備えろ期末テスト

菜乃 side

『あの……なに、か…。』

翌朝、教室に足を踏み入れた瞬間にクラス内全員の視線は自分へと集まった。『おはよう。』なんて呑気に朝の挨拶を交わせる雰囲気ではなさそうだ。

わたしは本日もまた“学校に来るんじゃなかった”と昨日と同じ事を思った。…勿論昨日とはまた違った意味で。
一先ず女子数名が顔をニヤつかせてこちらにジリジリと迫って来ているこの状況から逃げようと後ろへ一歩下がれば、トンっと何かにぶつかった後腕を強く掴まれた。

「あ゛?なに入り口で固っとンだ。さっさと入れや。」

上から降ってくる低い声で、昨日のコトを思い出して体は掴まれた腕から熱を広げてしまうようだった。背後にいる人物の顔なんて見る事が出来ず、わたしは顔を俯かせた。

「お二人さーん?朝から教室でイチャつくのやめてもらえません??」

今の声は上鳴くんのものだ。
彼は表情をニヤつかせてそう声をかけてきていた。その声で勝己はパッとわたしの腕を離し、無言で自分の席へと向かった。勝己が身から離れると、わたしには三奈ちゃんと透ちゃんが凄まじい勢いで駆け寄って来るし、勝己は自分の席で上鳴くんや瀬呂くんにイジられていた。…と言っても、二人のからかいに勝己はほぼ「死ねカス!!」と暴言を吐きまくって恋愛トークに関しては黙秘を貫いていた。

わたしはと言えば、三奈ちゃんと透ちゃんから「いつから付き合ってたか」なんかの質問にはなんなく答えたが、「キスはしたか」なんて質問には黙秘権を行使した。

「爆豪お前、まさか送り狼になっちまったんじゃ…」
「送り狼って…爆豪まさかオメェ…!///」

上鳴くんと切島くんが勝己にそう言ったのが聞こえて、わたしの耳まで赤くなってしまう。
い、言わないよね…?
速くうるさくドクドクと鳴る鼓動の音に邪魔されながらも、自分の席に座る勝己の姿を視界に入れその言葉への答えに耳を澄ませた。ジッ、と睨みつけるような視線を彼の背中に送りつけていると、なんと彼はこちらに体を振り向かせてくるから、その赤い瞳と視線がぶつかる。そして驚いたことに彼はニッと意地悪く口の端を上げて見せて来た。

「…だったらどうだってんだよ。」

勝己が上鳴くんにそう返すのが聞こえて、耳まで赤くなってしまうし、ついでに昨日キスマークを付けられた首筋が嫌に気になった。
なんとかコンシーラーで隠しては来たけど…、ちゃんと隠せているのだろうか…?
キスマーク…
彼がわたしに付けたソレは、服を着る際に吸い付いてきたあの一つだけだと思っていた。だがそうな事はなかった。…昨晩、お風呂に入る為に服を脱いで脱衣所の鏡に写った自分の姿を見て驚愕した。首筋に一つだけではなく、首筋に数箇所、その他にも鎖骨付近や胸、肩や腕…と身体の至る所に内出血の痕がくっきりとつけられていたのだ。いつ付けられたのか思い出そうにも、全身に這わされる指や舌が気持ち良かった事と、アソコが勝己のでいっぱいだった事しか思い出せなかった。わたしの体は、まだ湯船に浸かってもいないのに上気せてしまいそうになっていた。

そんな事を思い出しているとまたしても体温は上がっていくようで、こんな顔を誰にも見られまいと両手で覆って俯かせた。

「三奈ちゃんも透ちゃんも、少し落ち着いて。菜乃ちゃんが困ってるわ。」

わたしが二人からの質問攻めに困っていると思ったのか、梅雨ちゃんはそう助け舟を出してくれた。困っているには困っている。今、このクラス内の状況全てに。

「今は菜乃ちゃんと爆豪ちゃんの事より、期末試験の事を考える方が良いんじゃないかしら?」

梅雨ちゃんのその言葉にクラス内の一部の人間が凍りついた。上鳴くんもそのうちの一人だった。会話は自然と期末試験の内容へと変わっていき、わたしはホッと胸を撫で下ろした。
な、ナイス梅雨ちゃん…!
梅雨ちゃんの制服の裾を軽く引っ張り『ありがとう。』とお礼を言うと「ケロッ」とウインクをしてくれた。そして内緒話をするようにわたしの耳に顔を近づけ、その口元を隠すように手のひらで覆った。

「三奈ちゃん達もだけど、爆豪ちゃんにも気をつけないとね。…きっと菜乃ちゃんに男の子寄せ付けたくないから昨日の帰りあんな事したんだわ。」
『つ、梅雨ちゃん……!』

梅雨ちゃんの人間観察力、侮るべからず…。

−−−−

『飯田くん、ごめんなさい。』

飯田くんが教室に来てから、わたしは飯田くんを人気のない場所へと呼び出し、そう謝罪をして頭を下げた。飯田くんはそれはもうかなり慌てた様子で「咲良くん!?、頭を上げたまえ…!」と言った。

彼に謝罪をしている理由は、飯田くんのお兄さんの事だ。
謝る相手が違うことも、わたしが謝ったところでどうにもならない事も充分分かってる。だけど、昨日の朝、飯田くんの前で兄の事を擁護するような事を言ってしまったから、それを謝りたかったのだ。
…『兄の考えは間違っていない』とハッキリと。それは飯田くんのお兄さんを否定するようにも取れてしまう。だがそんな気は一切なかった。それに関しては行き過ぎた行為だと思ってる。ただ、昨日はあの男子生徒があまりにも好き勝手に心無い事を言うものだからつい自分に制御が効かなくなってしまったのだ。

たとえあの言葉が本心であっても、彼の前で言うべき言葉ではなかった。

『飯田くんの前で、自分の兄を庇うみたいな言い方をした事…本当にごめん。貴方のお兄さんを非難したかったワケじゃなくて…その…、』
「…その事なら気にしないでくれ。というより、俺の方こそキミに申し訳ない事をしたと思ってるんだ。」
『飯田くんが?何かしたかな?』
「…キミの兄を捕えた。…あまつさえ、仕留めようとした。咲良くんが俺にした事よりもずっと酷い。」

今度は飯田くんがわたしに頭を下げた。彼は頭を上げると、わたしを視界に入れて更に言葉を続けた。

「それなのにキミは…」

飯田くんはそこで言葉を詰まらせた。
わたしは何も言わず彼の言葉を待った。

「他科の生徒が押しかけて来た昨日、キミはお兄さんを大切な人と言い、俺を友と言った。…キミを強いなと思ったし、友と言ってくれるのが俺は嬉しかった。」
『わたしは、強くなんかないよ。勝己が来てなかったらわたしは言い負けてたと思うし…。』
「昨日の口論に勝ち負けがあったかは分からないが、俺はキミを凄い人だと思ったんだ。」

飯田くんは優しく笑ってくれた。そして「あの事は、お互い様という事で謝るのは無しにしないか?」と少しだけ言いにくそうに言ってくれた。
彼の優しい提案にわたしも笑って頷いた。

−−−−

昼休み_
教室内は来週からの期末テストの内容で盛り上がって(?)いた。…クラス内がこんな状況にあるのは、相澤先生が授業終わりに「お前らちゃんと勉強してるだろうな、テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておけ。」と言い残して教室を去って行ったからだ。

筆記試験に焦る者、なんとなく余裕そうな面々、演習試験に自信がない者と様々だ。わたしはというと、どちらかというと焦る者の部類に入っていた。ある程度の教科は人並みに理解出来ていると思う。だが、数学だけは人並み以下の理解力だった。

今日から逃げずに試験対策しなければ、と思いながら教材を机の中に収めて席から立った。数人が百ちゃんの前に並び、今週末勉強会をする約束をしているのが耳に入った。わたしも混ぜてもらおうかな…なんて考えながら、勝己の席に近づけば、なんと勝己もまた切島くんに試験対策をすると言っているのが聞こえ、わたしは二人のすぐそばで足を止めた。

『わたしも良いかな?』

わたしの言葉に切島くんが「お、咲良も?」とニカッと笑った。だが、彼は勝己の方をチラリと見たあと、少しだけ頬を赤らめて口を開いた。

「…っと、逆に俺が居ねぇ方がいいよな…?」
『どうして?…勝己、わたしもついでにいいかな?』
「あ…いや咲良…?俺が居ると邪魔だろ…。」
『邪魔…?』
「ダァーーーーッ!!るせェ!!二人まとめて教え殺したらァッ…!」
『わぁ、ありがとう。…切島くんホラ、勝己もこう言ってるし…ね?』
「…お、おう。」

切島くんの反応が少々気にはなったが、今週末は勝己のスパルタテスト対策が行われる事となった。

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