キミが見ているのは

菜乃 side

「これが菜乃ちゃんの誕生日の日ので、こっちが…。」
『へぇ…。緑谷くんと一緒の写真いっぱいあるね。』

昨日、緑谷くんと週末の約束をしたというのに、わたしは次の日の放課後に緑谷くんに幼い頃の写真を見せてもらっていた。自分から約束をしたのに申し訳なかったが、緑谷くんには『週末難しくなっちゃったから、私との写真2.3枚だけでも持ってきてもらえると…』と自分勝手にもお願いをした。彼は快く「うん!」と聞き入れてくれ、早速翌日である今日、数枚の写真を持ってきてくれていた。
勝己にあんな風に止められたからこんな事になったワケではなくて、まぁお家にお邪魔するとなると、迷惑かもしれないし…。勝己の言う通りにしたワケじゃない。断じて違う。

クラスメイト達が下校し、二人きりの教室で緑谷くんの高揚した声が響いていた。彼は親切にも「この写真はね、」とその切り抜かれたワンシーンを細かく説明してくれたのだが、わたしは何一つとして思い出せなかった。ここまでしてくれる緑谷くんに申し訳なくて視線を落とすと、彼は優しく「菜乃ちゃん、」とわたしの名前を呼んだ。視線を上げ彼の顔を見ると、ニコリと笑って口を開いた。

「思い出せなくても気にしないで。キミとの思い出がちゃんとあったって僕が覚えてるから。」

そう言ってくれた。その穏やかな笑顔に安心して次の写真を見て『これは?』と"思い出探し"を再開した。



緑谷くんの持ってきてくれていた複数枚の写真を見終わると、彼はスマホ画面を目にした後、「ごめんね!僕これからちょっとオール…あ、いや、急用で…!」と焦りながら言葉を発した。オールマイトと緑谷くん仲良しだな、なんて思いながら『今日はありがとう。また明日ね。』とサヨナラをした。

「その写真、しばらく菜乃ちゃんが持ってて!」

それだけ言い残すと、彼は写真以外の荷物を纏めて教室を出て行ってしまった。

『……思い出、かぁ…。』

一人残された教室でポツリとつぶやいた。目の前に置かれた写真の束を手に取って一枚ずつ捲るが、わたしの記憶の中にないシーンばかりだ。おかげで写真に写っている小さなわたしは、確かに幼少期の自分の容姿なのに違う人間に見えてくる。ドッペルゲンガーか何かか?とさえ思えてきた。

まじまじと写真を見つめていると突然ガラッ_と勢いよく扉が開いた。
ビクッと肩を跳ねさせながら大きな扉の方に視線をやると、雄英の体操着を着た勝己がいた。彼はわたしを視界に入れると、なんでいるんだ、と言わんばかりに「あ?」と怪訝そうな顔つきをした。

『忘れ物?』
「バァカ、自主トレしてたんだわ。そういうてめェはここで一人で暇こいてたかよ。」
『わたしは自分の記憶見ようとしてた。本日も収穫はゼロだけどね。』

わたしが答えると、勝己はわたしの机の前に立ち、手にしていた写真を勢いよく奪った。

『あ、ちょっと…丁寧に扱ってよ!?それ緑谷く「クソデクと」…。』
「仲良く思い出話は出来たかよ。」
『…だから収穫はゼロだって…』
「ケッ…!」

勝己は明らかにその瞳に怒りを宿していた。そしてわたしから奪った写真の束を机に叩きつけるように置いた。…勝己の考えてることが時々分からなくなる。わたしの記憶を呼び起こすように記憶を辿ったりするクセに、緑谷くんと関わることを嫌がったりして、わたしの記憶を戻したいのかそうではないのか分からない。ただ緑谷くんの事が気に入らないってだけでわたしに友好関係にまで口出しするなんて異常だと思う。

『なんで、そんなに怒るの?』

わたしがそう聞けば、勝己は昨日と同じように「デクだけは駄目だっつってんだろ。」と言う。娘を男に取られるお父さんか?と言いたくなる程だ。ため息を一つ落として帰り支度を始めると、勝己は絞り出すように言葉を発した。

「てめェの過去も今もクソデクの野郎に、…何一つ渡すかよ…!」

どういう意味なんだろう。緑谷くんが何かしたの?
そう思って『どういう意味?』と問いただせば、勝己は声を荒げた。

「過去も今も、なんでてめェは俺から離れンだよ…!なんでデクなんだよ!」

何を言ってるの?離れる?わたしはただ、思い出したいから緑谷くんに協力してもらってるだけだ。そもそも一体誰が思い出させようとし始めたんだ。勝己が執拗なまでにこだわるから知りたくなっているというのに。

『貴方が…勝己が、過去にこだわるから…!わたしはそれを思い出したくて緑谷くんにも助けてもらってるの!なんでそこまで…!』

堪らずわたしも声を荒げてしまった。勝己はそんなわたしを見て逆に冷静になったのか、盛大にため息をついて視線を落とした。

「こだわんなきゃやってらんねぇだろーが…。」

そう吐き捨てた勝己の声は聞いたこともないくらい弱々しかった。わたしはそんな彼の言葉に息を呑んだ。

「初めて、"守ってやる"なんてセリフ吐いた相手に、突然消えられる気持ちがてめぇに分かンのかよ。」
『な、に…?』
「あの日からソイツの事が頭から離れねぇってのに、ソイツは俺の存在すらも忘れて平然と笑って過ごして時を進めてンだよ。…俺の感情はあの時に置き去りにされたままだってのに、クソ…!」
『…それ、わたしの事?』
「…他に誰が居ンだよ。」

勝己が苦しそうに言葉を絞り出しているのに、わたしは何も覚えていない、思い出せない。

『ごめんなさい。』

わたしは謝ることしかできなかった。初めて彼の本心を聞いても、彼が抱える苦しみ、悲しみ、寂しさ、どれもわたしには理解が出来なかった。それがわたしにとっては一番苦しかった。

それと同時に、勝己のわたしへの興味は過去にしかないのだと思い知らされた。過去のわたししか見ていない彼に、勝手に期待して想いを馳せていたなんて恥ずかしくなってくる。
視界はだんだんとぼやけてきて、あぁわたし泣こうとしてるな、なんて冷静に分析してる自分がいた。

「…ンで、てめェが泣いとンだ。…ガキの頃から、ンとに世話の焼ける女だなてめェはよ!!」

勝己は声を荒げてわたしの目元に乱雑に腕の内側を擦り付けてきた。
あぁほら、やっぱり。勝己は今のわたしを通して過去のわたしを見てるんだ。
……記憶のない、今のわたしになんて、勝己はこれっぽっちも興味ないんだ。

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