夏の開幕まですりーつーわん

菜乃 side

期末テストの翌日_

教室内には沈んだ空気が漂っていた。三奈ちゃん、上鳴くんという教室内でも一際テンションが高くよく教室内を盛り上がらせている二人が、今日は喋らず魂が抜けたような顔つきになっているのだから無理もないだろう。
二人が気を落としている原因は、昨日の期末試験で課せられた課題をクリア出来なかったからだ。不合格者は夏の林間合宿に行けず、学校に残って補習だと担任が言っていたから、気を落として当然だ。

「皆んな、林間合宿のお土産話待ってるね…。」

泣きながらそう言う三奈ちゃんを私や緑谷くんは宥めた。そして瀬呂くん、切島くん、砂糖くんは「俺らもどうか分かんねぇよなぁ…」と苦笑していた。

「俺は峰田のおかげでクリアしたけど、寝てただけだしなー。」
「俺らも、粘って結局最後は脱出ゲート潜ってっけど、咲良居なかったらあのままコンクリに生き埋めだったしな…。な、砂糖。」
「だな…。」

合否の怪しい三人がそう言う後ろで峰田くんはドヤ顔をしていた。切島くんが言うようにわたしは確かに二人を助けた。だが、二人が時間を稼いでくれたからこそわたしが個性を存分に使えたのだ。二人がダメならわたしもアウトだろうなぁ…と思っていると、ガラッと勢いよく扉が開き、相澤先生が教室内へと入って来た。

教壇に立ち、「おはよう。」と一応の挨拶をした先生は、早速「期末テストだが…」と本題に入った。相澤先生が残念ながら赤点が出てしまったと言うと、特にホームルーム前に注目を集めていた二人+グレーゾーン三人は、先生の顔ををジッと見て言葉の続きを待っていた。勿論わたしもだ。「従って林間合宿は……」と一番気になる所で言葉を止めた先生は、突然、してやったと言うような顔つきでニッと笑って揚々と言葉を口にした。

「全員行きます!」

その言葉にクラス中が歓喜した。三奈ちゃんなんて嬉しさのあまり涙を流していた。気になる赤点者はというと、筆記は該当者なし、演習で三奈ちゃん、上鳴くん、砂糖くん、切島くん、瀬呂くんが赤点だったようだ。先生の言葉にグレーゾーン三人は「やっぱり…」と肩を落としていた。

わたしの名前はなかった。だが、おそらく及第点だろう。二人がいなければ、さっき切島くんが言っていたようにわたしだって早々にコンクリ生き埋めになっていただろうし…。

何はともあれ、林間合宿に全員参加出来るようで一安心だ。



一日の授業を全て終え放課後になると、クラス内では林間合宿のしおりを持った数人が「大荷物になりそうだね…」「俺水着とか持ってねぇよ。」等と口にした。それらの発言に対して「それじゃあテスト明けだし、明日休みだしみんなで買い物に行こうよ!」と言う透ちゃんの声が聞こえた。

テスト明け、夏休み前、そして林間合宿という行事を前にテンションの上がりきっているクラスメイト達は「いいねぇ!」と賛同した。

切島くんが勝己を誘うが、人と群れない勝己は「行ってたまるか。かったりぃ…。」といつも通り興味もなさそうに教室を出て行こうとした。焦凍くんは緑谷くんが誘うも、お見舞いに行くと行って早くも二名が欠席となった。

お茶子ちゃんがわたしに近づいて来て「菜乃ちゃんも行くよね?」と聞かれたが、わたしは教室の扉の方へと向かいながら口早に返事をした。

『ごめん!わたしもパスで…!』

勝己を追いかけるべく廊下へと出ると、背後からは峰田くんの「ノリがワリーよ!空気読めよ!」という憤りの声が聞こえた。

その声に苦笑しながら追いついた背中に『空気読めって言われてますが?』と声をかけると、「…るせぇ…てか、てめぇもだろーが。」と低い声が返って来る。それと同時に歩幅を緩めてくれるのがなんだか嬉しくて、私は緩んでしまう表情を見られまいと俯きながら彼の隣を歩いた。



「祭りだァ?」

わたしの家の最寄り駅で電車を降りると、わたしたちは駅の改札口にある掲示板の前で足を止めていた。勝己が眉間に皺を寄せてそんな事を言うのは、掲示板に貼ってあるお祭りのポスターを前にして、わたしが彼を明日の夜開催の祭りに誘ったからだ。
勝己がクラスメイトからの誘いを断っているのを聞いて、もし用事がなければ誘おうと思っていたのだ。だからわたしもお茶子ちゃんから誘われた明日のショッピングを断った。
だが、勝己のこの表情は…どうなんだろう…。友達からの誘いを断ったくらいだし、遊びに行くくらいならトレーニングしてたいよね…。…やっぱり辞めよう。
そう思ってわたしは、『ううん、やっぱり…』と口を開いた。だが、続きの言葉は勝己の声によって掻き消された。

「夕方5時にこの掲示板の前に居なけりゃ帰るかんな。」
『へ!?…行ってくれるの…?』

俯かせていた顔を上げると、勝己はお祭りのポスターを睨むように見つめた後、「チッ…」と舌を鳴らしてわたしを視界に入れた。

「期末でてめェが赤点回避したら…っつう約束だったからな。」
『そっか…そんな約束したね。…よし、明日5時ね…!浴衣着てくから楽しみにしててね…!』

こればかりは緩む表情を隠しきれなかった。明日が楽しみでどんな髪型にしようかなとか、おばあちゃんに連絡して着付けてもらうようにお願いしなきゃとか、勝己とのお祭りデートに心を躍らせていた。

『たかが祭りではしゃぎやがって…』と面倒くさそうにボヤく勝己に、ふふ、と笑うと、ギロリと睨まれてしまう。

「あ?何笑っとンだ。」
『お祭りだけじゃないよ。この夏は沢山思い出作ろうよ。海にも行きたいし、一緒にお買い物も行きたいし…。』
「ケッ…、言ってろや。」

クラスメイト同様に、どうやらわたしも夏休みを前に気分を上げていたうちの一人だった。



翌日_

「はい、出来たよ。」

わたしの家にはおばあちゃんが来ていた。浴衣を着付けてもらうためだ。

紺色の生地に白や赤、ピンクの大きな百合やダリアの花を散りばめた華やかな浴衣を着せてもらった。いつもと違う服装、髪型をするだけで気分が上がってしまうわたしは、ちゃんと女子だなぁと思う。
…可愛いって思ってくれるかな。
これから会う人の事を思い浮かべてそんな事を思った。

「おやおや、顔を赤くしちゃって一体誰とお祭りに行くんだろうねぇ。」
『お、おばあちゃん…。今日は友達と…。』
「ほぉ?こっちまで来たから、ついでに久しぶりにお母さんのお見舞いにでも行って来ようかね?」
『…お母さんには言わないで。なんか恥ずかしいから。…お祭りは彼氏とです。』
「ふふ、黙っといてあげるよ。若いってのはいいねぇ。…楽しんでおいでね。」
『ありがとう。』

そう話すとおばあちゃんは「たまにはおばあちゃんちにも帰っておいでね。」と手を振って、部屋から去って行った。そういえばしばらく帰ってなかったなぁ、なんて思いながら手を振り返してパタリと閉まる扉を見つめた。

いけない、そろそろ私も出かけなきゃ。

一秒とて遅れたら怒られてしまいそうだ。勝己が叫び散らしている姿が容易に想像できてしまい、わたしは急ぎ気味に家を出た。


_“夏には沢山思い出を作ろう”
昨日言った自分の言葉を思い出しながら、勝己とどこへ出かけようか、どんな思い出を作ろうかと、わたしは夏の始まりを心待ちにしていた。

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_これが、わたしの甘くて苦い一夏が幕を開ける直前だった。

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