皆の気持ち

菜乃 side

数日の訓練の日々が過ぎ、わたし達は仮免試験の会場へと来ていた。
現在一次試験の真っ最中だ。

一次試験…。
身体の見える場所にターゲットとなる三つの的を取り付けて、三箇所ともボールを当てられたら失格。逆に誰かの的にボールを当てて、二人を脱落させれば通過という試験内容だった。
受験者数1500人超えのヒーロー仮免試験で一次通過は先着100人まで…。落とされる方が多い。うかうかしていられないのだ。

試験がスタートしてすぐクラスで固まって動いていたが、わたしは現在この山岳地帯で一人きりだった。傑物学園高校の…震動さんだったかな。彼の個性で起きた大規模な地震でクラスが分断されてしまったのだ。

まったく…、
大地を操る個性持ちが地面割られて窮地に立たされるなんて笑えない話だ。判断力と躊躇のない動きは経験の差か。

それはともかく、現在一人で身を潜めてはいるが集団に見つかればジ・エンドだ。それに先ほどから聞こえてくるアナウンスによると着々と一次通過者が出ている。通過できる枠がどんどんと少なくなってきて、おそらく大胆な行動に出る人もいるだろう。

あと、10人…。

わたしもそろそろ仕掛けて行かないと…。
大地を揺らして体勢を崩した相手を根で捕えるなんてのは簡単だ。だが、もしその相手がパワー系の個性だったら?根はあっさり引きちぎられてしまうだろうし、仲間が加勢なんてしてきたら返り討ちに遭ってしまう。

深く呼吸をして目を閉じて大地の声を聞いた。

なるべく、人の気配の少ない場所を探すんだ。そこを狙おう。
5人…3人…2人……、
わたしの個性は1Km圏内であれば大地の声を聞いてどの辺りに何人の人がいるかを感知する事ができる。
狙う場所を決めて目を開け立ち上がった。

その瞬間、目に飛び込んできたのはキラキラと天まで伸びた一筋の煌めきだった。
あの個性…青山くんのだ…!

わたしは目的地を変更してその光の筋へと向かって走った。



そこへ近づくとワラワラと受験者達が集まっていた。その中心に居たのは青山くんと飯田くんだ。2人に襲いかかる多数を見て、大地へ“2人の周りの足場を崩して”と司令を出した。その瞬間に飯田くんと青山くんの周りの地面が揺れて地割れが起こった。それとほぼ同時に無数の鳥達が奇襲をかけるように現れ、辺り一帯を旋回し始めた。

10匹20匹どころの数じゃない…。100はいる。この個性は口田くんだ…!

口田くんだけじゃない。常闇くん、峰田くん、尾白くん、砂藤くん、透ちゃんや三奈ちゃんもこの場に来ていた。

峰田くんが大量にもぎもぎを出してくれているから、わたしはそれに人をくっつけるように地面から生やした根で転ばせていった。
身動きが取れなくなった人からボールを当てていくと、わたしの身体についたボールターゲットは青く光った。これが一次試験通過の通知のようだった。

−−−−

なんとかギリギリで一次を通過したわたしは控え室へと歩いた。中に入れば、お茶子ちゃんや梅雨ちゃんが「おつかれー!」と駆け寄ってくる。
二人にもお疲れ様、と返していると響香ちゃんや百ちゃんも来て、後から来た三奈ちゃんや透ちゃんも混ざった。息を深く吐き出しながら安心したように三奈ちゃんは口を開いた。

「いやぁ危なかったねー!青山のおへそビーム見えて飛んでいったよー!」
『うん、わたしも。皆んなが集まってたから戦えた。』
「とか言って、咲良は意外と戦闘になったらスイッチ入るタイプだからなんとかなったんじゃない?」
『響香ちゃんまで…、全然そんな事ないのに…。』

女の子同士で話し混んでいると、切島くんが飲み物の入った紙コップを持って「お、女子全員揃ってんだな!」とわたし達の前に立った。

「咲良もさ、意外と緑谷や爆豪と同じような感じだよね!さすが幼馴染っていうか…、」
「み、三奈ちゃん…!」

三奈ちゃんの発言をお茶子ちゃんが何故か慌てて止めた。そして女の子達はなんだかバツが悪そうにわたしから視線を逸らした。

…まただ。
また、何かを隠された。

少しずつだけど、ここ数日の皆んなの会話や様子からわたしの中に情報は集まってきている。
きっとわたしと爆豪くんには何かがあったんだ。そして緑谷くんと爆豪くんはわたしの幼馴染のようだ。皆んなの様子から、聞いても教えてくれないような気がしているし、何より事実を聞くのが怖かった。
荒れた自分の部屋を見た限り、記憶を失う直前のわたしは普通じゃなかったんだろう。そんな自分を思い出す事が、わたしは、ただ怖かった。

話題を切り替えようと自ら逃げようとしている臆病な自分に嫌気がさす。

「あのさ…」

わたしよりも先に口を開いたのは切島くんだった。視線を向けると、彼は視線を落としたまま言葉を続けた。

「俺…、けっこう好きだったんだよ。」
『切島くん…?』
「期末前に三人で勉強会したろ?そん時にさ、ナンパしてくる男から庇ったり、ちゃんと家まで送り届けたり、咲良の事に必死ンなってるバクゴー見てンのけっこう好きでさ。あと、瀬呂や上鳴に揶揄われて反応に困ってるアイツ見てンのもなかなか新鮮でよ…!」

顔を上げて寂しそうに笑う切島くんの言っていることは、全てわたしには理解できなかった。
…誰の話をしているの?わたしと爆豪くん…?でもわたしの中には爆豪くんとのそんな記憶は一つもない。何も答えないわたしを見て、切島くんは今にも泣いてしまいそうに瞳を揺らして静かに言葉を続けた。

「今言うのも、俺から言うのもたぶん間違ってる。…アイツが咲良の事を想って関わンねぇようにしてんのを無駄にしちまうのも全部分かってる。咲良の事傷付けねぇ為に、“忘れられたままでいい”って思ってる事も、分かってる…。けどよ…」

彼は真っ直ぐとわたしを見て続きの言葉を発した。

「そんなの絶対ェアイツの本心じゃねぇ…!…だからアイツのこと、思い出してやってほしい。」

控え室内はガヤガヤとうるさい筈なのに、わたしの耳には切島くんの声だけがハッキリと聞こえていた。

…切島くんと爆豪くんは仲がいいんだな、と思った。友達のことでこんなにも必死になってそんな悲しそうな顔をするなんて。

切島くんの言葉を聞いても、何も思い出せない事に申し訳なく思ってしまう程、彼の瞳は悲しく揺れていた。

俯くわたしに切島くんは「ごめんな、いきなりこんな話。」と謝ってくれた。顔を上げて『ううん、』と笑いかけると、彼もまた困ったように笑った。

「今言ったこと、忘れてくれ。」
『…』
「でもさ…、この試験終わったら今俺が言った事、少しでいいから思い出してほしい。たぶん咲良しかアイツの本音、聞き出せねぇンだわ。」

ニッ、と笑ってそう言う切島くんの表情はどこか悲しげで、それがなんだか切なかった。わたしが『…わかった。』と返事をすると彼は「おう!」と笑って今度はいつも通りの調子で言葉を口にした。

「ま!今は試験に集中だよな!次も頑張って全員で合格しようぜ!」
「で、ですわね…!」
「ケロ…次の試験も頑張りましょ。」

心なしか、女の子達の中で張り詰めていた空気も和んだように感じた。

…きっと切島くんの言ってくれた言葉こそが、クラス皆の本心で、言いたい事だったんだ。

試験が終わったらちゃんと考えよう、向き合おう。
自分のこと、皆の気持ち、爆豪くんのこと…。

切島くんが言ってくれた言葉は胸の奥に大事にしまっておいた。

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