その男、ヒーロー殺し@

菜乃 side

職場体験に来て三日が経った。
わたしは昨日勝己くんに離した通り、ヒーロー:アシュラという人物の元でヒーローの活動を学んでいた。アシュラさんの事務所は病院とヒーロー事務所の両方を担うところで、本人も医師免許とヒーロー免許の二つを保有している凄い人だ。

彼女の身体にはその名の通り、阿修羅像のように腕が6つ生えている。彼女はその6つの腕で手早く負傷者の治療をし、助手が居なくともオペを成功させるから凄いのだ。

この三日間は、特に大きな事件もなくアシュラさんはわたしに付きっきりで院内を案内してくれたり、パトロールに連れ出した。彼女は、パトロールに出る前に「ターゲットになっている地域だから、危険は覚悟してね。」とわたしに忠告した。

…ターゲット。
誰から、なんて聞かなくたってわかる。

街を歩きながら【保須市】という看板を目にすれば、数日前の痛々しいニュースが思い出される。ヒーロー:インゲニウムがヒーロー殺しに襲われた地域だ。
あれ以来、他の地域に現れたという最新ニュースは入ってないから、きっとまだこの地域に潜伏している可能性が高いのだろう。

わたしは、【ヒーロー殺し】という名を思い出して、拳を強く握った。


−−−−

RRR_

事務所に戻ると、一人の怪我人が来ていた。その怪我人の手当ての補助をしていると、一本の電話が鳴った。その電話をとったアシュラさんは、穏やかな表情から一変して目付きを鋭くさせた。

そして電話機を置いた彼女はその場にいた者全員に指示を出した。

「みんな、現場応援よ!ヴィラン複数!怪我人も続出!治療担当はいつ患者が来てもいいよう準備!!応援に行ける人は今すぐ行って。…グランロール、貴女は私と一緒に現場応援に来て。」

彼女の端的な指示に事務所内には一気に緊迫した空気へと変わった。

急いで事務所を出ていくアシュラさんに付いて、わたしも外へと出た。

外は色んなところで火事が起こっていた。逃げ惑う人々を見て、自分に何が出来るんだろう…と必死に考えていた。ヴィラン退治、避難誘導、救助……わたしに出来ること、すべき事は…?

走りながら考えを巡らせているわたしに、前を走るアシュラさんは振り向いて言葉をかけた。

「貴女、大地の声が聞こえるのよね?それなら、もし崩れた建物の下に人が埋もれているようなら探れるかなと思ったの。どう?できそう?」
『やってみます…!』

わたしに出来る事をしなきゃ。やれる精一杯のことを。

わたしはアシュラさんに言われた通り、崩れた建物の下の大地に語りかけ、人の存在を確かめた。わたしが逃げ遅れて建物の下敷きになった人を探し出して、周りにいたヒーロー達と助け出す。そしてアシュラさんが応急処置を行う…そんな連携をとった。

三人目の負傷者を瓦礫の下から助けたところで、ここまで走って逃げてきた人たちの話し声を耳にした。

「おい、さっきの怪物バカみたいにつえぇ!ヒーローが来てくれて助かったぜ。」

「あぁ、気味が悪すぎる…、脳味噌丸見えだったよな…!」

嫌な予感がした。
脳味噌って…もしかして、USJの時のアイツ?

そのとき、ポケットに入れていたスマホが震えた。
開いてみると、メッセージアプリに緑谷くんから位置情報のみのメッセージが届いていた。

ここに、何かある?…同じ保須市内だ。

文章も打たずにこんなことをするなんて、何か意味があるんだ。文章を打つ余裕もない程に、危険な状態なのだろうか。

そう思うと、これ以上立ち止まっているなんて出来ず、負傷者の処置をしているアシュラさんに向かって声をかけながらも、既に足は位置情報の示す場所へと向かおうと走り出していた。

『アシュラさん、すみません。私もう少し向こうも見てきます!!』
「ちょっと…!?」

彼女が呼び止める声は聞こえていた。それでも走り出した自分の足を止めることが出来ず、持ち場を離れた。



だんだんと人気のない所に行っている気がする。こんな所に一体何があるというの?辺りを見渡しながら走っていると、少し先で凄まじい音と大きな氷が山を作るのが見えた。

緑谷くんが送ってきた場所もあの辺の筈だ。て事は、あの氷は轟くんのもの?

轟くんのと思われる氷を頼りにその場所へと向かい、辿り着いた路地をこっそりと覗いた。
視界に入ったのは、飯田くんとヒーローらしき大人、そして交戦している緑谷くんと轟くんの後ろ姿。…一体誰と。

その交戦中の相手を見た瞬間、わたしの心臓は大きくドクン_と音を立てた。


_神様は
   意地悪だ。こんな悲しい再会がある?


自分の目に映る、真っ赤なマフラーを首に巻いた人相の悪い男を視界に入れたくなくて、認めたくなくてそっと目を閉じた。

“次に目を開けた時には感情を殺せ。”

いつも大地に命令するよう、自分にそう命令した。
わたしはゆっくりと目を開けて、視界にその男を入れソイツに向かって個性を使った。道の脇から根を出して手足を縛り動きを封じた。そしてその男に詰め寄って胸ぐらを掴みかかった。

突然のわたしの登場に驚いたのか、緑谷くんと轟くんは二人同時に「菜乃ちゃん!?」「咲良…!?」と名前を呼んだ。

そんな二人の呼びかけには答えもせず、ヒーロー殺しに向かって口を開いた。

『ねぇ、こんな事ってある?』

ヒーロー殺しは何も言わずただわたしを睨みつけていた。わたしとヒーロー殺しが対峙していると、背後から緑谷くんの声が聞こえた。

「菜乃ちゃん、離れて!ソイツに血を舐められると動きを封じられる!」
『…血液凝固だったかな?舐められるとまずいね、血液型が一緒のB型だもん。かなりの時間動きが制限されちゃう。』
「なんで血液型が一緒だって…、」

自分でも驚く程、冷たい口調で喋ってしまっていた。緑谷くんに大してこんな言い方をしてしまうほど、目の前にいるこの男に怒りが湧いていた。轟くんからの問いかけにため息を一つ吐いて答えた。

『兄妹だよ。腹違いだけどね。』

わたしの言葉に背後にいる数名は言葉を失っている様子だった。わたしは目の前にいる男、いや半分の血を分けた兄妹を睨みつけてゆっくりと口を開いた。

『ニュースで話題になってたけど、お兄ちゃんじゃないって信じてた。』
「正き社会に戻すためだ。なにが間違ってる。」
『正き社会?お兄ちゃんの理想を押し付けるのもいい加減にして。これ以上わたしの友達を傷つけるなら、いくら兄でも容赦しない。』
「ふん、それはこっちのセリフだ。邪魔をするな!!」

仕込んでいたナイフでヒーロー殺しの手足を封じていた根が切られ、その拍子にわたしの腕も切り付けられる。そしてその直後に身体が動かなくなってしまった。血を舐められたようだ。

「菜乃ちゃん!!」

緑谷くんがわたしを呼ぶのは、動きが止まったとほぼ同時にわたしの身体が蹴り飛ばされてしまったからだ。後方に瞬時に大量の根を生やしてクッションにしたから背中に痛みはない。

「邪魔をするなら、いくら妹であれ容赦はせん。」
『わたしは守るだけよ。お兄ちゃんが殺したがっている人を絶対助けてみせる。』
「…お前になにができる!!!」

そう言うと、ヒーロー殺しは飯田くんの方へ飛びかかっていく。それを轟くんの氷が行く手を阻む。

…兄の説得はおそらく無理だ。
止めなきゃ、ここに居る人たちを助けなきゃ。



あれから緑谷くん、轟くんとヒーロー殺しの攻防は続いている。なんとか策を…と考えていると飯田くんがわたしに向かって叫んだ。

「咲良くん逃げろ!!俺のことなんて放っておいてくれ!!!」
『飯田くん』
「頼むから、放っておいてくれ!!」
『…飯田くんもお兄さんのことで怒ってるんでしょう?、ならわかるよね?わたしだって、自分の兄のことで腹が立ってるの。ここから逃げるなんて、出来ない。」
「咲良くん…!」

とは言ったものの…わたしは今はまともに動けなくて、一瞬でも隙を突かれて飯田くんたちを狙われたら終わりだ。個性はわたしの意志で発動できるけど、身動きが取れないんじゃ行動が制限されて扱いづらい。しかも根や草で縛り上げたところでまたちぎられるだけだ。あれだけ俊敏に動かれていては、花を咲かせて毒を流すなんてのは厳しいし…。

考えろ、助ける方法。
ん…?わたしがサポートすれば良いんじゃ…。ふとそんな考えが頭をよぎった。

「飯田くん。動けなくなって何分立った?あと血液型は何型?」
「?A型で、5分くらい経ったと思うが…。」

よし、それならいけるかも…。

『たぶんもうすぐ血液凝固の個性が解ける。そしたら一緒に戦って。』
「…咲良くん?しかし、俺のこの傷では足手まといでは!!」
『…大丈夫だから!』

あまり使いたくないけど、緑谷くんと飯田くん、轟くんの三人の傷が少しでも癒えれば…緑谷くんと飯田くんの二人がフル加速できるようになれば、勝てるかもしれない。緑谷くんもなんか凄いスピードになってるし…。うん、これだ。

対象の人物がが地面にさえついていれば養分は与えられる。

「なりてぇもんちゃんと見ろ!」

轟くんが飯田くんに叫んだ。
その後、飯田くんにかかっていた血液凝固の個性が解けた瞬間に一気に養分を流し込んで彼らの傷を癒した。

一気に三人の人間の傷を回復したからか疲労感でいっぱいで、そこで意識が遠のいてしまった。



「...ぃ!、...りしろ!...」

体が揺さぶられる。
なに、もう少し寝させて。

「咲良!!」

ハッキリと聞こえてきた轟くんの声でハッと覚醒する。

「目ェ覚めたか。」

その声で轟くんを視界にいれると、そのすぐ側には身体をロープで拘束されたヒーロー殺し:ステインの姿があった。…気を失っているのだろうか?全く抵抗していない姿を見てそう思った。轟くんは、わたしから視線を逸らして少し言いにくそうに言葉を発した。

「一応、武器は全部外して縛った。…これから警察に連れて行く。」
「…わたしの事なら気にしないで。悪い事した人間は裁きを受けない、と。』

分かっていても涙が出てきてしまった。
わたしのお兄ちゃんは、ほとんど家には居なかったけど、時々様子を見に帰ってきてくれていた。それも5年くらい前まででパタリと途絶えて、それからは消息不明となってしまった。
歳の離れたお兄ちゃんが家に帰ってくる度に、【オールマイト】というヒーローについて延々語り尽くされたのを覚えている。
楽しげに話してくれていたあの頃から変わり果ててしまった兄の姿をこれ以上見れずに、下を向いて涙を落とした。

「…背中乗れ。」
『轟くん、怪我してるでしょう?』
「いや、なんか分かんねぇけど治ってる。だから気にすんな。」

轟くんはそう言って、背を向けてわたしの前で腰を落としてくれた。精神的にも、肉体的疲労感の所為もあり、自分では歩ける気もせず轟くんの言葉に甘えさせてもらうことにした。

わたしは、彼の背中でずっと声を殺して涙を流した。

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