気に入らない

爆豪 side

「かっちゃん、ちょっといいかな?」

一日の授業が全て終わり、教室を出ようとした所をクソデクに呼び止められる。
振り返り睨みつければ、オドオドとしてやがった。相変わらずのその態度は癇に障る。

「あの…えっと…!菜乃ちゃんのことで…。いいかな?」
「…」

さっきまでオドオドしてやがったクセして、菜乃という名前を出すと目が本気になった。「てめェと長話する気はねぇぞ。」とだけ言って俺はさっさと歩き始めた。

俺は昼間に来た校舎裏へと歩いてデカい木の前に立った。昼間にアイツが近くで座り込んでいた木だ。昼間と違って近くにいるのはデク…。デクは俺の背後に立ったまま言葉を発した。

「菜乃ちゃんの事、どう思う?」
「…」
「名前や容姿だけを見れば間違いなく僕達の知る菜乃ちゃんだよね?…けど、彼女は何も知らなさそう。…やっぱり同姓同名の別人なのかな?」
「…」
「かっちゃん…?」

…昼間にアイツはここで、おそらくこの木と話をしてやがった。
一体何を話してたんだかはガキの頃と同じでさっぱりだった。今日、あの頃と違ったのは「何話してたンだ。」と聞けなかった事だ。

…アイツは何故か忘れちまっている。クソデクのことだけならまだしも、俺のことさえもだ。今のアイツにとって、俺は今日初めて知り合ったばかりの赤の他人だ。

…咲良菜乃。
アイツは俺たちの幼馴染だ。ガキの頃に同じ幼稚園で出会ってよく一緒にいた女。アイツが俺にとってただの「ガキの頃に近くにいた女」ならば、とっくに俺の記憶になんざ残ってねェ筈だ。だがアイツは…菜乃はそうじゃねェ。

__'「おれは、菜乃が死ぬまでそばに居てずっと守ってやる!だからもう泣くんじゃねぇ。」'__

遠い記憶の中で自分が口にした言葉がこだまする。

言葉の重さなんか解っちゃいねぇ9つのガキの戯言だったかもしれねぇ。それでもアイツが「父親が死んだ」と言って、初めて何言ってンのか分かんねェ程に泣きじゃくる姿を見た時、本気で俺が守ってやりたいと思った。

傍に居てやるっつったら菜乃は『じゃあ菜乃は勝己くんからずっと離れないね。』と笑った。

それなのにその翌日から菜乃に会わなくなり、何日も会わない日が続いた後に家を引っ越して転校したと聞かされた。それも本人からではなく小学校の先公からだ。

どうしても、あの日突然俺の前から姿を消した理由を知りたかった。それだけの筈だったってのに、【守ってやりたい】と思ったその女が【ヒーロー科】に現れたら「なんで此処にいるんだ」と問い詰めたくもなる。

たくっ…一体何がどうなってンだよクソ…!
アイツが昼間に会話をしていたであろう木に手を触れてもアイツの事なんて何一つ分かりゃしねェ。

'俺から離れねェ'って…てめェから言ったンだろーが…!自分の言った事も忘れちまったんかよ。

「あの…かっちゃん…?僕の話聞こえてる…?」

そんなクソデクの言葉で我に返って「あ゛ぁ!?聞いとるわ!!」と叫んだ。そして再びデクに背を向け木と向かい合って言葉を続けた。

コイツの顔見てるとイライラしちまって冷静になれねェ…!

「…同姓同名で個性も一緒なんて有り得ねェ。」
「!え、個性聞いたの??」
「ちゃんと聞いたわけじゃねェ。ただそんな気がしただけだ。」

昼間にこの木の下で座り込んでいたアイツは、だんまりを決め込んだあと一呼吸ついた。その行動は、幼い頃のアイツもやっていた事だった。
菜乃の個性は、「四六時中、自然の声が嫌でも耳に入ってくる」とガキだった頃のアイツから聞いた。ずっとその声を聞いていると頭がパンクしそうになるそうだ。だが、会話が終わって一呼吸吐くと気持ち的にその声をシャットアウト出来ると言っていた。…あくまで精神論みてぇだったが、なんとかそれで慣れたとも言っていた。

背後にいるデクは、俺の言葉に「じゃあ…」と口を開いた。

「…どうして菜乃ちゃんが僕たちを忘れてるのか、若しくはどうして忘れたフリをしているのか…だね。」
「…言っとくが、これ以上てめェと馴れ合う気は微塵もねェ。俺は俺でアイツの記憶を引っ張り出す。分ァったらもう話しかけてくんじゃねぇ。」

俺はそんな捨て台詞を吐いてその場を後にした。

昔を思い出せば出すほど、デクの事は鼻につく。
俺を下に見て心配してきたのもムカつくし、菜乃に「菜乃ちゃん、ボクのおよめさんになってくれる?」とプロポーズめいた言葉を言ってやがるのを聞いた時も無性に腹が立った。


…てめェだって、菜乃が自分を忘れている事に納得いかねぇクセしてよくもまぁ白々しく「咲良さん」なんて言えたもんだ。自分の感情なんかそっちのけで、【菜乃の頭を混乱させない為】だとでも言うンだろうな。…こちとらあの女が突然消えたあの日から、感情が置いてけぼりだってのに…。クソ…!

デクのことも
俺を忘れてやがるあの女も

気に入らねェ…。

前へ 次へ

- ナノ -