時を超えて、サヨウナラ

緑谷 side

期末テストの筆記試験を終えた僕達は、演習試験の為、コスチュームに着替え外に出ていた。B組の女の子…拳藤さんだったかな…?彼女から聞いた話だと、例年一年生の期末テストの演習試験は、入試のようなロボット相手だと言う。しかしそれにしては先生達が多いなと思った。
相澤先生や根津校長先生からの話を聞けば、今年は試験内容を例年と変え、教師陣との対人戦とするようだ。教師一人に対して二人の生徒で挑み、制限時間の中でエリアの脱出ゾーンから出るか、カフスを付け捕えろと言う内容だ。と言っても、僕達生徒二人に対して相手はプロヒーロー…。どう考えても力量の差は歴然としている。そこで先生達には自分の体重の半分の重みを加える錘を身につけるのだと言う。

組み分けと対戦する先生の発表があり、僕達は各々、チームで作戦会議をする者、他のクラスメイトのバトルを見る者と分かれた。僕がモニタールームでリカバリーガールとクラスメイトの試験を見ようとしていると、麗日さんもモニタールームへとやってきた。

「あれ?デクくんも?」

首を傾げる麗日さんに此処にいるワケを話せば、彼女は「ア、ハハ…」と乾いた笑いを漏らした。…組み分けで発表された僕の仲間は、かっちゃんだった。しかも相手の教師はあのオールマイトときた。作戦会議をしようとも、僕の事を良く思ってないかっちゃんが、僕の言う事に聞く耳を持つはずも無く、かっちゃんは一人で姿を消してしまった。そんな事があって、僕は此処にきていた。

話をしていると第一試験が始まった。
一戦目は、いきなり特例チームだった。特例、というのは、このチームだけ三人チームに対して先生が一人だった。生徒の組み合わせは切島くん、砂糖くん、菜乃ちゃんだ。対する教師陣からはセメントス先生が出ていた。このチームだけ他のクラスメイトと差が出ないように先生側のハンデは少し緩めてあるようだ。

…切島くんや砂糖くんがセメントス先生の作り出すセメントを力技で壊していく。おそらく二人がそうやって時間を稼いでいる間に菜乃ちゃんはエリア内の操れる根や草なんかを集めているんだろう。
切島くんは個性でずっと体を力ませていれば、その身が綻んでしまうし、砂糖くんは、思考が低下してしまうみたいだし…菜乃ちゃんはコンクリで固められた地面なんかでは攻撃を仕掛けるのにラグがある。
おそらくセメントス先生には彼らにある時間制限や仕掛けの遅れが無い。
これは、三人でもかなり不利がある。

切島くん、佐藤くんの二人が個性の効果を使い果たし、先生の作り出すセメントに飲まれそうになった。これは先生の勝ちかな…と誰もが思っただろう。だが、その瞬間に大量の根が辺り一帯を一気に覆った。そして二人の体に根が巻き付き、根はまるで意志を持ったかのように大きくしなり、脱出ゲートまで二人の体を勢いよく飛ばした。あとエリアに残ったのは菜乃ちゃんだけだというのにセメントス先生は攻撃の手を止めて立ち上がった。

「こちらの負けだな。」

そう言う先生の足にはカフスが掛かっていた。

「い、いつの間に…!」
「おぉ菜乃ちゃんやるぅー!」

モニターを眺めながら僕と麗日さんは思わずそんな驚きと感嘆の声をあげてしまった。菜乃ちゃんはおそらく地面にカフスを埋め込んだんだ。それを根が運び、辺り一帯を根で覆う奇襲に乗じて足につけたんだろう。
切島くんや砂糖くんを助けながらもきっちり捕らえたのだ。

菜乃ちゃんは前よりも広範囲の大地に一度に指令を出せるようになったのか、体育祭でステージを覆っていた時よりも大量の根や草を一気にあの場に集めていた。

クラスメイトの強さを見せつけられて、僕は自らを奮い立たせた。…僕も、頑張らなきゃ。そんな想いから、拳を強く握りしめた。

−−−−

「う、うぅ………」

目を開けると、ぼんやりと真っ白い天井が視界を一杯にした。
ここは…、
視界と同じようにぼんやりとした頭で此処がどこか、を考えた。あぁ、そうか。期末テストで僕はかっちゃんと共にオールマイトと………って、かっちゃん!?テストは!?!?
ガバっと勢いよく布団を剥ぎ体を起き上がらせると、「おや、目が覚めたかい。」とリカバリーガールに声をかけられた。近くに居てくれたオールマイトはマッスルフォームのまま、額に汗を浮かべ申し訳なさそうに両手を合わせていた。
「まったく本当にアンタって奴は…!」とリカバリーガールがオールマイトに向かって叱責し、オールマイトはどんどん小さくなっていくように見えた。隣のベッドに視線を移すとかっちゃんが横になっていた。体の傷こそ治っているが、コスチュームはボロボロだった。あのオールマイトに立ち向かって戦闘したんだから当たり前か。

…期末テスト、オールマイトとはハンデがあっても力量の差がありすぎた。勝てる訳がないと決めつけて逃げの一手の僕に対して、かっちゃんはオールマイトと戦う気満々だったのだ。テスト中に揉めたのは勿論だ。かっちゃんは、頭が良い。だけど、憧れの存在と手合わせしたい想い、逃げるなんて彼の辞書にはない事、そして僕に対しての意地…それらが合わさって断固として僕の言う事なんて聞いてやるかという感じだった。
結局途中でかっちゃんが自分というものを曲げて、脱出ゲートを潜るという策に思考を変えた。

隣で眠る幼馴染を見て、奥歯を強く噛んだ。

「キミは僕に無いものばかり持ってる。」



かっちゃんよりも一足先に保健室を出た。着替えて教室へと戻る頃には教室内は夕焼けの色でオレンジ色に染まっていた。もう誰も居ないと思っていた教室には、一人だけ生徒が残っていた。…菜乃ちゃんだ。いつも栗色の彼女の髪の毛は今日はこの夕日に染まっていつもよりも明るくてキラキラとして見えた。

彼女は僕を視界に入れると、駆け寄ってきて『怪我、大丈夫?』と心底心配したような表情をした。僕が笑って「うん!もう平気だよ!」と答えると、彼女はふわりと笑って『良かった、』と答えた。

彼女のこの表情に僕の心臓は大きく跳ね上がった。だけど、同時に頭の中にかっちゃんが過って、跳ね上がった心臓はすぐに小さくなって締め付けられるようで苦しくなった。

…この笑顔が、僕のものだったら良かったのに。

一緒のクラスにいるから分かる。菜乃ちゃんとかっちゃんが付き合っている事。菜乃ちゃんが教室で一人待つのが僕じゃないって事くらい…分かってる。

ヒーロー殺しの事件の後、入院中には菜乃ちゃんの様子を見に行ったけど、菜乃ちゃんはいつも通りに振る舞った。その時はただ、いつも通り笑ってくれる事に安心していた。…普通で居られる筈なんてないのに、それ以上考えもしなかった。ただ、僕はバカで安心していたんだ。
学校で一悶着あった時かっちゃんが菜乃ちゃんをその場から連れ出した。こっそり二人の後を付いていけば、菜乃ちゃんはかっちゃんに縋り付いていた。菜乃ちゃんの事を強く抱きしめるかっちゃんを見て、
弱々しく縋り付いて涙を堪えながら必死に言葉を紡ぐ菜乃ちゃんを見て、
自分が大馬鹿野郎だって気付かされた。
…気づけた筈なのに、気づこうとしなかった。心のどこかで自分の役では無いと線を引いていたのかもしれない。

あの日_
幼い頃にかっちゃんが菜乃ちゃんを助けたあの日から。


幼稚園の運動会の日。かけっこの途中で転けてしまった菜乃ちゃんにかっちゃんが駆け寄った。そして彼女の額に口づけを落とした。子供ながらにその光景を見て心が張り裂けそうになった。
あの時、僕も菜乃ちゃんに駆け寄ろうとした。むしろかっちゃんよりも動き出すのは早かったと思う。でもあの頃から、かっちゃんはクラスのどの子よりも個性の発現は早くて、足も速かったんだ。到底僕が追いつけないスピードで僕を追い越して菜乃ちゃんに手を伸ばした。


「ボクのおよめさんになってくれる…?」

月日が経って、そんな出来事を忘れた頃…たぶん幼稚園の卒園式前くらいだっただろうか。僕は彼女に“プロポーズの言葉”を伝えた。

彼女の返事は、今でも鮮明に覚えてる。


あのかけっこの日に助けたのが僕だったら…額にキスをしたのが僕だったら…
何か変わっていただろうか。二人きりの空間になるといつもそう思ってしまう。

そんな想いから優しく笑う彼女に手を伸ばし、昔とは違って大人の体付きになった華奢な肩を掴んで引き寄せた。

『み、どりやくん…?』

そう僕を呼ぶ柔らかな声に心臓は抉られそうになった。目の前にいる女の子は咲良菜乃であって、“菜乃ちゃん”で無いという現実を突きつけられた気がした。

_彼女は僕を知らない。彼女の目に映る僕もまた、緑谷出久であってあの頃一緒に遊んだ“デクくん”ではないのだ。

彼女の額に近づけた唇は、あと数センチで触れてしまいそうだった。_あの日出来なかった口づけを。

彼女をそっと離して「髪の毛に何かついてたから。」と誤魔化せば彼女は『ありがとう』と笑った。

「…菜乃ちゃんは帰らないの?」

返ってくる言葉なんて分かりきっていながらそんな事を聞いたのは、過去の自分の想いに蓋をしたかったからだ。彼女は大切な幼馴染の大切な人だと自分自身に思い知らせたかった。

だが返ってきた言葉に、僕は目を見開いた。

『勝己のこと、待っていたいの。』

同じだった。“勝己”、“かつきくん”と呼び方が違えど、僕がプロポーズをした時の返事と。

『かつきくんから、そういわれるの、まっていたいの。』

あの頃からキミは僕ではなく、かっちゃんを待ってる。
子供ながらに感じたあの時の悔しさや悲しみを生々しく思い出してしまうと同時に、時を超えても尚“僕では無い”と言われているようでやるせない気持ちになる。…だけど少しスッキリとしている自分も居た。幼い頃の記憶を失っても尚同じ人に想いを馳せている純粋な彼女を見ると、不思議と心が穏やかになれた。

僕は彼女を再び自分の腕の中に閉じ込めた。

「変わらないね、キミは。」

彼女だけに聞こえるようにそう呟いて僕は彼女を腕から解放した。呆然とする菜乃ちゃんになるべくいつも通り笑いかけて「もう少しでかっちゃんも戻ると思うよ。それじゃあまた明日ね!」と言って教室を後にした。

…彼女は、きっと何度でもかっちゃんを好きになる。僕じゃなくてかっちゃんを選ぶ。

大好きだったキミへ、さようなら。

そんな事を心の中で呟きながら、幼き頃の恋心に終止符を打ち、苦しくもどこかスッキリとした気持ちで帰路についた。

僕達の様子を見ていた人が居たなんて、僕は知りもしなかった。

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