小さなヒーロー

爆豪 side

敵連合の襲撃から数日経った頃、雄英では寮生活が始まろうとしていた。
築三日で出来上がったという寮を前に21名の生徒と1名の教師が集まった。

先生は話を始めると、まず叱責した。俺や怪我でぶっ倒れてた数人を除いたクラスメイト達全員が、デク共の身勝手な行動を知っていたからだ。
しょぼくれてやがるクラスメイト達に先生は「元気に行こう」と寮へと入って行こうとした。

……納得はいかねぇが、アイツらのおかげで俺が奴らの手から逃げる事が出来た事には変わりねぇ。
この辛気臭ェ雰囲気が気に入らず、アホ面を木陰に引きづり込んでアホにさせ、切島には暗視スコープ代として金を渡した。…それだけで葬式のような空気だったこの場はいつも通りの馬鹿みてぇな明るさを取り戻した。

寮の中に入り説明を受けると、各々自分の部屋へと向かって荷解きを始める。大方の荷解きを終えた俺は、スマホを手にした。メッセージアプリを開いて、菜乃の名前をタップするが、一向に返事は来てねぇ。虚しくも俺から一方的に何通も送りつけたメッセージには既読さえも付かない。

苛立ち、焦燥…

攫われていた時の菜乃の様子を思い出すと、それらの感情しか残らなくなっちまう。

クソ…!一体あの手の奴に何を吹き込まれたってんだよ…!

返ってくる気配のないスマホの画面を真っ暗にして、自分の部屋を後にした。



一度共有スペースへと降りた俺は、この場に菜乃の姿がない事の確認だけして、女子棟の階段を登った。
2階二つ目の部屋、それが菜乃の部屋だった。

ノックをして「菜乃、」と名前を呼んでも、扉の向こうから声が返ってくる事も、この扉が開く事もねぇ。中に居ンのかさえも分からねぇ事がもどかしくてスマホで菜乃の連絡先を開いてソレを耳に当てた。耳の傍で聞こえるコール音だけが虚しく響いて、扉の向こう側から音が聞こえる事はなかった。
プツッ_とコール音が途切れる音がして「オイ、部屋おるんなら開けやがれ…!」と声をかけるが、俺の耳に届いた声は「この電話は現在電源が…」という冷たい機械音声だった。

スマホを耳から降ろしてガチャガチャとドアノブを回すも、鍵がかかってンのか開きやしねぇ…。

今すぐにでも会って話がしたかった。
抱きしめてやりたかった。
それなのに、たった一枚の扉が妨害してくるのが腹立たしい。

一枚の板に過ぎないそれがとてつもなく分厚く感じた。


−−−−

菜乃 side

寮の自分の部屋で荷解きをしなくちゃいけないのに、全くやる気が起きず、適当にベッドメイクだけをしてそこへ身体を沈ませた。

相も変わらずわたしは寝ても覚めても同じ光景を脳内に映していた。目の前に誰も居ないのに、自然と「ごめんなさい。」と口にするようになっていた。謝罪の言葉を口にする瞬間に思い描かれるのはお父さんとお母さんが幸せそうに笑ってる顔だった。そしてその後は決まって涙が頬を伝った。
取り戻すことが出来ない幸せだったあの頃を思うと、ただただ謝ることしか出来なかった。

あれからお母さんとは話が出来ていない。相澤先生に連れられてここに来る前に病院の前までは寄ってもらった。だけど、お母さんと話をしようと思うと足は鉛でもついたかのように重くなって動かなかった。

俯いているわたしに、相澤先生は「親子なんだから時間は沢山ある。無理に今話し合いをする必要もないだろう。」と言ってくれた。…先生はいつも、時間は有限だと言う。だからこそ「ゆっくりでいい。」と言ってくれる先生は優しいなと思った。

お母さんとはどんな顔で会えばいいのか一晩考えても分からずにいた。電話で話そうと、スマホを手にするが電源はつかなかった。…画面は割れてしまっていた。
昨日、メッセージの通知音が鳴り続けるスマホを確認しようとした。その時トップ画面に流れてきたニューステロップに“雄英高校、ヒーロー殺しと血縁関係の人間を匿う”と書かれているのを見て、思わずスマホを壁に投げつけてしまったのだ。おそらくその際に画面が割れてしまったのだろう。

あんなニュースを見てしまうくらいならスマホが壊れてしまったのか、充電が切れているだけなのかを確認する必要性も感じなかった。

掌から滑ったスマホはゴトリ_と音を立てて床へと落ちた。

目を閉じていると、部屋の扉をノックする音がした。
昨日のヒステリックに「あの人を返して」と叫ぶ女性の声を思い出して、身体は条件反射で跳ね上がった。

お願い、わたしに言わないで。
行き場を失くした怒りの矛先をわたしへ向けないで。

まるでわたしが全て悪いみたいに叫んでいた女性の言葉を思い出すと、同時に母の冷たい視線を思い出してしまう。

それは、2人の人物から同時に“人殺し、”と言われてるようだった。

見えない何かに怯えるわたしを心配してか、荷解きされてない荷物の中にあった植木達が声をかけてくれた。扉の外から聞こえる音も声も、植物達の声も聞きたくなくて、わたしは今日もまた強く耳を塞いだ。

『うるさい…!黙ってて…!!』

植物達に心の中で唱えた筈の言葉は勢いよく口から出ていて、わたしが声を荒げた事に驚いたのか植物達は皆一気に言葉を慎んだ。

『勝己くん……、お願い、昔みたいに助けてよ…。』

自分の口から溢れた弱々しいセリフは、誰の耳にも届かず消えて行った。
わたしに差し伸べてくれた小さな掌と、わたしの前を走る“小さなヒーローの背中”を思い出しては涙が流れた。

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