勘違い

菜乃 side

朝から一体なんだったの…。
教壇での一波乱から解放されてわたしは今自分の席についている。あの後すぐにクラス担任である相澤先生が来て場を収めてくれた。…朝と変わらず気怠げではあったが…。
おかげで助かった。わたしは教室の端の一番後ろの席に突っ伏してため息を落とした。

「てめェ、なんでここに居ンだよ。」

あ…この声さっきのツンツンくんだ…。
顔上げるの嫌だなぁなんて思いながらも無視することもできず、わたしは顔を上げた。
席の前に立っていたのは予想通り先ほど掴みかかってきた人物だった。彼は赤い瞳をまっすぐわたしに向けて、笑いもせず、かと言って先ほどのように怒鳴ることもなく、ただわたしを視界に入れていた。
一体この人はなんなんだろう。わたしと知り合いだというのならそれは盛大な勘違いだ。

だってわたしは彼を知らない_

『そんなこと、貴方に話す必要あるかな?貴方はわたしを知ってるようだけど、わたしは知らない。誰かと勘違いしてるよ。』

初対面から攻撃的な態度を取る彼に抱いたのは威圧感。おかげで目線も合わせられず答えてしまった。すると彼は先ほどのようにわたしのネクタイを掴んで自分の方へと引き寄せた。

『…っ、さっきからなんなの…!』
「俺が!!!」
『…?』
「テメェを間違うワケがねぇだろ…!」
『は…?』

何を言っているのかさっぱり分からない。『だからわたしは……』と言葉を出した所で、「爆豪待てよ!」という声が聞こえ、彼の腕がわたしから離された。

声をかけてくれたのは赤髪を派手に立たせている男子だ。横に黄色の髪の毛をした男子もいる。

「転入生、困ってるって!」
「そーそー!会って早々に、んな顔されたらビビるっつーの!いくら転入生ちゃんが好みのタイプだからって…」
「ンなんじゃねぇわ…!外野はダァってろや…!」
『あの、わたしは咲良菜乃で、転入生ちゃんでは…。』
「ンなこたァ分かってンだよ…!」

歯をぎりぎりと鳴らしながらまたしてもツンツンくんからの怒りを向けられた。
あー…本当になんでこんな事になってるのよ…。
わたしが頭を抱えていると「あのぅ…」と控えめな声が聞こえた。顔を上げると、赤髪くんや黄色髪くんがツンツン頭を取り押さえている背後にモサモサとした頭の男子がいた。

あ…まともそう…。
そう思って安心した。

「咲良菜乃ちゃん…あぁ、いや…さん…。かっちゃんの事覚えてないなら僕の事なんて尚更覚えてない…よね?」
『えっと……?』
「なに調子に乗ってんだデクの分際でぇッ!!俺より上に立ってると思ってンじゃねぇわカス!!!」

なんだろう…すっごく面倒臭い。転入して10分足らずでこんな事思うなんてある?普通自己紹介から始まらない?それなのに先程から「思い出させる」や「僕を覚えてる?」なんてわたしには理解のできない挨拶ばかりだ。おそらく'かっちゃん'というのがこのツンツン頭の人のことだろうか?

目の前で騒ぎ立てる彼らをどうしようかと困っていると、「ちょっと男子何やってんのー!」と女の子の声が聞こえた。わたしのすぐ後ろに立っていたのはピンクの髪の毛をした子や、ケロっと言う子、あとボブスタイルの子だった。

「咲良さん困っちゃうじゃん。」
「ケロっ、そうね。いきなり男子に囲まれたりしたら怖いわよ。」
「咲良さんごめんね?みんな悪い人たちじゃないんやけどね。」

そう女子達が言ってくれたのに対して黄色の髪の毛の男子は「爆豪は悪ィ奴だけど!w」と言ってまたツンツン頭がキレ始めた。

わたしが冷ややかな目線を黄色い頭に向けると、どこから現れたのか黒髪の長身細身の男子が輪に加わって笑いながら口を開いた。

「女子四人同じ顔してんの面白ぇー!上鳴と爆豪ドン引きされてるって!」

その言葉で周りにいた女の子達と目を合わせてクスッと笑った。

「アタシ芦戸。芦戸三奈!」
「ケロッ、私は蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで。」
「私は麗日お茶子!よろしくね!」
『ふふ、わたしは咲良菜乃…ってさっき前で紹介されたから知ってるか。』

ふふ、と笑うと、1限目の予鈴が鳴り、各々席へと戻ろうと動き始めた。席へと戻ろうとするモサモサ頭の男子からの質問に答えてないことを思い出したわたしは、咄嗟に『デク…くん?』と呼びかけた。
…ちゃんと名前を聞いておらず、さっきのツンツン頭(たぶんバクゴウくんと言う名前)が「デク」と呼んでいたからそう呼んでみた。その呼び方で振り返ってくれたのにホッとしたが、'デク'くんはそれはそれは驚いた顔をしていた。しかもバクゴウくんもわたしの方を見ていた。彼また驚いたような顔をしていた。

…まずかった、かな?もしかして親しい間柄だけの呼び方だった?でもそれしか呼び方知らなかったし……。
わたしが『あ…ごめんね。名前…。』と謝ると'デク'くんは今度はとても嬉しそうに「ううん!いいんだ!なぁに菜乃ちゃん。」と聞いてきた。

その笑顔に安心してわたしも笑顔を作って、手短に話した。

『さっきの質問だけど、わたしはあなたとは初対面だよ。全然ピンと来るものが無いからきっと人違いだと思う。』

だんだんと表情から笑顔を失くしていく彼を見て、居た堪れなくなり語尾の方の言葉が小さくなってしまった。
そんなわたしに'デク'くんは「ううん。」と言って言葉を続けた。

「僕の方こそ変な事言ってごめんね?あ、僕は緑谷出久。よろしくね咲良さん。」

何故だろう。笑っている筈なのにどこか寂しそうに見える。よろしく、と答えて初めましてをしていいのか不安になってしまう。わたしはニコリと笑って『うん』とだけ返した。

−−−−

午前の授業が終わって昼休みに入った。
お茶子ちゃんに誘われて学食へと行こうとしたが、飯田くんや緑谷くんもいると聞いて、『用事を思い出した』と言ってお断りをした。

緑谷くん…朝のやりとりがあってから少しだけ気まずい。
気づいてた。彼がわたしを呼ぶ呼び方。
菜乃ちゃんと呼んだのに、「よろしくね」と言う時は咲良さんと言った。たったそれだけなのに距離を置かれたように感じた。…元々縮まっても無い距離を【置かれた】なんて感じるのは可笑しな話だ。それでもあの瞬間、ハッキリと心が離れていく気がしたのだ。

わたしはとにかく一人になりたくて学校の敷地内を散策した。校舎の裏側に大きな木が一本生えているのを見つけてそれを背に座り込んだ。

『キミはいつも此処で一人なの?』

個性:【大地操作】
木、草、根などと対話をする事でそれらを自由に操ることができる。生やすことも成長を早める事も可能。

(んー?私と話せる子かい?嬉しいねぇ)
木がそう言ったのを聞いて、ふふっと笑った。

…そういえば緑谷くんの名前が出た途端に断っちゃって、お茶子ちゃんに気を遣わせちゃうかな?

緑谷くんとバクゴウくん…
あの二人は一体誰と勘違いしてるのだろうか。でも二人して勘違いするなんて…。もしかして本当にわたしは……。

「探させンじゃねぇわ。」

そんな声が聞こえて、下を向いていた顔を上げた。わたしに向かって歩いて来ていたのは、またしてもツンツン頭…バクゴウくんだ。

彼はわたしの隣に腰を落とした。
話があるのかと思いきや、彼は何も話さなかった。
互いに何も口を開かず少しの間沈黙が流れた。背後の木が(キミの彼氏かい?)と聞いてきたのに対して、声を出さぬよう(違うよ。友達とも言い難いよ)と答えた。

(友達でもないのに探しにくるなんて変だな)
(そうね。)

会話が終了して、小さく息を吸ってからふぅ、と吐いた。

「終わったンかよ。」
『へ?』

隣に座る彼はまるでわたしが木と会話していたのを分かっていたかのようにそう言った。いや、そんな筈はない。だってわたしはこの人に個性の事を話してないもの。

『終わった、って何が…?』
「用事があるっつって丸顔の誘い断ってたろーが。」
『あ…聞いてたんだね?』

そのことか…。丸顔って…話の流れ的にお茶子ちゃんの事だろう。…そんな感じで断ったんだっけ?
頬杖をついて真っ直ぐ前を向いている彼は、怒鳴り散らしてはいない。朝も思ったが1:1なら普通に会話が出来そうだ。『用事ならもう終わったよ。』とわたしが言うと、彼は口を開いた。

「てめェ昔、ガキん頃に折寺居たろ。」
『…、居ない。記憶にない。』
「チッ…どこまでシラ切んだよ。」
『本当に記憶にないんだってば…。朝も言ったけど、バクゴウくんも緑谷くんもわたしを誰かと勘違いしてるよ。』

わたしがそう言うと、バクゴウくんはまた舌打ちを漏らした。そして再び低い声で言葉を発した。

「勘違いされんのが嫌なら、関係ねェてめェが俺の知っとる女をチラつかせンじゃねぇ。」
『…勝手に勘違いしてるのはそっちでしょ。』
「てめェ…!まずその長ェ髪の毛切れや。戦闘において邪魔だろーが!」
『嫌よ。頑張って伸ばしたのに、なんであなたの為に…。』
「…ケッ、何処ぞのヒメサマにでもなりてェのかよ。」
『…!』

まただ。わたしの事を知ってるかのような口振りをする。御伽噺のお姫様は髪の長い女の子が多いからずっとそれに憧れていたのだ。だから物心ついた頃から髪の毛を短くしたことはなかった。ヒーローを目指す今でも、女の子としての憧れは消えていない。
バクゴウくんは目を見開くわたしと視線をぶつけてニヤリと口端を上げた。

「図星だったかよ?」

わたしは何故かそのしたり顔に安心感を覚えて、自然と口元が緩んでしまった。

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