色付いていくあの頃の記憶

菜乃 side

合宿3日目の夜_
2日目、3日目と個性伸ばし訓練を行った。プッシーキャッツの指導の下、各々自分の個性に見合った訓練をし、一日が終わる頃にはへとへとだった。

変な夢の事など考える余裕もないほどにハードな林間合宿だったのだ。

3日目の夜は、A組B組対抗で肝試しをする事になっていた。二人組を作って順番に森の中に入り、ルートを一周する。そのルートの真ん中にあるお札を持って帰ってくる事がクリア条件だとピクシーボブは生徒達に説明をした。
A組生徒が回っているときは、B組が脅かし役だ。わたしは緑谷くんとペアになった。『よろしくね。』と言うと、緑谷くんも「こちらこそ!」と笑顔を返してくれた。

こうして始まった肝試しは5組目のペアである麗日・蛙吹ペアがたった今出発した所だ。
と、そこでピクシーボブがなにやら空の匂いを嗅ぎ始めた。彼女が違和感を口にすると、彼女の身体は宙に浮かび上がった。そしていつのまにか現れたのか、二人組の男に負傷させられていた。体の大きめの男と、トカゲのようなナリをした奴らだった。

地面に倒れるピクシーボブと、彼女を押さえつける二人組の男を見て、その場にいた全員が息を呑んだ。

「ごきげんよろしゅう雄英高校。我ら敵連合、開闢行動隊。」

なんでこんなところにコイツらがいるんだろう。相澤先生は、万全を期して今回の林間合宿の宿泊先を知る者は教師でも数名にしてあると言っていた。だから引率の先生も最小限にしてあると。それがどうして敵に所在がバレているのか…。

マンダレイがテレパスを流し、生徒達が施設内へ戻るように指示した。洸汰くんの居場所を知っているという緑谷くんだけは、先にどこかへ走り出してしまったが、その場に残されたわたし達は、委員長である飯田くんを先頭にして施設の方へと向かった。




施設へと戻ると、補講組と合流した。
戻ってきたところで、再びマンダレイのテレパスが流れた。内容は二つ。
相澤先生からの戦闘許可。
遅れて耳に届いたテレパスは…敵連合の狙いが勝己と…わたしだということ。

気が気ではなかった。自分がターゲットになってるなんてどうでもよかった。不安や焦りを誤魔化すように、何度も“勝己なら大丈夫。”と自分に言い聞かせていた。

自分を落ち着けようとゆっくりと息を吸って吐き出した。そして閉じていた目を開けた。

「ここにいらっしゃいましたか。囚われの姫君…。」

目の前には黒色のモヤが出来ていた。低く落ち着いた声がしたかと思えば、モヤの中から腕が伸びてきて、わたしの腕を四つの指で掴むと黒モヤの中へと引き摺り込んだ。

モヤの中へと入る前、飯田くんや切島くん、三奈ちゃんがわたしの名前を叫ぶのが聞こえた。

−−−−

『ん………。』

目を開けると、床の木目が視界に入った。身体を動かそうにも上手く動けない。
自分の体を見れば、椅子に座らされて縄で拘束されていた。

「気がついたか。」

そんな冷酷な声が聞こえた。顔を上げると目の前にはUSJの事件の時に見た手の奴が座ってこちらを見ている。ソイツの背後には黒いモヤのやつまでいる。ぼんやりとした頭でもまずい状況にある事は瞬時に理解できた。“ここから逃げなきゃ”と思うのに、縛られた状態では何も出来ないからもどかしい。

手の奴を睨みつけると、「まぁそう睨むなよ。」とゆっくりと話始めた。

「単刀直入に言おう。俺たちと手を組もう。」
『…。』
「無視することないだろ。お前の個性、回復できるんだろ?こちとら回復キャラ居なくてさぁ…?」
『…そんなこと知らない。わたしには関係ありません。』

わたしの返事を聞くと男は面白くなさそうな目をし始めた。

「チッ…お前も兄貴…ヒーロー殺しと一緒だ…。ムカつく。」
『どういう意味…。』
「ヒーロー殺しは俺からの誘いを断りやがったんだ。しかも自分だけ目立って……ほんとにムカつくぜ。しかしまさか…雄英にあの殺人鬼の血縁がいるなんて驚いたよ。」
『…じゃあその妹も兄と同じ回答をさせてもらいます。…お仲間にはなれません。』

こんな状況だというのに、わたしは男の話を聞いて安堵していた。
…兄はやっぱり悪と手を組んではなかったんだ、と少しだけ嬉しくもあった。

だけどまぁ……今は本当にそれどころではない。この悪状況をなんとか打開しないと…。
辺りを見渡して何か使えそうな植物はないかとか、木目から根を出して相手を拘束した所でどうにかなるものなのか、とか…意識を取り戻したばかりの働きの鈍い脳を無理やりに働かせていた。

すると男は「まぁそう回答を早るなよ。」と嘲笑い話を続ける。

「ヒーロー殺し繋がりで調べたらどんどん面白い情報が手に入った。お前はすでに俺たちと同種だ。…コッチ側の人間なんだよ。」

意味が分からない事を言う男だ。わたしが同種…?こんな奴の話なんかに耳を貸すものかと瞼を落としてここから逃走する手段に思考を巡らせた。だが、男から「お前の父親…」と父の話を持ち出されると、瞼は自然と持ち上がりわたしは視界に男を入れてしまった。男は足を組み直した。顔に付けた手の隙間から見えた男の目は怪しく笑っていた。

「プロヒーローだったか?7年前にヴィラン騒動で死んだ。」

男の言葉に、わたしの中で止まっていた時が動き出すような気がした。
何故だろうか…。今まで父の死について思い出そうとしても、何もピンとくるものがなかった。それなのに今、わたしの脳内にはぼんやりとだが、ある景色が浮かんできていた。

荒れる街…火の海…逃げ惑う人達…

これは、わたしの記憶なの…?

この先を聞いては駄目だ。自分が自分ではなくなる気がする。

震える体を抱きしめようにも、
耳を塞ごうにも、
拘束された状態では何もできやしない。


「お前が_殺した。」


男は至極楽しげにそう口にした。その声を耳にした途端に、ぼんやりとした白黒だった情景はハッキリと色を付けていった。

あぁ、そうだ…。そうだった。
わたしの所為だった。

全部、覚えてる。
倒れたお父さんの周りにできた赤い水溜りが大きくなっていくのも
握った時は温かかった筈のお父さんの掌がだんだんと冷たくなっていくのも…


全部、全部…あの日の事…わたしは全部…覚えてる。


__「人殺し。」

夢の中で聞いたお母さんのこの言葉は、わたしに向けたものだったんだ。

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