優しく揺れる瞳に恋焦がれる

爆豪 side

朝、学校に着いて教室に向かってりゃあガヤガヤと騒がしい声が廊下に響いていた。朝からるせぇな、くらいにしか思っちゃいなかったが、教室に近づくにつれ、言い争いをしている人物の後ろ姿が鮮明になっていき、教室へと向かう足を速めた。
修羅場へと向かうさなかで聞こえた内容からして、この間まで世間を騒がせてやがったヒーロー殺しの事でモブと菜乃が揉めているだった。何故か近くに半分野郎までいやがるのが気に入らねぇ…。

『わたしがヒーロー科にいる事が気に入らないんでしょう?…それならわたしがここから出…ングッ…!!』

とんでもない事を言い出しそうな菜乃の唇を、背後から腕を伸ばして俺の掌で塞いだ。そしてモブ男に俺が喧嘩を売れば、今度は菜乃が俺を止め始めた。
こんな騒ぎになってる理由はハッキリとは分からねぇ。…だが、心底腹が立った。菜乃の事を何も知らねぇモブが、こんな有象無象を引き連れてコイツ一人を責め立てている事が。ここに来るまでに“ヒーロー殺しの妹”という単語が耳に入った。おそらくだが、それが菜乃の事なんだろう。ガキの頃、たまにだが“兄貴”という存在が会話の中に出てきていたのを今になって思い出した。ニュースではヒーロー殺しはエンデヴァーが捕らえたと言ってやがった。だがそこに雄英高校ヒーロー科の生徒もいたと報じていた。菜乃もそこに居た一人だったんだろう。

目の前のモブを睨みつけた後、菜乃の腕を引いて屋上へと連れて行った。そこで俺に『背を貸せ』と言う菜乃にブレザーを被せ、体を強引に引き寄せて強く抱きしめた。

菜乃は俺の腕の中で、肩を震わせて泣いていた。
あぁやっぱりコイツは昔のまんまだ。どんだけ個性を上手く使えて身体能力が上がってようが、守ってやりたいと思っちまう。

なんで一人で抱え込もうとすんだよ。苦しいことも辛ェことも、一緒に背負わせろや…。

グスッと鼻を啜るのを耳にして、菜乃を抱きしめる腕の力を強めた。

すると、菜乃は『あのさ、聞いてくれる?』と声を震わせながら話を始めた。「なんだよ、」と問いかければ、菜乃はゆっくりと話を始めた。

自分がヒーロー殺しの妹だと言う事、兄貴とは母親が違うこと、何年かぶりにその姿を見たのが職場体験中だったこと…そして、その兄貴と交戦したこと。

言葉を詰まらせながらも伝えようとするのを、俺は何も言わず最後まで聞いた。全てを話し終えると菜乃は俺の胸の辺りの服を強く掴んで絞り出すように声を発した。

『お兄ちゃんは、理想が高すぎたの。本物の悪人じゃない…。』
「…あぁ。」
『わたしは、ただお兄ちゃんを止めたかっただけなのに…。』
「わーっとる…。」
『わたしは…っ!』

そこまで言って言葉を詰まらせた菜乃の後頭部に手を回して、これ以上何も言うなと言うように俺の胸へと押し付けた。菜乃の体の震えを止めるように強く抱きしめて「大丈夫だ。今無理に吐きださねぇでも、ゆっくり聞いてやっから。」と上から言葉を降らせた。

そこでタイミング悪く予鈴が鳴り始めるのが聞こえた。
その音を耳にしてか、菜乃は俺の体をゆっくりと押し返して下を向いたまま涙を拭いながら『教室、戻らなきゃ…。』と言った。

俺は下を向いたままでいる菜乃の頬に右手を添え上を向かせた。右目の目尻に溜まった涙の雫がその瞳から零れ落ちそうになるのを見て、その涙をせき止めるように唇を落とした。

しょっぺぇな…。

菜乃の涙がついた自分の唇を舐めてそんな事を思った。
俺の行動に驚いたのか、菜乃は大きく目を見開いて一歩後ろへと下がった。俺が触れていた頬の部分をを赤く染め上げて。

コイツの頭に被せてやっていた俺のブレザーは、パサリと音を立てて地面に落ちる。
それを慌てて拾い上げて軽く叩いた後、優しく揺れる栗色の瞳に俺を収めふわりと笑った。こんな状況だってのに菜乃のそのツラに、俺の心臓はドクリと大きく音を立てやがる。

『ありがとう。』と笑いかける菜乃になるべくいつも通りを装って「ケッ…」と声を漏らした。

「泣きてェンか、笑いてェンかどっちかにしろや。」

それだけ言って目の前に立つ女の手からブレザーを奪い取って屋上を後にした。

−−−−

「あの、勝己?…い、いつまでこうしてるつもり…デスカ…。」

全ての授業が終わった放課後、菜乃を家まで送ってそのまま部屋に上がり込んでいた。この女が吃りながらこう言うのは、俺がこの部屋に着いてからというものずっと、座り込んでいる菜乃の背後から腕を回してその体を抱きしめているからだ。栗色の肩よりも長い髪の毛を掻き分け、露わになった首筋に顔を埋めて心地の良い匂いを吸い込んだ。

いつまでするかだと?ンなもん、俺の気が済むまでに決まってンだろ。

…たくっ、朝は色々あったが、後から考えてみりゃなんで半分野郎がコイツの事庇ってンだ…!しかも教室内では半分野郎が「菜乃」とコイツを名前で呼び捨てにしてンのも聞こえた。一体何がどうなってそうなんだよ…!!考えられるのは職場体験だ。昼に問いただそうとすりゃ、麗日にメシを誘われたとか抜かしやがっていつもの木の下には来やがらねぇし…!麗日とメシを食うっつうことは、クソデクとも一緒だった可能性が高ェ…。あークソッ、俺が馬鹿な時間過ごしてる間に半分野郎もデクの野郎も…!デクに関しては今日の演習授業で見せられた変貌ぶりに対しての苛立ちが大きかった。

菜乃に至ってはそれだけじゃねぇ…!午後からの演習の後、更衣室の覗き穴を見つけたチビモギの奴が菜乃の事を「咲良の色白おっぱい…!」と鼻息を荒くさせてやがったのにもムカついた。他にもなんかいろいろ言ってやがったが、よく聞いてねぇ。コイツの事を言ってる部分だけはやたらと鮮明に耳に届いちまった。

クソ…ッ、なんっでこうもコイツには俺が気に入らねぇ野郎ばっか寄ンだよ…!
思い出すだけで再び苛立ちが湧いてきやがるってのに、腕の中にいるこの女はそんなの考えもしねぇのか、何も答えない俺に更に言葉を投げかけてくる。

『それに、教室の中で手を繋がなくたって…。』

この言葉が出る理由は、教室で帰り支度を済ませて半分野郎とペチャクチャと話こいてる菜乃の手を俺が掴んで教室を出たからだ。

アホ面が「んえーっ!爆豪と咲良、まじ??」と声を大にして言った事によってクラスの奴らの注目が俺と菜乃に集まった。「青春やぁ…」と言う麗日は俺とコイツに向けて親指を立ててやがるのが見えた。

「嫌なんかよ…。」

ボソッと低くそう呟けば、菜乃は『そうじゃないけど…、』と言って更に言葉を続けた。

『お昼にお茶子ちゃんから勝己との関係を問い詰められた後だったし、透ちゃんなんて、通り過ぎ様に「明日詳しく聞かせてね!」って言ってくるし…。明日は学校に行くのが恥ずかしいなって…。』
「隠す必要もねぇだろ。」
『……わたしには勝己みたいに平然と受け答え出来る程の余裕なんてないの…!』

余裕か…。そんなモンがありゃ、こんな事してねぇわボケ…。あんな見せつけるみてぇなことすっかよ。ただ、この女が俺のモンだと知らしめたかった。特に半分野郎には見せつけておきたかった。コイツが誰のモンなのかってのを。

菜乃の肩の辺りに頭を置いて「俺だって、ねぇわ…。」と呟いた。そして自分よりも小さな体を強く抱きしめた。

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