最後で最高の愛情


轟 side

「んじゃ、お前ら今日も気合い入れていけー。」

担任が気だるそうにホームルームを終わらせて教室を出て行く。相澤先生を見ると昨晩の電話での会話を思い出しちまう。結局あれから石さんは帰ってこなかった。姉さんへのメッセージに「そのまま事務所に向かうね」と入っていたようだ。

…つまり昨日、石さんは朝まで相澤先生と一緒だったということか?

「あ、轟。ちょっとこっち来い。」

教室から出て行った筈の相澤先生が扉から顔を覗かせ廊下から俺を見て手招きをした。それに従って廊下へと出れば、先生から何かを手渡された。

「アイサの忘れ物だ。お前ん家にいるなら渡しておいてくれ。」
「…先生はアイサと…、いや…。」
「なんだ?一限始まるぞ、早く戻れよ。」

先生は俺に背を向けて行ってしまった。
…聞けなかった。石さんとのこと。

教室に戻り席について、たった今先生から手渡されたものを確認する。手に持たされたものはキーケースのようだった。数種類の宝石が散りばめられた革製のキーケースを開けば鍵が2つ入っていた。
一つは車の鍵だろう。
通勤に車を使っていると言っていたが、今朝は大丈夫だったんだろうか?

その鍵を鞄にしまったところで、一限目の予鈴が鳴った。

何故か昨晩から彼女のことばかり気になってしまう。なんだ…?

−−−−

石side

あぁあ、やってしまった……。
先輩の家からそのまま職場に向かおうと駐車場に着いたものの、鞄に入れていたはずの車の鍵が見当たらなかった。今朝はそのまま運動がてら走っていったが、さすがに探さないとまずい。

アパートの鍵は家が燃えてるから良しとしよう。だが車の鍵とキーケースは無くしたくない。
車を特定されて盗まれたら困るし…。何よりあの車とキーケースはお父さんからの……。

仕事を終えて、昨日行ったお店やタクシー会社に連絡した。もちろん相澤先輩にもメッセージは入れておいた。どこにも落ちてないとのことだし、先輩は忙しいのかメッセージに既読さえも付かない。

あぁもう…!お酒飲んで先輩に迷惑かけるし、キーケース無くすし…もう二度とお酒飲まない。

ため息を落として空を見れば、暗くなりかけていた。今日は探すのを諦めて先輩からの連絡を待つとするか…。
私は本日の捜索を諦めて轟家へと戻った。
扉を開けて、台所へ行けば冬美ちゃんが夕飯の支度をしているところだった。

「あ、石ちゃんおかえりー!昨日は心配したよー!」
『ごめんね、冬美ちゃん。』
「ねぇねぇ、昨日一緒にご飯食べた人ってもしかして…男の人!?」
『あ、うん。私の恩師が焦凍くんの担任の先生だったの。』
「恩師って…先輩って言ってた人?…それって石ちゃんの片想いの人じゃなかった!?」
『アハハ、そう。けど先輩は私のこと女として見てないよ。生徒の一人みたいな?…私にとっても、もう過去の恋みたいだし。』
「えーなにそれなにそれ!!勝手に話を完結させないでよー!」
『ふふ、話は夕飯手伝いながらでもいい?』
「あ!ううん!夕飯はもうできるから大丈夫!それより焦凍が学校から帰ってきてすぐ石ちゃんの事探してたの。部屋にいると思うから行ってみて?」
『焦凍くんが?…分かった、行ってみるね。』

冬美ちゃんからそう言われて、私は焦凍くんの部屋へと向かった。
どうしたんだろう?…あ、昨日相澤先輩が電話に出たからその事かな?

焦凍くんの部屋の前についてノックをし『目瞳です。』と言えば、目の前の引き戸がゆっくりと開かれた。引き戸のすぐそばに立つ焦凍くんの表情は相変わらず何を考えてるのか判りづらかったが、この間デートをした時より穏やかではない事だけは確かだった。初めて会った日に、エンデヴァーさんの名前が出た時と似たような雰囲気を醸し出していた。

『焦凍くんって、いつも怒ってる?』
「…」
『あ、ごめん…。なんでもないの。…昨日は心配かけちゃってごめんね。』
「いや…。」
『ところで私のこと探してたって冬美ちゃんから聞いたんだけど…。』

私がそう言うと、彼は部屋の奥に置いてあった鞄の前に座った後、再び私の目の前に立った。「相澤先生から預かった。」と言われ手を前に出された。その手に掴まれていたのは、私が今朝からずっと探し求めていたキーケースだった。探し物がこんなにもあっさりと出てきた驚きと嬉しさで、私は思わず焦凍くんの掌ごと両手で握りしめた。

「!、石、さん?」
『!、あった…!良かったぁ…!そっか、先輩が持ってたんだ。』
「…先輩って相澤先生だよな?昨日学校で使ってた捕縛布も一緒みてぇだし、前から知り合いなのか?」
『うん、そうだよ。昔助けてもらって、それから色々教えてもらってたワケ。私もキミと同じく相澤先生の生徒みたいなもんだよ。』
「…、家に行くほど、仲がいいんだな。」
『…昨日は飲み過ぎて、コンタクト外れちゃって…。そのままココに帰るわけにいかなかったから、先輩から眼帯借りようと思ったらそのままそこで力尽きて…。…仲はいいけど、おうちに行ったのは初めてで…って、焦凍くんがそんなに睨むから尋問されてる気になったじゃん。』
「…悪ぃ。自分でもわかんねぇけど苛ついてた。」
『ふふ、私の方こそ心配かけてごめんね。今度からはちゃんと連絡するから。…あ、車の鍵ちゃんとあったー!』

焦凍くんからキーケースを受け取って中身を確認した。車の鍵があることに安心して『良かったぁ』とその鍵を握り締めると、焦凍くんは不思議な顔をしながら「家が燃えた時より、鍵の方が心配してたみてぇだな?」と言った。心なしか先ほどよりは、焦凍くんの表情は和らいだ気がする。本人の中では何か解決したのだろうか?

私は、焦凍くんに笑いかけて『ご飯できるみたいだから食べにいこっか?』と言って居間へと向かった。

この鍵が大切なんてのは当たり前だ。
_私が父から貰った、"最後"で最高の愛情だから。

私は手に収めたキーケースをきゅっと握りしめた。

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