その男、ヒーロー殺しA

轟 side

背中から咲良が声を殺して泣いているのが伝ってくる。
…辛くない筈がねぇよな。
咲良とヒーロー殺しの会話からして、久しぶりに会ったようだったし、咲良はヒーロー殺し=兄ではないと信じていたと言っていたし。なによりも、戦いの合間に一瞬だけ見えた咲良の目から流れた涙がこの戦いの苦痛や悲しみを語っていた。


遠くから人の声がして、視線をやればヒーローが数名やってきた。聞けばエンデヴァーの指示でここまで来たと言う。
ヒーローの一人が「背中の子は大丈夫?」と聞いてくると、咲良は俺の首に回していた腕に力を込めた。

泣いてる姿も、“ヒーロー殺しの妹”である自分も、誰にも見られたくなかったんだろう。背中から何も声がしないのを見兼ねて、咲良の代わりに俺が「気を失っているだけです。」と答えた。

ヒーロー達に事情を説明していると、後方から飛行型のヴィランが現れて緑谷をさらって行ってしまう。

「な!!」
「緑谷くん!!」

叫んだ時には、俺が縄を引いていた筈のヒーロー殺しが縄を切り、怪物の手から緑谷を奪い返していた。
まさかのヒーロー殺しが緑谷を助けていたのだ。

「俺を殺していいのは、本物のヒーロー…オールマイトだけだァッ!」

そう叫ぶヒーロー殺しの悍ましさに、誰も血なんか舐められてないのに誰一人として身動きが取れなかった。

−−−−

その日の夜、俺達4人は病院に泊まることになった。緑谷、飯田、俺の3人は一緒の部屋だったが、咲良は著しく体力を消耗していて自力で立てない程だった為、別室で安静にとのことだった。

精神的に来てるのもあるのかもしれねぇが...
別室に運ばれている咲良を見て、緑谷は静かに口を開いた。

「…菜乃ちゃん、大丈夫かな??」
「…どうだろうな。体は回復しても、心の方が時間かかりそうだよな。」
「…そう、だね。」

俺も緑谷も敢えて咲良とヒーロー殺しの関係については触れない。
戦いが終わった今でも、本当にそうなのか?と疑いたくなるほどだ。

一体どんな気持ちで実の兄と交戦したんだろうか。どんな気持ちで、俺達に手を貸したんだろうか。
戦いながら涙を流してたアイツの顔がちっとも頭から離れなかった。


「…2人とも。」

そう徐ろに口を開いた飯田に俺と緑谷は視線を向けた。

「咲良くんもそうだが、二人にも本当に迷惑をかけた。俺の心が弱かった故にこんな事件に巻き込んでしまって、本当にすまない…。」
「飯田くん…。」
「飯田…。」
「あと、一つ気になったことがあってな。…凝血の個性が解けて、体が動くようになったとき、傷が治って体の中から力が湧いてくる感覚があったんだ。二人にもあったか??」
「えっ、飯田くんも??実は僕もなんだ。急に体が軽くなったんだ!たしかに今考えたら不思議だ。」
「俺も気づいたら傷が治ってたな…。」

言われてみれば、確かに交戦が終わった時には全てではないが、傷が塞がっている箇所があった。腕の傷に視線をやり、緑谷に視線を移すと、指を口元に置いて何か考える素振りをしていた。そして、小さな声で言葉を発した。

「あの場に遠隔で回復をできる誰かがいた??」

その言葉に俺も飯田も顔を見合わせた。そして飯田は緑谷に「…そう考えるのが妥当か?」と言った。緑谷も頷いたのを見て、俺が「明日咲良にも同じ事があったか聞いてみるか。」と言うと二人は頷いた。あの不思議な感覚の出所は解決してねぇが、とりあえず今日は寝よう。

明日になれば、咲良は笑っているんだろうか…。

そんなことを考えながら目を閉じた。

−−−−

菜乃 side

あれから救急隊員の人達が来て、わたし達は病院に連れて行かれた。歩けると思って立ち上がったが、その瞬間に膝から崩れ落ちてしまってすぐに車椅子に座らされた。

やっぱり回復の個性使いすぎた。
無我夢中で自分に残ってるエネルギー全てを三人に渡す勢いで流し込んで、後のこと何にも考えてなかった。

わたしの回復の方の個性は犠牲がつきものだ。
植物からエネルギーを吸い取ってそれを誰かに与えて回復をさせる方法と、わたし自身の体から植物を伝って誰かに与える方法の二つがある。

前者の方は私には害がないけど、回復できるスピードが遅いし、今日みたいな路地裏では植物自体が少ないから、回復量はそこそこだっただろう。
後者の方が回復のスピードが早いし、膨大なエネルギーを与えれる。ただし回復量は考えないと今見たくわたしの身体が持たない。

緑谷くん達ほどの激戦をしていない筈なのに著しく体力を消耗しているのはその為だった。

負っていた筈の傷が癒えていた事を疑問に持たれたらどうしよう…と、今更ながら焦った。一人の病室で、なんと言って誤魔化そうかと考えるも頭はちっとも働かない。わたしの頭の中は、兄…いや、ヒーロー殺し:ステインの事でいっぱいだったのだ。

『眠らなきゃ…。』

横になって目を閉じるもなかなか寝付けず、この日わたしは長い夜を過ごした…。



あれからいつのまにか眠っていたようで、目を開けた時には時計は午前10時過ぎを指していた。
ちょうど起きたところに、ノック音がしてドアが開く。入って来たのは病院の先生だ。

「咲良さん、おはよう。」
『おはようございます。』
「昨日の検査結果を伝えに来たよ。結論から言うと、体に異常は見られなかった。恐らく個性を一気に使いすぎたんだろうね。まだ、体が個性に慣れてないうちは、ちゃんと考えるんだよ?」
『はい、すみませんでした。」
「うん!よろしい!…その報告と、警察の方が来ててね、キミに話があるみたいだから、ここに呼んでもいいかい?」
『お願いします…。』

話はきっと、昨晩のヒーロー殺しのことだろうな、なんて思っていると、先生が出て行って、ほぼ入れ替わりで犬の顔をした人とアシュラさんが室内へと入って来た。

自己紹介を聞けば、犬の顔の人は警察署長らしい。
頭を下げ、ベッドから立ちあがろうとすると「そのままでいいワン」と言われた。

……語尾…ワン…。

警察の人はわたしを座らせたままに「キミのクラスメイト達にも話をして来たんだが…」と話を始めた。
言われたことを纏めるとこうだ。

ライセンスもなしに生徒が勝手に個性を使用する事は許されない。
今回の件をエンデヴァーの手柄とする事で、わたし達への処分を失くす。
捕まえてくれてありがとう。

ということだった。
今回の件でヒーローにもペナルティがあるようでアシュラさんに申し訳なくなった。
『すみませんでした…。』と謝るわたしを見て、アシュラさんは口を開いた。

「たしかに、あなたのしたことは規則に反するわ。...でも、そのおかげで助かった人がいるのよ?だから、次からは無茶をしないこと!わかった?」
『…、はい。』
「オーケイ。職場体験はあと2日あるけど、体がキツければ休むのよ?復帰できそうなら一日だけでもいいわ。」
『わかりました。ありがとうございます。』

アシュラさんはニコリと笑って手を振って出て行った。パタリ_と扉が閉まると、警察の人と二人きりになった。…さて、第二の本題はここからという事だろうか…。

「ところで、君にもう一つ確認したいことがあるワン。」

思った通りだ。わたしが真っ直ぐ警察の人を見れば、彼は「ヒーロー殺し、ステイン...」とわたしの兄の二つ名を口にした。その名を聞くだけで心臓がドクンと脈打つのがわかる。わたしは胸の辺りを押さえて続きの言葉を待った。

「君のお兄さんというのは本当かい?」
『…そうです。』
「そうか…兄を自分の手で捕らえるというのは、さぞ辛かったろう。...君のお兄さんは「もう兄ではないので、いいんです。」…」

話を遮って発した自分の声は、震えていた。
実の兄と交戦したなんて、思い出したくもなかった。自分が兄を捕えたうちの一人だなんて…思い出すだけで嫌だった。正しいことをした、悪を捕えたと自分にどれ程言い聞かせても、肉親を捕らえたという事実は想像以上にキツい。

涙が出そうなのをグッと堪えて下を向けば、警察の人が近づいてきて、わたしの頭に手を置いて言葉をかけた。

「…悲しいことを言うんじゃないワン。君がどう思っても、血は変えられない。それに、お兄さんは君を大切に思ってたと思うよ?」

その言葉に顔を上げると、更に警察の人は話を続けた。

「彼のスマホ、家族と思える人物の連絡先なんてなかった。でも一つだけ保護とロックがかけられたメールがあってね。そのロックを解除したら、未登録アドレスから届いた写真付きのメールだったんだワン。…雄英の制服を着たキミの写真。」
『…わたしが、送ったやつ。』

それは、わたしが雄英の転入初日に送ったメールだ。返信なんてなかったけど、ちゃんと見てくれてたんだ。

「…君やお母様がマスコミから叩かれたりしないように、行方もくらましてたんじゃないかと思うんだ。」
『…』
「だから、兄じゃないなんて悲しいこと言わないでやって欲しいワン。」
『…っ、』

堪えていた筈の涙は気づいたら頬を伝っていた。
…本当に勝手な人だ。…わたしのお兄ちゃんは。

「お兄さんが守って来たのを無駄にしないように、私達大人もキミを守ろう。キミとステインの関係は、マスコミに流れないよう極秘情報として扱っていくよ。まぁ幸いにも、お兄さんの戸籍届けの苗字がキミと違っていたし、個性も違うから怪しまれないと思うがね。」

“赤黒”…兄は個性の事もありで、父が死んでからは産みの母親の姓を名乗ってると言ってた。
わたしはずっと“咲良”だったけどね、とお母さんが言ってたっけ…。

「それじゃ、私はこれで失礼するワン。」

そう言って、警察の人は病室から出て行った。
状況は何も変わらない筈なのに、何故だか少しだけ気持ちはスッキリとしていた。

…ヒーロー殺し:ステインの件はこれにて一件落着した。
_そう思っていた。

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