キオクのカケラ

轟 side

警察とヒーローからの話があった後、緑谷は「電話をしてくる」と言って部屋を出て行った。飯田もまた、検査結果を聞きに行くと言って病室を出て俺は一人、部屋に残された。

咲良の所、行ってみるか。
ナースステーションで聞いた咲良の病室へと向かうと、ちょうどその部屋から警察署長が出て来た。目が合い、軽く頭を下げると「彼女の所へ?」と声をかけられた。俺がそうです、と返事をするとその人は「その前に私と少し話をしよう。」と言って、俺は談話室へ連れられた。

缶ジュースを渡され、お礼を言ってそれを受け取ると、警察署長が静かに話し始める。

「彼女のお兄さんについては、聞いたかな?」

なんとなくそんな話だとは思っていた。想像通りの話題に特に驚きもせず「はい、」と答えると、その人は「一つ、頼みがあってね。」と話を続けた。

「これを知ってるのはごく僅かの人間だワン。だが、どこでマスコミが情報を仕入れてくるかわからない。」
「…っ、」
「そうなれば、彼女は世間から怒りの矛先を向けられる的となるだろうし、ヴィランにだって狙われる可能性もあるだろう。。」
「そんな!…アイツは何も!!」
「そうだ、悪くないワン。...だけど、あの男にヒーロー生命を絶たれた人々は、あの男の妹である、肉親である彼女を責めずにはいられんだろう。」

咲良は咲良だと俺が思った所で、血の関係は切れやしない。
“ヒーロー殺しの妹”…あまりにも残酷な、“現実”だ。それがアイツの肩書きだなんて、そんなのあんまりだ。どうにもできなくて、悔しくて堪らず「クソッ…!」と言葉を吐いちまう。ギリッと音が鳴りそうなほどに奥歯を食いしばった。そんな俺の頭に警察署長は手を置いた。

「だから、もしもの時は支えてあげて欲しいんだワン。同じヒーローを目指す仲間として。…もちろん、我々大人も全力で若きヒーローの芽を守るつもりでいるがね。」

そう言った。
そんなの、当たり前だ。

昨日あの涙を見た時から、背中から伝ってくる震えを感じ取ってから、無視できない存在になっちまっていた。
俺が首を縦に振ると、警察署長は立ち上がって「良かったよ。…時間をとって悪かったワン。」と満足気に言って、談話室から出て行った。

俺は足早に咲良の病室へと向かった。
ノックをしてドアを開けると、彼女は俺を見て安心したような笑顔を向けた。…なんというか、いつも通りだった。ニコリと笑うその表情の裏では涙を流しているんじゃないかと思うと、その笑顔が悲しく思えた。

『轟くん、怪我は大丈夫なの?』

咲良の声が震えていないことに少しだけ安心感を覚える。…最後に聞いたコイツの声は震えていたから…。

「俺は大したことない。咲良こそもう大丈夫か?」
『うん。寝たらだいぶ回復したよ。』
「そうか、それなら良かった。」

それからは、あの交戦の時に傷を癒した不思議な感覚の話について聞いてみたが、咲良はそんなもの感じてないと言った。そして『もしかしたら誰か近くに居たのかな?遠隔で回復できるような人が…』と緑谷と同じ推測を話し始めた。

そういえば、緑谷とは幼馴染とか言っていたか…?咲良自身には記憶が無いような事も聞いたような気がする。緑谷が咲良の事を「菜乃ちゃん」と呼んでいたを思い出した。…俺もそう呼べば、コイツと仲良くなれるだろうか…。今まで仲良しごっこをしに来た訳じゃないと、親父への反抗心もありでエンデヴァーよりも強くなる事だけを考えて来た。だからこそ、俺は友達の作り方を知らない。目の前で緑谷ばりに独り言のようにブツブツと考察をし出す咲良に向かって名前を呼んでみた。

「菜乃…。」

俺がそう呼ぶと、彼女は唇の動きをピタリと止め、驚いたような顔で俺を見た。

『え、今菜乃って…。』
「そう呼んでもいいか?お前と友達になりたいんだ。俺のことも焦凍でいい。」

そう言うと、彼女はふふ、と優しく笑った。そして『もう友達だと思ってたのわたしだけ?』と首を傾げた。

「すまねぇ…。」
『あ、いや本気で謝られるとなんか寂しいんだけど…。今まで友達と思って接してたわたしが可哀想になる…。』

そんななんでも無い会話をして、俺は菜乃の病室を後にした。


普通、だったな。
無理して笑ってたんじゃないか、今部屋に戻ったらアイツは泣いてるんじゃないか…。そんな事を考えて、閉ざした扉を開けようと手をかけた。だが、アイツが俺の背中で必死に隠した涙を見るなんて事が出来る筈もなく、扉に触れた手をそっと降ろした。

−−−−

菜乃 side

『……』

轟くん改め、焦凍くんが部屋から出て行ってからというもの、何をするでもなく、ベッドの上でボーッとしていた。とにかく何も考えないように努めていた。そして時刻が正午を過ぎた今、わたしは少し困った状況にある。

ベッドの横のパイプ椅子にはNo.2ヒーロー:エンデヴァーが座っているのだから当然だ。彼はこの部屋に入って来て「少しいいか、」と言って椅子に腰掛け、腕組みをしている。そ 彼の目に穴が開くほど見られると、少しだけ威圧的なものを感じてしまう。

なんなんだ、この状況は…。というか今朝の話からして、この人は今記者会見なんかで忙しいのでは?
そう思うも、この圧迫した空気の中で思った事を口に出せる筈もなくわたしは口を慎んだ。

『あの…なんでしょうか…。』

わたしがそう尋ねると、彼は静かに口を開いた。

「…礼を、言って無かったと思ってな。」
『礼?…ヒーロー殺しを捕らえる事ができたのは、息子さんやクラスメイトの二人が強かったからですよ。わたしなんて…。』

わたしがそう返答をすると、彼は「その事ではない。」とピシャリと返して来た。わたしは少し考えてみたが、その事以外にNo.2ヒーローのエンデヴァーに感謝される理由が見つからず、首を傾げた。

「七年前の事だ。」

エンデヴァーは視線を落としながら、確かにそう口にした。そしてこうも続けた。

「七年前のあの事件の日、お前は俺が受けていた傷を癒した。おかげで戦闘に戻れたからな。…父親を助けてやれなかった事はすまなかった。」

七年前…?あの事件…?父親…?
何を言っているのかさっぱりわからない。それだけキーワードを出されても何も思い当たる記憶が無いのだ。そもそも、わたしはエンデヴァーを間近に見たのは体育祭の日と今日くらいだ。あとはテレビの中でしか見た事がない。
何が何だか分かっていないわたしを見兼ねてか、エンデヴァーは更に言葉を続けた。

「…覚えてないのならいい。俺としては、あの時の少女が焦凍のクラスメイトだった事に運命的なものを感じたから礼をと思っただけだ。ただの自己満足だ。忘れてくれていい。」
『…あの、七年前って何がありましたか?』
「………」

エンデヴァーの口にしたキーワードを何度頭の中で唱えても、記憶が何一つ手繰り寄せられない。
知りたいという気持ちの反面、思い出す事を拒むようにわたしの身体や声は震えていた。エンデヴァーはわたしの様子を見て何かを察したのか、「…いや、俺の勘違いだったようだ。何もない。」と静かに言って病室を出て行ってしまった。

一体どうしてわたしは、こんなに怯えているんだろう。
得体の知れない恐怖に震える自分の身体を強く抱きしめた。自分自身に『大丈夫、大丈夫…。』と何度も言い聞かせて…。

わたしはこの時初めて、眠っている記憶を呼び覚ます事が怖く感じた。

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