キミの心にそっと触れる

爆豪 side

敵連合とかいう奴らに捕まって、連れてこられた先はバーのようなところだった。そして俺が連れてこられた時には既に菜乃がこの場に居た。テレパスで俺と菜乃が敵連合どもの狙いだと聞いちゃいたが…てめェまで捕まってンじゃねぇわクソ…!
そう思いながら菜乃を見るが、何か様子がおかしい。手の奴のすぐ側の床に座り込んで何かに取り憑かれたかのようにブツブツと言葉を発していた。…その目には光が宿ってないように見えた。

顔面に手をつけた気色悪ィ奴…おそらくコイツがボスだ。ソイツは椅子に拘束した俺に何を言うのかと思いきや、「仲間になろう」だのほざきやがった。自分達が勝つつもり?勝つことが好きかだと?

ふざけんじゃねぇ…!

仲間に俺の拘束を解くよう指示をするボス格に、俺は身体中全ての拘束が解かれた瞬間に攻撃を仕掛けた。

「俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた!誰が何言ってこようがそこァもう曲がらねェ!」

ソイツの顔面に付いていた手のガラクタはそのツラから離れて床に落ちた。落ちたガラクタを暫く見つめた後、俺に向けた鋭い視線と殺気に思わず全身を震わせちまった。

男は床に転がった手を拾いながら「交渉しよう。」と言った。

顔に手を付け直すと、今度は側に座り込んでいた菜乃の頭に3本の指を乗せた。そしてその光景を息を呑んで見る俺に静かに言葉を続けた。

「キミが仲間になると言うなら彼女の事は殺さないであげるよ。断るって言うなら、俺の5指が触れた瞬間に彼女は塵となる。」
「……その汚ェ手ェ離せや。」
「汚い?俺の手が汚いなら彼女の手も一緒だよ。」
「あ゛?」

その男を睨みつけてやれば、男は至極楽しげに言葉を口にした。

「コイツの父親は、この女の所為で死んだ。…人殺しも同然なんだよ。…この女も俺と、俺たちと既に同類だ。」
「ハッ、ワケ分かんねェ事抜かしやがって…!」
「本人が忘れていた記憶を教えてあげたらこの反応だ。善意だよ。…もう彼女には此処から逃げる気も俺たちと戦う気もない。だからキミも仲間になろう。みんな仲良く全部壊そう。この腐った世界全部。」

とんだイカれ野郎じゃねぇか…!
だが、コイツの言うように菜乃の様子は普通じゃねぇ。自分が死の直面に立たされてるっつうのに、逃げようとする素振りも焦る様子もねぇ…。
菜乃に声をかけようと身体を少しでも動かそうものなら、男は菜乃に触れる指を3本から4本へと増やした。

「下手に動いたらこの女を殺す。…彼女の個性はとても良いモノだから俺だって殺したくはないんだよ。…それはキミも一緒だろ?爆豪勝己くん?」

クソ…!菜乃に戦う気さえありゃ、こんな状況どうって事ねぇ…!どうにかあのボス格の意識を菜乃から逸らす術はねぇか、どうしたら奴らの手から菜乃を取り返せんのか、俺の脳内にはそればかりが渦巻いていた。

そんな時、バーの外へと通ずる扉をノックする音が聞こえた。菜乃以外の全ての人間の意識が扉へと向いた。

「どーもォ、ピザーラ神野店です。」

この張り詰めた空気には似つかわしくねぇ気の抜けた声が聞こえたかと思えば、「SMASSH!」と言う聞き慣れた声と共に壁が砕ける音が響いた。

破壊された壁に視線を向ければ、そこからオールマイトやシンリンカムイ…と次々とヒーローが現れた。

形勢逆転だ。
今の今まで優勢だった敵どもは、ものの数秒でヒーロー達に押さえられた。
厄介だと思っていたワープ野郎も気を失っちまってる今、敵共にはなす術なんかねぇだろう。

俺は荒れた現状を見渡して、床に座り込んだままの菜乃を視界に入れると、頭で考えるまでもなく体が動いちまって、菜乃に近づいた。

あと少しで触れる事ができる。

そう思えるほどの距離だった。

「おまえが…嫌いだ…!」

手の奴がオールマイトに向かってそう叫ぶと自分の体に異変が起こった。
嘔吐のような感覚だった。だが、口から出てきたのは、黒いヘドロのようなもので、自らの口から出てきた大量のソレに自分の体が、呑み込まれた。



臭ェ…、苦しい…、ンだよコレ…!

次に目を開けると目に映る景色は一変してやがった。バーに居た筈の自身や敵共は何故か外に居て、さっきまでは居なかった顔面にパイプとマスクを付けた気色悪ィ奴まで増えてやがる。

敵共が作戦会議をしている間に、未だ尚地面に座り込んで俯いている菜乃の姿を見つけ、今度こそその腕を掴んだ。

「菜乃…!」

やっと触れる事ができたその腕を掴んで呼びかけるが、心ここに在らずと言った様子でその瞳にはこの状況の一切を、目の前にいる俺の事さえも映しちゃいなかった。ただ、壊れたラジオのように途切れ途切れに何度も同じ言葉を繰り返していた。

かろうじて聞き取れた単語は
『わたし、』『お父さん、』『ごめんなさい、』
この三つだった。

震える体を抱きしめてやりてぇのに、
ゆっくり話を聞いてやりてぇのに、

この状況がそれを許さねぇ。

オールマイトがこの場に飛んでくると、敵共は悠長に俺を説得していたさっきまでとは一変して、強引にでも此処から俺や菜乃を連れ出そうとし始めた。

一刻も早くここから逃げとかねぇと状況がマズくなる一方なのは明白だった。
…俺や菜乃が居たんじゃオールマイトが戦い辛ェ…!

そんな焦りばかりが心を締めてやがった。
だが、6対1のこの状況、ソレに加えて菜乃を守りながらとなるとこっちの圧倒的な不利は明確。

クソ…!菜乃が戦えりゃ違ェのに、コイツは今完全に戦意を…それどころか此処から逃げる事も、立ち上がる気力さえも失ってやがる。

戦いながら名前を呼んじゃいるが、菜乃の耳に俺の声は届いてねぇ…。

…このままじゃ、またコイツは連れて行かれちまう。

そう思うと、無性に腹立たしくて奥歯を強く噛んだ。
俺の声がどうしたらコイツに届くのか、そればかりを考えていた。半ばヤケになって菜乃の腕を勢い任せに掴み、座り込んでいたコイツの体を無理やり立たせて強く引き寄せた。

互いの歯をぶつけてカチッと音を立てながら、一瞬だけ唇を合わせた。

そうすれば菜乃の瞳には少しだけ光が戻ってきたように見えた。
俺が腕から手を離すと、自分の力で立ってられねぇのか、コイツはまたすぐ地面に座り込んじまった。

すかさず飛んでくる敵の攻撃をかわしながら、菜乃に向かって言葉をかけた。

「話なら後でいくらでも聞いてやっから…っ、ビービー泣き喚こうが、何言ってっか分かんねぇでも、最後まで付き合ったるわ…!」
『…』
「今はこの状況なんとかする事だけ考えろ…!…守られるばっかは辞めンだろーが…!」
『…っ、』

今度はちゃんと俺の声が届いたみてぇで、背後にいた菜乃はゆっくりと立ち上がった。

その時だった。
突然凄まじい音と共に氷山が湧き上がった。あれが誰の作り出したモンなのか、なんてのは考えるまでもなく一人のイケ好かない野郎が頭に過ぎる。

その氷山の先から何かが飛んで、俺たちの上を横断し始めた。

「来い……!!!」

その声を、俺の体は素直に受け止めて、上空で手を伸ばす切島を視界に入れると、菜乃の手を掴んで、もう一方の手は地面に向けて最大火力で爆破を放とうと構えた。

デカい爆破を放つ直前に、自らが掴んだ菜乃の手を離さねぇように強く握りしめた。
だが、上へ飛び上がる瞬間に菜乃は俺の手を

_振り払った。

掴み直そうとした俺の手は空を切って身体は空を飛んでいた。手を上へと向けて、爆破を放って地に降りようとしたってのに、その手は爆破を放つ事なく切島に掴まれた。

「菜乃…!、っのヤロ…!手ェ振り解きやがった…!」

俺がそう叫び上げると俺の手を掴んだ切島は顔を青くした。

「緑谷!やべぇ…!咲良がいねぇ…!」
「えぇ!?まだ下にいる…!僕が行って「待つんだ緑谷くん!キミが今抜けたら皆落ちる…!何か良い他の策を考えよう!」…っ、」

上でゴチャゴチャと言ってやがる事など気にもせず、俺は切島の手を振り解こうとするが、切島は俺の手を離すまいと強く掴んで俺に向かって叫んだ。

「助けてェ気持ちは分かる!分かっけど、今はお前まで暴れんな!!咲良が振り解いたんなら何か考えあんじゃねぇの…!?」

コイツらは今の菜乃の状況を分かっちゃいねぇ。アイツの精神状態が普通じゃねぇ事も、逃走意欲がねぇ事もだ。だからそんな悠長な事が言える。だがそれを説明する余裕なんかなくて、これ以上あの場に菜乃を残したくない一心で、切島の手を振り解こうとぶら下がった体を暴れさせた。

「待って皆…!菜乃ちゃん何かしようとしてる…!」

デクのそう言う声を聞いて、下に目を凝らした。
菜乃が地面から伸びた太めの根を掴んでいた。そしてそれを強く引いたかと思えば、遥か向こうまで地面が割れ始め、どこまで伸びているのかも分かんねぇ程の長い根を掘り起こした。

まるでロープの強度でも確認するかのように手にその根を巻き付けて二、三度引っ張ると、軽く腰を落とした。敵の手があと少しで触れてしまいそうだったその瞬間、菜乃の体は根が伸びている先へと勢いよく滑り始めた。

遥か向こう側から一本の根を機械にでも巻き取られているかのように凄まじい根の引く力に菜乃自身が地面につっかえてしまわねぇのかと思うが、個性を使って自分の滑る地面を泥濘ませるなど菜乃にとっては造作もないんだろう。

「よし、咲良くんもなんとか逃げきれそうだな…!爆豪くん!俺の合図に合わせて爆風で…」
「てめェが俺に合わせろや…!」
「張り合うな!こんな時にィ…!」

空を飛んでいる間、俺は俺達の少し後ろの地面を滑る菜乃を一瞬たりとも視界から外す事が出来なかった。



あれから敵共の手が届かねェ所まで逃げ切り、俺達は駅前に立っていた。大きなテレビのモニターを前にして、隣に立つ菜乃の顔を見た。視界に入ってる筈のモニターに映る映像など、全く理解する気もなさそうにぼんやりと眺めていた。
菜乃の体から垂れ下がった手を見れば、至る所に切り傷ができてやがった。逃げる時に掴んでいた根が滑ったり摩擦なんかで切れたんだろう。
痛痛しげなその手は、菜乃の心の傷のようで心臓が締め上げられる感覚に陥った。

_触れたい。

そう強く思うのに、この手を掴めばさっきみてぇに拒まれちまうんじゃねぇかって、どっかで思っちまってる情けねぇ自分が居た。そんな思いから、俺は柄にもなく、恐る恐る菜乃の手をそっと掴んだ。

握ったその手は今度は振り解かれはしなかった。

ちゃんと居る。俺の隣にコイツはちゃんと居る。

張り詰めていた自分の心がようやく緩んだように感じた。

傷だらけのその手を…心を…しっかりと包み込んで隙間なんか少しも出来ねぇように、ピタリとくっつけて握りしめた。


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