少女の覚めない夢

菜乃side

あれからどのくらい時間が経ったんだろうか。警察の人と話をして、相澤先生が家まで送り届けてくれてから数時間が経ったのか、それとも一日が経ったのか、時の流れがまるで分からずにいた。真っ暗な部屋のベッドの上でただひたすらに震える身体を抱きしめて過ごした。
寝ても覚めても同じ映像が脳内にフラッシュバックして、睡眠もまともにとれたような気がしなかった。

流れる映像は決まって同じだ。
自分の父親が死にゆく姿だった。

…敵の手の奴から自分の過去についての話を聞かされたあの瞬間、わたしの中に今まで忘れてい記憶全てが流れ込んできた。

幼少期に仲良くしていた男の子二人のことも、
その二人を『かつきくん』、『でくくん』、と呼んでいたことも、
父親との思い出も、

_死の瞬間も。

7年前のあの日、
ヒーローだった父は、街で敵が大きな騒動を起こした為に家を空けていた。わたしは母と兄と三人で父の帰りを待っていた。
だが、父が出かけて少し経ったとき、父がいつもヒーロースーツに身につけている装備品を家に忘れていってるのを目にした。…わたしはそれを父に届けたくて、「家から出てはダメ。」と言っていた母の言いつけを破って外へと出た。
荒れた街で父の姿を見つけたわたしは、駆け寄り手にしていたソレを手渡した。
…そのすぐ後だった。わたしの背後から飛びかかってきた敵からわたしを庇って父は死んだ。

植物達に『お父さんを治して。』と何度もお願いをした。だけど、植物達は言うことを聞いてはくれなかった。“手遅れだ”とわたしに悟す植物達が何を言っているのか、目の前に広がった光景や植物達の言う言葉の意味…その全てがあの時のわたしには理解出来なかった。

そうだ、その時だ。エンデヴァーが駆け付けてくれて父を殺した敵を仕留めてくれたんだった。植物達は、父に分ける事が出来なかった養分を、既に負傷していたエンデヴァーに分け与えたのだ。

警察に保護され、母や兄が迎えに来てくれてから、母はわたしを見るなり泣き崩れた。そしてわたしを抱きしめながら「あの人のおかげで貴方が…貴方の所為でお父さんが……」と何度も繰り返した。

あの日から母はわたしを優しく抱きしめたかと思えば、次の瞬間には冷たく言葉を放ったりと、狂ってしまっていた。

その度にわたしが『ごめんなさい。』と泣くと、母も涙を流していた。

暫く小学校を休んでいると、かつきくんがわたしの家まで来てくれた。

そしてわたしは泣きながら彼に父の死について話した。泣きじゃくって、必死に言葉を紡いだが、彼にはわたしがおおよそ何を言ってるかは聞き取れなかっただろう。だが、彼はそれでも最後まで聞いてくれて励ましてくれた。

“「おれは、菜乃が死ぬまでそばに居てやる!だからもう泣くんじゃねぇ。」”

わたしが泣いている理由とはズレた彼の励ましの言葉、自信満々な態度。…それでも、彼の言ってくれた言葉が嬉しくて、強くてかっこいい彼を好きだなと思った。
わたしは前を向こうと思い始めたのだ。

そんなわたしの想いの変化など、壊れかけていた母は気にする余裕もなかったのだろう。何より、自分自身がこれ以上おかしくなるのが嫌だったのかもしれない。…母は、父との思い出の濃い、わたしの幼少期の記憶を、記憶操作の個性持ちの人間に頼んで消した。

記憶を失くす日、母はわたしを抱きしめて「全部、忘れましょう?そして何もなかったみたいに前みたいに笑おうね。」と言っていた。9つのわたしには母の言葉の意味が分からなかった。記憶を操作する人の所へ連れて行かれ、自己紹介をされて初めて、(忘れちゃうんだ、)と子供ながらに今から起こる事を理解した気がする。

母から話を聞いたワケではないから、母の想いなどはよく分からない。
だけど、父が死んだのは紛れもなくわたしの所為で、母がわたしを憎んでいたのも事実だ。わたしに冷たく言葉を放つ母の目は、憎しみを宿していた。脳裏に焼きついて離れないあの母の表情はきっと偽りなんかじゃない。

_わたしの所為で、全部が壊れた。

あの日、わたしが外にでなければ、
父に駆け寄らなければ、

父が死ぬ事も、母が泣く事も、
わたしが記憶を失くす事も、
幼馴染二人に悲しい顔をさせる事もなかった。
兄があぁなってしまったのだって、父の死が原因かもしれない。

顔面に手を付けた敵と同じ。

わたしが全部、壊した。


そう思うと、体に取り込む空気を拒絶するように、息の吸いづらさを感じ始める。心が、自分自身の存在を軽蔑し始めていた。

そんな時、ドンッ_と家の扉を強く叩く音が響いた。突然の大きな音に驚いて一瞬息が止まってしまった。
外を確認する気にもなれず、扉をじっと見つめると、外からは女性がヒステリックに叫ぶ声が聞こえた。

「あの人を返して!ヒーロー殺しの妹って人が此処にいるんでしょう!?」

!、なんでそんな事……。
そのことは警察内でも機密事項として扱うって…。

そう思った。なんで、どうして、とカタカタと奥歯が鳴るのを聞かれまいと、震える両手で口元を覆った。こんな音が外に聞こえるはずなんてない。頭で分かっていても外にいる顔の見えないその女性がただ怖くて、体は咄嗟に自分の存在を隠そうとしていた。

わたしが敵に捕まった事で、メディアがわたしについて調べでもしたんだろうか。

外から聞こえる声も、スマホの震える音も、全てが怖くて

_強く耳を塞いだ。


−−−−

「咲良、居るんだろ…。相澤だ。ドア開けてくれ。」

あれから、いつの間にか目を閉じていたようで、次に目を開けると、扉の向こうからそんな声が聞こえた。
聞きなれた声と名前に少しだけ安堵して、扉を開けるべく立ち上がった。

扉を開けると共に差し込んできた太陽の光に思わず目を細めた。この扉から日が入るということは、これは朝日だ。いつぶりに日の光を浴びただろうか。この眩しいという感覚は久しい気がする。

扉の外に立っていた相澤先生は中に入ると、先生は扉を閉め室内の照明のスイッチを入れた。

「…俺が言うのもだが、飯はちゃんと食えよ。あと、光を浴びとかないと、体は弱るぞ。」

そう言う先生の声はいつもより心なしか優しかった。
先生は何も答えないわたしに言いにくそうに言葉を続けた。

「…お前がステインの血縁である事が一部の人間にバレかけてる。…敵に攫われた生徒がどんな人物だったかを調べる際に何処からかその情報を拾われたんだろう。此処に居るのは少々危険だ。」
『…』
「これに関しては雄英教員も警察も世間に公表する気はないし、沈黙を貫くつもりだ。…あぁ、それからお前に話すのが遅れたが、雄英は近々全寮制を開始することになった。親御さんの許可は得てある。明日の早朝また迎えに来るから準備してろよ。」
『全、寮制…?』
「あぁそうだ。今回の事件を踏まえて…ー-」

先生は淡々とコトの顛末を話していた。あまり内容は頭に入って来てなかったが、母に許可を得たという所が引っかかった。わたしは『あの、先生?』と先生の話を遮ってある質問をした。

『母はわたしが寮に入る事を許可したという事ですよね?』
「…そうだ。」
『他に何か言ってませんでしたか?』
「…お前をヒーロー科以外に編入させてくれと申し出があったよ。」
『…っ、』
「承諾も拒否もしてないから安心しろ。」

先生はそう言うと、わたしの頭に手を置いて「ちゃんと話し合えよ。」と言った。そして、「明日ちゃんと支度して待ってろ。」と付け足して部屋を出て行ってしまった。

話し合い…。
わたしはお母さんにどんな顔で会えばいいんだろう。

そればかりをひたすら考え始めた。

前へ 次へ

- ナノ -