備えろ期末テストA

菜乃 side

土曜日_

「何回言やァ分かンだ!!馬鹿かてめェはァッ!!」

ファミレス店には勝己のそんな怒号が響いていた。ボックス席で勝己を“先生”とし、“彼の生徒”となったわたしと切島くんは彼とは向かい側に座ってテスト対策をしてもらっていた。勝己のテスト対策は本当にスパルタで、切島くんが間違える度に丸めた教科書で彼の頭を叩きまくり、わたしが間違えればシャーペンを走らせている右手の横のテーブルにソレをパシッと叩きつけた。
左右の目が違う方向に向いてるんじゃないかってくらい、わたし達二人の間違いを素早く指摘してくる彼には関心すらしてしまう。

切島くんは最初こそ、「叩くなって…!」と勝己のやり方に呆れていたものの、この30分で勝己のスパルタ授業にはすっかり慣れたのか、叩かれる瞬間に個性を使って体を硬まらせ、「え!違ぇの!?」と勝己からの暴力を気にも留めなくなった。

ウェイトレスからの視線が痛い………。

お昼のランチタイムのラッシュを終了していた為に店内にお客さんがちらほらとしか居ないのが救いだった。勝己は体育祭優勝者だし、切島くんもわたしも最終種目まで残った身だ。ハッキリ言って目立つ。その証拠に、勉強をスタートして数分後には横の通路を通る客の一人から「雄英生は試験か。頑張れよ!」と声をかけられた。
…こんなに目立つならわたしも百ちゃんの所の講義に参加するんだった…。
怒号が響く中、そんな遅い後悔をしながらわたしはペンを走らせた。

「あれ?勝己じゃん。」

そんな男性の声が通路側から聞こえてわたしは顔を上げた。
わたし達の座るテーブルの横には、見た事のない男子が立っていた。同い年くらいだろうか?勝己が「あ゛?」と怪訝そうな声をあげるとその男子はケラケラと笑い始めた。

「相変わらず目つき悪ィなww」

楽しげに笑う男子とは対照的に、勝己は訝しげな顔をして「ケッ…」と声を漏らした。通路に立つ男子はわたし達が座るテーブルの上に置かれた教材を見てか、不思議そうな顔をして口を開いた。

「お前がダチと一緒に勉強してんの珍しくね?」
「してねェわ…!この馬鹿二人に教え殺してンだよ、てめェの目は飾りか死ね!!」

目を白目にして吊り上げた勝己の顔にわたしと切島くんはギョッとして、止まっていたシャーペンを再び走らせた。わたし達の目の前に置かれたジュースと氷の入ったグラスがカランと音を立て、わたし達の気持ちを表現するように水滴をタラリと垂らした。

「へぇ、勝己がダチに勉強をねぇ…?」と何かを含んだ言い方をすれば、勝己は「文句あんのかクソが!」と声を荒げた。
この男子生徒の口ぶりからして、おそらく彼は勝己の旧友だろうか。勝己の口の悪さに引く事もなく普通に会話をしているのだからきっとそうだ。間違いない。

男子は声を荒げる勝己を落ち着ける事もなく、ケラケラと笑ったあと「お二人さん!」とわたし達に声をかけてきた。
「すげー、テレビで見た顔だから初めましての気がしねぇわー。」と顔を上げたわたしと切島くんを交互に見てそう言った。

そしてズイッとわたしに顔を近づけて来るものだから思わず隣に座っていた切島くんの方に体を仰け反らせてしまう。その男子の距離の近さにわたしの顔は引き攣ってしまっていただろう。

「てかテレビとか動画見るよか可愛いじゃん!」
『…はい?ど、動画…ですか?』

吃りながらそう聞き返せば、近づけていた顔を離してポケットからスマホを取り出した。一先ず離れてくれた事にホッとした。…こういう人は苦手だ。…考えたら勝己も転入初日に胸ぐらを掴んできたから苦手だと思ったんだっけ。

「知らない?雄英体育祭でトーナメント戦まで残った女子、みんな可愛かったから動画サイトで一人ずつ切り抜き動画出てんの。」
『へ、へぇ…?』

ホラ、と動画サイトの再生画面をわたしに見せてきた。そこには【雄英体育祭:咲良菜乃】と名前までしっかりとタイトルに表示されて、動画は、テレビで放送されたわたしが写っているシーンを予選段階から切り抜いたものが流されていた。

「しかもキミ…菜乃ちゃんは最終の準決勝まで残ってるから動画が長い!」

自らを名乗りもせずわたしのことをちゃん付けして呼ぶ目の前の男に嫌悪感しか覚えず言われている内容なんてほとんど頭に入らず、『そうですか…』と適当な返事をしてしまった。
誰の旧友とか関係ない。こういうのは苦手だ。

あまりにもわたしが変な顔をしていたのか、男子は思い出したように「あ!」と声をあげ、自己紹介を始めた。名乗った後、「勝己の中学ん時の親友ね。」とも付け足した。
切島くんが「俺は切島!」と自己紹介をすると、今度はわたしが名乗るのを待つかのように視線を向けて来た。
…いらないでしょ。知ってるんだから。

勝己の旧友に不信感を抱きながらも、その視線が鬱陶しくて渋々『わたしは…』と名乗ろうとしたのを勝己の声がわたしの言葉を遮った。

「親友だァ?…ただの昔のツレだわ。…ふざけた仲良しごっこしかする気がねンなら失せろや。こちとら遊びじゃねンだよ。」

声を荒げる事なく、静かにその“昔のツレ”とやらに鋭い視線を向けて。

…これは本気で怒ってるやつだ。
切島くんも同じ事を思ったのだろう。ゴクッと喉を鳴らしたあと、通路に立つ男子に向かって両手を合わせて「悪ィ、マジで俺らテストやべェんだ…!今日の所はほんとすまねぇ!」と言った。切島くんの言葉でその男は笑いながら「そっかそっか!悪かった!勝己も頑張れよ!」とこの場からあっさりと立ち去ってくれた。

「るせェわ失せろ!」と親指を突き立て下に向ける勝己を『まぁまぁ…』と落ち着けてようやく勉強会は再開した。

…何はともあれ切島くんのおかげで助かった。

その30分後には、また懲りずに勝己の旧友が席の近くに現れ、レシートを一枚裏側を上にした状態でわたしの目の前に置いた。

「暇してたら連絡チョーダイね!」

そう言い残して掌をヒラヒラとさせて店を出て行ってしまった。
な、なんなのあの人…!

連絡先の書かれたレシートを水滴の滴るグラスの下にでも敷いて文字を滲ませてやろうと手に取った。だが、それは凄まじい勢いで手から奪われ、『え?』と声をあげていると、勝己が右手でBoM!と爆破を起こしていた。

黒い塵と化したものが勝己の掌から落ちる。その燃えカスこそが今しがたわたしが手にしていた“元”レシートだろう。
勝己は無言のまま席から立ち上がった。トイレでも行くのだろうか?と思ったがそうではないようで、親指で今まで自分が座っていた場所を指しわたしに向かって口を開いた。

「…てめェ奥座れや。」
『なんで…』
「縦に馬鹿が並んだ方が見やすいんだよ…!モタモタしてねぇで早よ動けや…!!」

今にもブチ切れそうなのを抑えてる勝己を見て、わたしは周りの視線を気にしながら『わ、わかった…!落ち着いて!奥行くから…!』とそそくさと自分の前に広げていた教材を纏めて席を移った。
わたしと切島くんが向かい合って座り、勝己がわたしの隣に座り直した。

あ……もしかして壁になってくれてるのかな?

切島くんがホッとしたように笑うのが見えて、わたしが首を傾げると、彼は「いや、なんでもねぇよ?…さっ、勉強会再開だ!」と気合いを入れ直していた。

こうして、勝己のスパルタ勉強会は今度こそ再開した。

−−−−

「終わったー!!筆記はなんとかなりそうだぜ!ありがとな爆豪!!」

あれから約二時間、わたし達は試験対策に励み試験範囲一通り見終えた。勝己はグラスに入ったコーラを口に流し入れ、トンっと机に置くと、伸びをする切島くんに向かって口を開いた。

「ケッ…礼言うンは、赤点逃れてからにしろや。」
「ハハッ、それもそうか!…咲良もありがとな!英語分かりやすかったぜ!」
『ううん、お役に立てて良かった。』

わたしは数学の理解力だけは壊滅的で勝己に言葉通り教え殺されたが、それ以外の教科では勝己と共に先生役に回る事が出来た。

「おっし!あとは帰って英単語なんかの叩き込みだな!!」
『だね…!わたしは帰ったらもう一回数学の復習しとかなきゃ。』
「終わったンならくっちゃべってねぇで、さっさとここ片せや。」

勝己の言う通り、わたし達はテーブルに広げていた教材を各々片付けてファミレスを出た。

「じゃ、また月曜日なー!テスト頑張ろうぜ!」

駅で切島くんとサヨナラをして、わたしと勝己は切島くんとは別のホームへと降りた。
今日は勝己に教えてもらうから…という事で折寺に来ていた。…つまり勝己は電車に乗る必要なんかない。それなのに何も言わずわたしの乗る電車に一緒に乗ってくれて家まで送ってくれるんだから優しいなと思う。
…何も言わないし、口悪いから分かりづらいけど…。

電車に10分ほど揺られ、少し歩くとわたしの住むアパートに着く。会話はほとんどなかったけど、勝己と居る時間は心地良くて好きだ。
家の前で『送ってくれてありがとう。』と言うと、勝己はゆっくり口を開いた。

「送るだけで帰ってやる気はねぇがな。」

そう言うと、彼は電車からずっと握ってくれていた手を強く引いて部屋の扉の前に立った。「開けろ。」と命令する勝己にわたしは思わず顔を熱らせてしまう。だってそれはつまり、勝己の言葉の意味って…。

「補講したるっつっとンだわ…!!てめェは計算ミスが多いんだよ!!ミスが無くなるまで“帰れ”は聞かねェぞゴラァ…!!」
『え、あ…そっち…。』
「あ?他に何があんだよ。」
『ない!何もない…!!開けマス!』

真っ赤になった顔を見られぬように、彼の体を押し退けて部屋の扉の前に立った。

あーもう変な事考えてた自分が恥ずかしい…。

そう思いながら鍵穴に鍵を差し込んでいると勝己はわたしの背中にピタリと体をくっつけて来て言葉を上から降らせた。

「てめェが想像してやがる事はそのあとだ。」

…爆豪勝己はわたしよりもずっとウワテだった。

前へ 次へ

- ナノ -