夏の開幕まですりーつーわんA

爆豪 side

菜乃が夏祭りとやらに行こうと誘ってきた翌日。俺は約束の30分前から昨日の掲示板の前に来ていた。
…たまたま家ですることもなくなって早く来ちまっただけだ。楽しみだった、なんてワケじゃねぇ…。あークソッ、俺は誰に言い訳をしてンだよ…。

頭をガシガシと掻きながら、1秒でも遅れたら帰ってやらァッ…!と、出来るはずもねぇ事を考えては息を深く吐いて自分を落ち着けた。掲示板の前から駅に備え付けてある時計を眺めて、ただ約束の時間が来るのを待っていた。

16時40分過ぎを迎えた頃、『わ、早いね?』と聞き慣れた声がして時計から視線を外した。そして菜乃の姿を目にして、ほんの一瞬息を止めちまった。

紺色の生地に白や赤、ピンクの大輪を咲かせた布は菜乃によく似合っていた。脳みそを通らず出かかった言葉を飲み込むようにゴクッと喉を鳴らした。

菜乃は俺の目の前に立って手に下げた巾着をゆらゆらと揺らしながら、両手を前で組んだ。そして照れくさそうに『行こっか…』と笑った。…こういう時、世の“彼氏”という奴らは綺麗だの可愛いだのほざくんだろう。だが、自分がそれを言うのはむず痒いし、そもそもンな小っ恥ずかしい事をンな場所で言ってりゃ晒し者になりに行くようなモンじゃねぇか…!
そうは思いつつも、何かしらを言っておきてぇと思うのは惚れたなんとやらってヤツで、いつもよりもゆっくりめに菜乃の隣を歩きながら横目にこの女を視界に入れて口を開いた。

「…着付け、自分でしたンかよ。」
『ううん、おばあちゃんに来てもらってしてもらったの。』
「……似合ってンじゃねぇか。」

俺の言葉に一気に表情を明るくして、頬を赤く染めていく菜乃を見て思わず「ケッ…」と自分が口にした言葉を誤魔化した。



祭り会場に着けば、屋台が並ぶ通りでは、モブ共で溢れかえってやがった。はぐれねぇように菜乃の手を掴んで歩いた。少し落ち着いた場所へと出ると、菜乃は『お祭りといえばアレだよね…!』と道の端を指差した。

“りんごあめ”という文字がぶら下がった屋台を見て、思わず「あ゛?」と声を漏らした。

「祭りといえばたこ焼きか焼きそばだろーが!」
『そう…?片手で持てるからわたしは毎回お祭りでは買うんだけど。』
「ンな甘ったりィモン食ってたら喉乾いてしょうがねぇだろーがよ!」
『あぁ…たしかに?…でも好きだから買ってくる!勝己はいらない、よね…?』
「今の会話で食うと思ったンなら今すぐ病院連れてくぞゴルァ…!」
『冗談だって。』

ふふ、と笑う菜乃がいつもよりも楽しんでいることは容易に分かった。小走りで駆けてりんご飴を買い行った後ろ姿を見て、ふと髪飾りが付いてねぇのが気になった。変ってワケじゃねぇ。ただ、なんとなく付けねぇンだな、と思っただけだ。

『お待たせ。』

俺の元にまたしても小走りで戻ってきた菜乃の手には見るからに甘ったるそうな小さめのりんご飴が握られていた。それを一口小さくかじると、そりゃもう嬉し気に『お祭りって感じで幸せだぁ…!』と表情を緩めた。

「てめェの幸せってのは随分と安上がりだな。」
『安く幸せを買えるのって、お得でしょ?』

ふふ、と笑う顔を見て、
あぁ、まただ_と思った。

へらーと笑うツラからは嫌味みてぇなモノのは微塵も感じさせねぇ。昔からコイツはこうやって素直に笑うし、幸せって言葉を簡単に口にして自分のものにする。
そうやって自分の想いを素直に口にできて、なんでも邪険にせず受け入れる…。“かつきくんは菜乃のヒーローだね”なんて言葉を言った時も、こんな風に笑ってやがったな、なんて遠い昔を思いだした。

俺はコイツが馬鹿みてェに幸せそうに笑うこのツラが好きで、
本当に馬鹿らしいが、何年も経った今でも自分の芯の部分で、コイツのこのツラが見たいと思っちまってる。

…また、心臓がトクトク_と脈を早めた気がした。

『あ、勝己も一口食べる?』

菜乃の言葉でハッと我に帰り、自分が今考えていた事など少しも悟らせて堪るかと「誰が食うか…!」と強めに返した。すると菜乃は口を尖らせて不服そうに言葉を口にした。

『食べてみたら案外美味しいかもよ?ほら、甘ったるいという先入観は捨てよう。』
「先入観じゃねェンだよ…!甘ェンだよ確実にィ…!」
『んーー、あ!じゃあ今度、わたしが勝己の好きなものに付き合うから今日はわたしのに付き合ってよ。』

良い考えでしょ、なんて思ってんだろう。ニッと笑って俺の口の前に真っ赤な飴を差し出してきやがる。その案に文句も言わず、差し出された飴を一口かじったのは、コイツが俺の好きな食いモンを知らねぇと思ったからだ。

一口食べたソレは、思ってた通りの味で、甘ったるかった。『美味しいでしょう?』と笑って俺の顔を覗き込む菜乃を見ると、それと同時に口の中に広がる甘さに不思議と嫌気はさしてこなかった。

「やっぱ甘ェだけじゃねぇかよクソ…。」

さっきまでの勢いを失くした俺の声を聞いてか、菜乃はまた、ふふ、と笑ってやがった。その笑顔に向けて「今度、激辛に付き合えよ。」と言えば、菜乃の顔付きはギョッとしたものに変わった。

『勝己の好きなものって…』
「辛ェモン。」
『……やられた。』
「自分から持ち出した条件だよなァ?」
『…はい。』

こんなやりとりがただただ楽しくてしょうがなかった。



『うわぁ可愛い…。』

菜乃がそう言うのは、ある屋台で沢山の色のアクセサリーが並べられているのを見たからだ。浴衣の客を狙ってンのか和の柄の装飾品が多い。
菜乃をちらりと見て、その視線の先を追うと丸い玉が付いてるかんざしが並べられていた。

“とんぼ玉かんざし”と書かれていた。

「…どれが欲しいンだよ。」
『え?あ、いや…可愛いなぁと思ってただけで…。』
「だからソレがどれだって聞いてンだよ…!」
『お、怒らないで…!えっと、コレ…です。』

キレ気味の俺を抑えこめるように菜乃がそっと指差したのは、白い花が描かれた真っ赤のとんぼ玉の付いたかんざしだった。ソレを見ると嫌でも先ほどまでコイツが食べていたりんご飴を連想させる。

「あ?まさか“さっきのりんご飴みてェだから”とか言うんじゃねぇだろーな。」

俺の言葉に菜乃は苦笑いを俺に向けて『違うよ…!』と答えた。そして再びその赤いとんぼ玉を見つめた。それに一目惚れでもしたかのように優しく見つめるその視線に思わず見入っちまう。

『赤、好きなの。』

頬を赤らめて、コイツにそう言われるこの赤いとんぼ玉に…たかがこんな小さな赤色に

ほんの少しの嫉妬心が芽生えた。

それを感じさせる程に菜乃の瞳はこの赤に惚れ込んでるように見えた。

俺は記してある金を出して、そのかんざしを買った。小さな袋に入れられたかんざしを受け取ると、その袋を菜乃の前に突きつけた。『え?』と俺と指の先にある袋を交互に見て『くれるの?』と問いかける菜乃に、この状況でそれ以外あるかよ…!と思いながら声を絞り出した。

「あ゛?さっさと受け取れや、いらねェンなら捨てるぞゴルァッ…!」
『!、いる…!ありがとう。』

俺から渡された小さな袋を受け取ると、菜乃はソレを見て微笑んだ。
「行くぞ。」とだけ吐いてその場から歩き出すと、周りのモブが「そろそろ花火上がるかな?」と話す声が聞こえた。そういやポスターにもンな事書いてあったなと思う。菜乃もその声を拾ったのか、『わたしたちも花火見に行こうか。』と言ったあと、少しだけ上を向いておもむろに目を閉じた。

これは、コイツが自然の声を聞いている時の顔だ。何を話してるのか、なんてのは俺にはわからねぇ。…いつから知りたいと思うようになっちまったんだろうな。コイツに聞こえてる声や音が俺にも聞こえりゃいいのにと思うのは、考えてみりゃあさっきコイツがした、“相手の好きなモンに付き合う事”となんら変わりはねぇ。俺はいつからか、コイツの“好きな時間”にも付き合いてぇと思うようになっていた。

『ちょっと坂上がるけど、あっちの方なら真正面によく見えるって。』

草花たちから一番良く見えるポイントを聞いたのだろう。息をゆっくり吸って吐き出し、大地との対話を終わらせる素振りを見せると、『行こっか。』と俺に笑いかけた。

−−−−

良いと言われたポイントに着くと、そこに人集りは出来てなかった。ちらほらとカップルや家族連れが3,4組程度だった。てっきりモブ共でごった返してると思った。菜乃は俺の心を見透かしたように、ふふ、と笑って『良い場所教えてもらったみたいだね?』と言った。

そして『あ、そうだ…』と言って巾着の中にしまってやがった小さな袋を取り出した。それはさっき俺がコイツにやったものだ。中から赤いとんぼ玉のついたかんざしを取り出すと、せっかくだから…と頭に刺した。

「…頭にさっきのりんご飴刺さってるようにしか見えねェな。」

その赤を見るとりんご飴を食ってた姿を思い出しちまって、目を背けてついそんな事を口にしちまった。そう言うと、菜乃はまたしても口を尖らせて言葉を口にした。

『もう、だから違うって…!』

菜乃が俺に言葉の続きを言いかけたタイミングで、ドンッ_という轟音と共に、夜空にはデケェ“花”が咲いた。その光のおかげで菜乃の頭についたとんぼ玉の赤がハッキリと目に映った。この女はこの赤が好きなんだと、自分自身に覚え込ませるように目に焼き付けた。

横目に髪飾りを見ていると、菜乃が俺の方を向いて視線が交わった。そして何発か続けて花火が上がる中で、菜乃は口を動かした。その言葉を聞き溢さねェように、動く唇に視線を移す。

『赤は、勝己の目の色だから好き。この赤は勝己の目と同じ色だと思ったから欲しかったの。』

菜乃の声は、花火が夜空に咲く轟音の中でもハッキリと俺の耳に届いた。

あー、なんなんだよコイツ…。

そう思いながらも俺の心臓が鼓動を早めたのが分かった。菜乃の言った言葉が馬鹿みてェに嬉しくて、だがそれ以上は何も言わせたくなくて、思わずその唇に自分のを重ねた。ほんの一瞬で離してやると菜乃が顔を真っ赤に染めてやがるのが花火の灯りでよく見える。

『ひ、人いるのに…。』
「誰も気づいちゃいねぇだろ。空に釘付けなんだからよ…。」

そうは言っても、コイツはたぶん気にする。口元を押さえてやがる手を掴んで、人目を憚るように道の後ろ側にある林の中に数歩踏み込んだ。
さっきよりも少しだけ遠くに花火が打ち上がる音を聞きながら、何度も唇を重ねた。

甘ェ…。

菜乃の唇を舌で舐めると、ほんの数十分前にも味わった甘みを感じた。

菜乃はいつも調子を狂わせてきやがる。

少しだけ憎らしく思った赤
好きじゃなかった甘ったるいりんご飴

…それを俺の色だから好きだと言われりゃ、憎らしいなんて感情は消えちまうし、
この甘ったるさがキスの味だと思えば、この味が好きだとしか言えなくなっちまう。

『ね、少し休憩を…』

何度も唇を重ねる俺の体を菜乃は押し返してきた。だがそんなの気にも留めず、また唇を奪って、逃げられねぇように腰と後頭部に腕を回した。

暫くの間甘みを味わうと、いつの間にか聞こえていた轟音は聞こえなくなっていた。

『花火、終わっちゃったかな…?』

そう言う菜乃の口からは熱い吐息が漏れ出してやがる。
「…かもな。」なんて白々しく答えると、遠くで微かにヒューー……っと花火が上がる直前の音が聞こえてきた。

それを口づけの合図にするように、再び互いに交わらせていた目を閉じてどちらともなく唇を寄せ合った。

ドンッ__と、夜空に一際大きな花の彩りを咲かせる音が響いた。

華々しく、それでいて儚く、夏の始まりを告げるようだった。

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_

_忘れもしない夏が始まる。


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