他人の心には入れない


相澤 side

体育祭当日。
午前の部が終わって昼休憩に入った。
外見回りしたらどっかで仮眠でもとるか。

外の屋台通りを歩くと後方から『センパーイ!』と聞き慣れた声が聞こえ振り返った。その声の主は俺の想像通りの人物だった。振り返った先にいた目瞳は手を振りながら駆け寄ってきた。俺の目の前に立った目瞳はニコリと笑ったあと、手に下げていた袋を突き出してきた。

『良かった、すぐに見つけられて!お昼、まだでしたら一緒に食べません?たこ焼き!』
「……いらん。勤務中の食事の時間は無駄だ。…これでいい。」

ポケットからゼリー飲料を取り出し、目瞳の持つたこ焼きの袋に対抗するように見せた。しかしそれは彼女によって取り上げられてしまう。

『もー、そんなものじゃ閉会式まで持ちませんよ?』と言って『どこか食べられる所は…』と辺りを見渡し始めた。俺が「今日は仕事休みか?」と聞けばコイツはキョロキョロと座れる場所を探しながら『半休ですよ。気になる子がいるんで見に来ました。あと…』と言った。そこで言葉を詰まらせた所で目瞳の隣に小さな女の子が立ち、目瞳の服の裾を掴んだ。

「ん?誰だその子は。」
『その子…?わ、どうしたの?』
「…。あ、おかーさんじゃなかっ…うっうぇーーん!」
『えぇ!?まっ、!泣かないでー?お嬢さん迷子かなー??』
「お嬢さんって、お前なぁ…。キミお母さんとはぐれたのか?」

小さな女の子を目の前に慌てる目瞳を押し退け、俺が女の子と目線を合わせるよう屈んで声をかけると、その少女は目に涙を溜めてコクリと頷いた。少女の頭に手を置いて撫でてやり、名前を聞くとその少女は震える声で「ミナ…。」と答えた。

「うちの生徒と同じ名前だな。…とりあえず運営部のテントに連れて行くか。…ミナちゃん、少し歩けるかい?」
「グスッ、うん…。」

ミナちゃんの手を取り歩こうとすれば、「おねーちゃんも手ぇつなご?」と目瞳に手を伸ばしていた。目瞳は俺とミナちゃんを交互に見て若干の戸惑いを見せながらも、すぐにニコリと笑い少女の手を取った。



『ミナちゃん、あそこで風船配ってるよー、何色がいい?』
「んーーと、ピンクー!」

運営部のテントに向かって歩いていれば、目瞳は先ほどまで子供に戸惑っていたのが嘘かのようにほんの数分で打ち解けていた。ミナちゃんもすっかり泣き止んでニコニコと笑っていた。

…変わったな。
俺と出会ったばかりの頃と今の目瞳を比べてそんな事を思った。

目瞳が風船をもらってミナちゃんの手首に風船から垂れ下がった紐を結んで再び手を取って3人で歩く。
ん?…待てよ、この絵面…。

「ねぇ、あれってアイサだよね?結婚してたんだー…子供までいたんだ?」

俺の考えていた事は俺たちの横を通り過ぎた通行人によって代弁された。先ほどからやたらと視線を感じると思っちゃいたが、そういう風に見られているということかと納得した。
俺に聞こえてるってことは、目瞳にも聞こえている。それなのにコイツは『どうもー。』と愛想を振り撒き手を振りながら歩いてやがる。

「オイ、否定をしろ否定を。」
『いいじゃないですか。ちょっとこういう噂があったらサロンの知名度上がるかもしれませんし。』
「…俺を営利目的に使うな。」
『先輩が既婚者なら考えますけどね。』
「お前な…。どうでもいいが、俺のところにメディアが押しかけて来るのだけは勘弁しろよ。それこそ風評被害だ。」
『善処しまーす。』

大人の会話を幼い少女の耳に入れぬよう小声で話し、それに目瞳も同じく小声で返してくる。しかも終始口の端は上がってやがる。楽しんでるな?

「あ!おかーさんおとーさん!」

俺たちの間にいたミナちゃんがそう叫ぶ声が聞こえると手が離された。運営部に連れて行く前に自分で見つけたらしい。ミナちゃんの両親は俺たちに頭を下げ、ミナちゃん本人は「おねーちゃんおにーちゃんバイバーイ!」と嬉しそうに手を振っていた。家族3人が俺たちに背を向け歩いて行くのを見送って、俺は振っていた手を下ろして「やれやれ」と頭を掻いた。目瞳の顔を見れば、3人手を繋いで歩く家族の後ろ姿をただ見つめていた。その表情から何を考えてんのかはちっとも読み取れない。親が見つかって安心してるわけでも、せっかく仲良くなったのに…と寂しがる様子でもない。

…そうだった、コイツの両親は…。

俺は、目瞳が手に下げていた袋を奪って「早く行くぞ。時間は有限、モタモタするな。」と声をかけた。俺の声で我に返ったのか、目瞳は前を歩く俺に小走りで付いてきた。

『あのっ、行くってどこへ…?』
「たこ焼き…食うんだろ。」
『……はい!』

−−−−

「で、何かあったのか?」

二人きりの談話室で目瞳とたこ焼きを食いながら話を振った。なんとなくだが、コイツが俺に何か話したいことがある事は察していた。俺の察しは当たりだったようで、目瞳はたこ焼きを突いていた串を置いてゆっくり口を開いた。

『当たりです。…その…人の辛い過去を聞いたらなんて言ってあげるのが正解かなって。』
「…いきなり何だ。」
『昨日、他人の辛い過去を聞きました。それに対して一言も言葉をかけてあげられなかったんです。その人、いつも怒ってるような悲しそうな顔してたから、助けてあげたかったのに…いざ"家族"というものの話を聞くと、私からは何も言ってあげられなくて。』

話的に轟のことか。泊めてもらってるって言ってたしな。

「お前は、俺に自分の事を話した時何か言って欲しかったか?」
『いいえ…。ただ、頭を撫でて抱きしめてくれただけで安心しました。』
「そんなモンだよ。他人に寄り添えても、他人の中に入り込む事はできんさ。…下手に言葉をかけないのはお前のいい所なんじゃないか?」
『…そうでしょうか?』
「お前が落ち込んでるより、いつも通り笑ってやってた方がソイツも安心するだろ、たぶん。俺にはよくわからんが、ちゃんとソイツの心は救えてると思うぞ。…俺はそろそろ戻る。じゃあな。たこ焼き、ごちそーさん。」

ソファから腰を上げて、目瞳の頭に手を乗せてそう言ったあと俺は談話室を出た。部屋を出た直後に背後から『また子供扱いしてー!』と聞こえたが、その声がいつも通りの目瞳のもので、思わずフッと笑いが漏れてしまった。

若い奴の心のケアは疲れる。…互いにな。

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