だけど、わたしがソレを聞くと、彼はきっと…もっと辛そうな顔をするんだ。
わたしは彼の事を何も知らない。
それなのに
どうして彼の事をわかってしまうのか
どうして彼のそんな顔を見ることが嫌なのか

_不思議でならなかった。

それに、今の彼の行動や発言は、わたしがこれからしようとしていた事を分かってのものに思えた。

自分と家族以外の誰も知らないはずの【個性の可能性】を…この人は知っている。

彼の見せた行動は、そう思わせるには充分だった。
彼に見られると、その瞳に、赤に、吸い込まれそうになる。

_この人を忘れたままでいたくない。

彼の赤い瞳を見て強くそう思った。

「あのー…お二人さん?なんかあった?」

上鳴くんがわたし達の間に立って交互に顔を覗き込んできていた。彼の声にハッとして咄嗟に爆豪くんから目を逸らした。

『…ううん!何でもない…!』

ダメだ今は集中するんだった。考えるなら全部終わってからだ。

自分の頬を両手で叩くと、上鳴くんは「菜乃ちゃん!?」と驚愕の声を漏らしていた。

『上鳴くん、わたしがその人を安全な場所まで運ぶ。』


爆豪くんの何がそんなに自分の心を揺るがしているのかわたしにはよく分からない。

だけど_
確かにわたしの心には貴方という残り香が存在していた。

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