その瞳はあの頃と変わらない


相澤 side

生徒が教室に戻ると、体育館内はアイサ…いや、目瞳と二人きりになった。

「今日はすまなかったな、臨時講師として来てもらって」
『かまいませんよ。相澤先輩の頼みとあらば、何処へでも。』

ヘラーっと笑いそう答える目瞳を見て、変わらねぇな、なんて思っちまう。
コイツの無防備に笑う姿は妙に安心する。

ふとコイツの頬にかすり傷があるのが見える。

「頬、怪我したのか。」
『え?あぁ、紅白頭のイケメンくんの氷にかすりましたね。まぁ、このくらいなら化粧で隠せ...」

俺は気づけば彼女のに手を添え、親指で傷をなぞっていた。
彼女が言葉を止めたことによって、俺自身も我に帰り、手を離す。

目瞳の顔を見ると、大きな目を見開いて俺を真っ直ぐ見つめてきていた。

「あ、いや、悪い。...痛かったか?」

そう聞くと、首を横に振り、また先ほどの安心できる笑顔で答えてくれる。

『心配してくれてありがとうございます。』
「...なんだ、その、お前今日、一杯付き合え」
『構いませんよ?』

−−−−

夕方、職員室での事務作業を終えて、待ち合わせしていた店に向かう。

入り口付近でスマホを眺めて待っている目瞳が見えて、足早になる。

「すまん、待たせたな。」
『いいえ!来たばかりですのでお気になさらず。』
「そうか、まぁ入るか。」

店に入って席に通され、適当に酒や飯を頼んだ。

「若い奴らの相手は疲れただろ。」
『んー、まぁそうですね。でも、いい運動になりましたよ』
「それなら良かったよ。そういや、今はエンデヴァーヒーロー事務所に所属だったか?」
『えぇ、先輩に鍛えてもらったおかげでNo.2のところですよ。その節はお世話になりました。』
「なかなかお前の鈍さには手を焼いたがな。」
『あ、そんなこと言うんです?それにしても…私も相澤"先生"の授業受けてみたかったなぁ』
「個別訓練がそんなに不満だったか?」

そう、俺と目瞳は昔からの知り合い。
コイツが中学の頃ヴィランに攫われたのを助けたのが出会いだった。

それ以来、コイツに付きまとわれてた。
最初は毛嫌いしていたが、コイツが高校に上がるとともに、忙しくなったのか付きまとわれることがなくなった。その後もなんだかんだで下校の際にすれ違っては話してはいた。
まぁ偶然を装ってコイツの下校する道をパトロールしてたわけだが。

ずっと付き纏ってきてた奴が急に現れなくなると寂しさに似た感情を抱くようになっちまっていた気がする。

その頃は雄英のヒーロー科に通ってると聞いたから、「特訓してやる」と、休みが被れば稽古をしてやっていたってワケだ。

つまり、コイツの体術や捕縛布の扱いは俺仕込みということになる。

今日見た感じだと、俺よりも体が柔らかいぶん動きがだいぶしなやかで、パワーがない分スピードでそれを補っていた。

随分と成長したもんだ。言ってやらんが。

『もう、その頃は教師じゃなかったじゃないですか』
「教師でなくても変わらんだろ。」
『気持ち的にちょっと違うんですよー』

よくわからん。

しばらく昔話を懐かしんでいると、目瞳はだいぶ酔ったのか目がトロンとし始めてきていた。

『ところで、なんでイレイザーヘッドさんはダメで相澤さんはオッケーなんです?』
「...」
『昔はイレイザーヘッドさんでもなんとも言わなかったのに。』
「...長いだろ。」
『それだけなんですかぁ?まぁ、相澤さんとは呼びにくいので、先輩呼びさせてもらってますけどね。それとも消太さんの方がいいですか?』
「...飲みすぎだ。そろそろ帰るぞ、送る。」

会計を頼み、従業員がテーブルに来て、2人分を払えば『ちょっと先輩!』とテーブルに身を乗り出してきた。しかしそのあとすぐ『あっ…』と声が聞こえた。
嫌な予感がして、個性を使って目瞳を見る。

案の定、右目のコンタクトが外れたようで、輝く瞳が見える。幸い従業員は金を数えていて、目瞳の方はすぐには向かなかった為に石化はしなかった。

目瞳は慌てて右目を隠し下を向いた。「どうかされました?」と目瞳の顔を覗き込もうとする従業員に『あ、いえ…』と更に深く俯いた。

俺は財布をしまい腰を上げて、椅子に座ったままの目瞳の横に立った。

「コンタクトが外れただけなので、気にしなくて大丈夫です。...おい、立てるか。」

目瞳の前に手を伸ばし声をかけると、彼女は下を向いたまま俺の手を取り立ち上がった。
目瞳の肩に手を添えて「...目、抑えてろ。」と目瞳にだけ聞こえるように耳元で話す。

「まぁ…!素敵な彼氏さんがいるので大丈夫ですね」

彼氏…

従業員が言ったその単語が嫌ではなかった。
むしろそういう風に見えるものなのかと少し嬉しくもあった。

目瞳はコンタクトが外れて瞳が露わになっていることや完全に飲みすぎていることによって、思考が追いついていないのか、下を向いたまま無言だった。従業員に軽く頭を下げ、目瞳を支えて店を出た。
…タクシー呼ぶか。こんな状態で歩かせたら時間ばかりかかってしまう。

「タクシー呼んでやるから、ちょっと待ってろ。」
『…ない。』
「なんだ?」

目瞳は俺の腕をぎゅっと掴んで言葉を発するがうまく聞き取れない。

『この目じゃ、帰れない。』
「…帰れないって、お前一人暮らしだろう。」
『この前、私の家、火事になっちゃって住めないんです。今、友達の家に泊めてもらってるから、この目で帰ると怖がらせちゃう。』

コイツは石化よりも目を見られることを嫌がる。
こういうとこも変わってない。

「はぁ...。とりあえず俺の家が近い。コンタクトはないが、眼帯代わりになるものやるから、そのあと送ってやる。」

コクリと頷いたのを確認して歩き始め、その辺を走っていたタクシーを呼び止め、二人で乗り込んだ。

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