彼女の個性
轟 side
特訓部屋に移動して向き合って立ち、準備運動をしながら彼女が俺に言う。
『簡単な勝負をしようか。30分!その間にキミが私に触れることができたら勝ち。私はその間逃げ切ったら勝ち。簡単でしょ?』
「あぁ、分かった。」
『私はこれでも現役ヒーローだから、個性は使わない。キミは存分に使って私を捕まえるといいよ。』
「...子供だからって甘く見るな。アンタも使えばいい。」
『まったく、。キミこそ、大人を甘く見ないことね?そんなに言うなら使わせてみてよ。さっ、いつでも来ていいよん』
彼女が言い終わると同時に氷を彼女に向かって作り出す。
が、素早い動きでかわされてしまう。
氷で動きを封じてから完全に捕らえようと思ったが、簡単には行かないか。先ほどの彼女の雰囲気からは想像もつかないほど動きが早い。
さすがは現役でヒーロー活動してるだけはあるってことか。
『さすが雄英生っ、だけど...』
俺の作った氷でいっぱいになった部屋。
その一つの氷の塊を彼女が蹴り飛ばし、氷が俺めがけて飛んでくる。
それを避けた瞬間、ほんの一瞬だった。
その一瞬で姿を見失い、気づけば俺は地面に倒れていて、背中で手を拘束されていた。
『個性の使い方がまだ雑ね。動きは15歳と思えないくらいにいいわ。とてもセンスがある。』
俺を押さえつけ、そうニコリと笑って言う彼女に個性を使って凍らせようとしたがそれも避けられてしまう。
「まだ、30分経ってねぇ。」
「いや、お前の負けだ焦凍。」
「!?」
声のする方を見ると親父が扉にもたれかかってこちらを見ていた。
気づかなかった。
「俺に気づく余裕、対等にわたり合えるスピード、追い詰める策、全てお前に無かったものだ。」
「っ、!」
「アイサがいる間にしごいてもらうといい。」
アイサ…それが彼女のヒーロー名らしい。
『エンデヴァーさん、お疲れ様です。ご子息、とてもいい動きをされますね?一瞬でも油断したら捕まっちゃうとこでしたよ。』
「フン、本気を出してないお前に言われたくないな。」
『あら、バレてました?...それより、エンデヴァーさん、本当にいいんですか?少しの間泊まらせてもらっていいって冬美ちゃんから聞きましたけど。』
「構わん。焦凍の訓練もしてやってくれ。」
『ふふ、そちらが本命ですか?』
「...フン。」
話している二人の横を通り過ぎて、俺は自室に戻った。
「はぁ…。」
スピードもパワーも想像以上だった。
個性を使わせるどころか、本気さえも出させていない。
コンコン-
ノック音でハッとしドアを開ける。
姉さんかと思ったが、違った。
目瞳 石だった。
『焦凍くん、さっきはどーも。ねぇ、明日時間ある?』
「いや、こちらこそ。...特に用はないが...」
『そっか!じゃあさ、明日買い物付き合ってくれない?』
「別に構わねぇけど。」
『ほんと!?やったー!イケメン君とデートデート♪』
「デート...?ちげぇだろ、ただの付き添『もー、デートったらデート!』…」
『10時には出たいから準備しててね』
そういって彼女は鼻歌を歌いながら、部屋から遠ざかっていく。
先程と随分と雰囲気が違う。訓練場での彼女は全く隙がなかった。
…力の加減をしただけで、子供相手だからと舐めていたワケじゃねぇのか。
次の日
着替えて、彼女が言った10時には出れるよう支度をしておいた。
ノック音がしてドアを開けると、笑顔で立っている目瞳石...さん。
『焦凍くんおはよ!お、ちゃんと準備してるなー!よし!行こっか!』
「あぁ。」
家を出て、石さんにこっちと言われて着いた先は昨日のアパート…の駐車場だ。
『さ、乗って!』
そう言って石さんが助手席のドアを開けるが、彼女のイメージとは随分かけ離れた車に驚く。
本当に彼女のものか?と疑いたくなるほどかっこいい。
ベンツのマークが付いているんだから余計に驚かされた。
『焦凍くん?』
固まった俺をみて心配そうに名前を呼ぶ声で我に帰り、車の助手席に乗り込む。
「車、持ってたのか。」
『うん♪あった方が便利だからね。て言っても改造とかしてないから通勤用ってところなんだけどね。』
「...イメージとだいぶ違った。」
『アハ、よく言われる。でもこれは、父親からの貰い物。』
なるほどな。
話をしているうちにデパートの駐車場に着き、車を停める。
『さっ、まずは明日からのお洋服買わなきゃね!冬美ちゃんの服、返さなきゃだし!』
そういえば、彼女には服が今ないはずだと思って上から下まで見ると、姉さんの服を着ていることに気づいた。
帽子とメガネを車に積んでいたようで、それらを装着している。
2人で並んでデパートに入り、
お目当ての服を買うため店内へと入る。
女性ものの店は気が引けて、店の外で待つことにした。
適当に物色して、店員と話をし、そのあと試着室に何着か持って入った。
どうやら試着がしたかったらしい。
何分かして、大きな紙袋を二つ下げて出てきた。
「!?」
『えへへ、買いすぎちゃった!』
「…すげぇ量だな。」
『まぁ全部燃えちゃったからねぇ。』
「それもそうか…。」
『次はメイク道具と鞄ね。あ、あと靴もいるか…。』と呟きながら石さんは歩き始める。
俺は女ってのは必要なものが多いな、なんて思いながら彼女の隣をついて歩いた。
パリンッ!!
「!?」
「おい、テメェら!!殺されたくなかったら手ェあげな!!!」
デパート内を歩いていると、宝石店の前でそんな物騒な声が聞こえた。見れば、目指し帽を被った二人組が従業員を人質にとって立っている。
手には拳銃。
「石さ、!」
横を見ると彼女はもう横にはいなくて、宝石店に入っていた。
『もー、せっかくイケメンとデート楽しんでたのに、気分最悪。』
「なんっだテメェ!!」
『エンデヴァー事務所でサイドキックさせていただいております。アイサです。暴れられると面倒なので、さっさと終わらせますね。』
いつもの彼女の喋り方よりも冷たい口調だった。
「へぇ、アイサってあの…。へへ、なーにが、さっさと終わらせるだゴルァ!!女だからって容赦はしねぇぞ!!」
そう言って彼女に拳銃を向ける。
彼女が下を向き、手を顔に当てる。
「なんだー??拳銃にびびっちまったか!!ヒーローも大したことねぇなぁ!!」
『やれやれ、うるさいお口だこと。…捕らわれている人質の方?私が良いと言うまで目を閉じててもらえます?』
「えっ、はっはいっっ!!」
「なにテメェ答えてんだ!!殺すぞ!!おい、ヒーローさんも俺たちのこと無視されちゃ...!」
彼女は勢いよく強盗達に突っ込んでいく。
「ヒッ!!!」
いきなりのことに驚いたのか、強盗は人質から手を離し彼女に向けて銃を発砲しようとするが、その瞬間に強盗たちは目を見開いてそのまま石になってしまった。
銃もろともだ。
『いっちょあがり!もう目を開けてもいいですよ。』
右目を片手で押さえた状態でそう言う彼女。
そのあとすぐに警察がきて、石になった強盗犯二人は運ばれて行った。
石さんは、警察の人と少し話した後、俺を見つけてこちらへ来る。
「ごめんね、焦凍くん!急に!!」
「あ、いや、、」
「あーあ、身だしなみ品より先にカラコンか眼帯か買わなきゃなぁ…。」
そういう彼女はかなり残念そうだ。
運ばれてる石化された男達を眺める。
昨日、姉さんが言っていた彼女の個性を思い出す。
【個性:メデューサ】と言っていた。
あれは、元には戻らないのか?
『焦凍くん?早くいくよー?』と声をかけられ、再び石さんについてデパート内を並んで歩く。
−−−−
あれから30分ほどデパート内で買い物をし、石さんはコンタクトや、バッグを買って満足したようだ。
俺たちは車で移動して、近くのファミレスで昼メシを食っていた。
そういえば今日の宝石店での彼女にも驚いたが、買い物の仕方にも驚かされた。
バッグを買う為に入ったのは高級ブランドの店。
少し物色して、「そこからそこまで」を言い放ち、あろうことか「あれも!」と俺のベルトまで買ってくれた。
遠慮していると、「今日デートしてくれたお礼♪」と言って構わず支払いを済ませた。
目の前で幸せそうに『美味しいー』とパスタを食べる彼女は、先程宝石強盗を捕らえた時の雰囲気とまるで違う。この人の"ヒーロー"としての姿と"女性"としての姿では纏う雰囲気が180度違う気がする。
『…焦凍くん?私に何かついてる??』
「あ、いや。…さっき、アイツらが石化したのはアンタの個性だろ?」
『そーだよ!右目がその瞳を見た者を石にする力を持ってる。まぁもし人質の人を離してくれなかったら、一緒に石になっちゃうからどうしようかと思ったけどね。』
「石にしたやつが触れてるものも石になるのか。石になったやつは戻せねぇのか?」
『24時間経てば解除される。もしくは...』
彼女はポケットから小さな瓶を取り出し俺に見せた。
『私の涙を一滴でもかければすぐに石化は解除される。』
「神話のメデューサもそんな感じなのか。」
『えぇ、そんな感じだったと思うよ。』
「メデューサっていうと、髪の毛が蛇っていうイメージがあるんだが。」
個性を聞いた時から思っていた違和感。
メデューサってのは蛇のイメージで、彼女のように美しいイメージがない。
気のせいだろうか。俺がそう聞くと彼女はほんの一瞬だが、悲しそうな顔をした気がした。しかし彼女はすぐにいつもの笑顔を俺に向けて答えた。
『ふふ、メデューサってのはね、元々は髪の綺麗な美しい女性だったんだって。ここからは色んな説があるようだけど、神によって醜い姿に変えられてしまったの。そして最後は磨かれた剣を鏡のようにされて、自分の目を見て石になって首を切られるの。』
「!」
そこまで言われて、彼女の弱点に気づいてしまった。
ハッとする俺をみて、ニコリと笑って彼女が続ける。
『気づいた?裸眼で鏡を見るとわたし自身も石化する。コンタクトを鏡なしで入れられるようになるまで結構大変だったのよ?』
「…どんな目なんだ?普通ではないんだろ?」
『…見たい?』
「…」
『ふふ、冗談よ!それにあまり見せたいものでもないのよ。見たらすぐ石になってしまうから、私自身もあまり記憶にないんだけどね。ゾッとするほど気味が悪いのよ。…まぁ綺麗に言わせてもらうと目の中にサファイアとエメラルドとルビーを粉々にして瞳の形にはめ込んだ感じかな?』
「綺麗じゃねぇか。」
『…モノは言いようってことよ。まぁそんな感じだと思ってて?』
彼女はまたニコリと笑って再び目の前のパスタを食べ始めた。
二人食べ終われば、車に戻り来た道を帰る。
昨日初めて会って会話をしたが、昨日と今日で彼女はすげぇ、楽観的な人だと思った。それなのに時折悲しそうな表情を見せる彼女がなんとなく気になってしょうがなかった。
−−−−
ガラガラー
「二人ともおかえりー!」
土曜日は姉さんも仕事が休みで、家にいる。
『ただいまー!あ、冬美ちゃんに、これあげる!』
「わー!嬉しい、このチョコ私が好きなの。いいの?」
『服のお礼♪』
俺は二人でまた楽しそうに話している横を無言で通り過ぎ、部屋に戻って畳に寝そべる。
アイサ……
個性、メデューサ。
現役のヒーローだなんて、話しただけでは分からなかったが、昨日の訓練場での勝負や宝石店での彼女の余裕ぶり…どれをとっても圧倒的でアマチュアの動きじゃない。
親父の事務所の人間を避けて来たから、あんな人がいるなんて知らなかった。
それにしても、
あの人はどうして悲しい表情をしたんだろうか。
一瞬だけ見せた、あの悲しみを纏った瞳を何度も思い出しちまう。
−−−−
月曜日_
「行ってくる。」
「いってらっしゃーい!」
朝起きたら、石さんはもう職場に行ったようで出会えなかった。
学校に行く途中も、座学の授業のときも、1人の時間が来る度に石さんのことを考えている。
雄英生だった石さんもこんな風に授業を受けていたのか。
何組だったんだろうか。
…
「よし、お前ら、今日の実技演習は特別講師に来てもらってる。」
クラス全員が集合した体育館で担任はそう言った。その言葉でクラス一同が「誰かな?」とざわつき始めた。
「入れ。」
『はーい!』
体育館のドアを開く音と、そんな無邪気な声に驚き顔を上げる。
その声の主は、朝からずっと考えてた人。
「雄英高校1年A組のみなさん、はじめまして!エンデヴァーヒーロー事務所でサイドキックさせてもらってる、アイサです。」
「アイサって!!あの!!?」
「ヤッベェよ!!本物じゃねぇか!!オイラ大ファンだぜ!!」
どういうことだ?
俺は全く知らなかったが、けっこう有名なのか?
「お前ら静かにしろー。今日はアイサと1対1、もしくは1対2で対戦してもらう。こいつは個性を使わない。お前らは存分に使って勝て。
勝利条件は、彼女の身動きを止めることだ。気絶させても捕縛してもなんでもいい。それだけだ。」
「はい!先生!!質問をいいでしょうか!」
「なんだ飯田。」
「僕たちが個性を使って、アイサさんが使わない。そして気絶もありとなると、かなりアイサさんが不利なのでは?」
「…俺にとっちゃ、コイツを相手に多くても2人で挑む方が不利だと思うぞ。」
「しかしっ!」
「言っておくが、アイサはこんな見た目だが、No.2ヒーロー事務所のサイドキックだ。それ相応の実力だぞ。」
『ふふ、それなら、私が個性なしでは君たちに捕まってしまうと判断したら使わせていただく、それで良いです?あ、でも捕縛布だけは使用させて下さいね。』
最後の言葉を言う際には、相澤先生に首を傾げて聞く石さん。
「…好きにしろ。」
以前俺とした勝負と同じ方式。
俺は以前、個性を使わせることができなかった。
『さぁ、誰からでもいいですよ?捕まりませんので。』
彼女は準備運動を始める。
「俺が相手だ。」
低い声が体育館に響く。
爆豪だ。
『はいはーい。』
「ぶっ殺してやる。」
『物騒な物言いだね!?まぁいいけど、ブッコロされないから。いつでもどーぞ』
爆豪と石さんの勝負が始まる。
勝負が始まって3分間、石さんはひたすら爆豪の攻撃をかわし続けている。
「ちょこまかとォッ!ウゼェ!!」
肩で息をする爆豪に対して、息一つ切らしていない石さん。
誰もが石さんの勝利を確信した。
そのとき、爆豪が手を前に出す。
「やーっと撃てる!…吹き飛んで、死ねェ!!!」
籠手のひっかかりの部分を引こうとしたときだった。
気づいたら石さんが爆豪の横にいて、爆豪を腕で支えている。
クラス全員が唖然としている。
「爆豪、気絶により続行不可能。」
「えぇ、何が起こったん?」
「ねー!、何も見えなかったよ!!」
「一瞬でしたが、アイサが爆豪さんの首に手刀をお見舞いしましたわ」
『誰も、攻撃しないなんて言ってないでしょう?』
その後もクラス全員、勝負したが、石さんの動きを止められるものはいなかった。
もちろん、今日も俺は挑戦したが無理だった。
「よし、今日はここまで。お前たちは着替えて教室に戻れ。」
ヒーロー:アイサにお礼を言い、各々教室に帰る。
体育館の扉の方へ向かいながら振り返れば、相澤先生と楽しげに話す石さんが俺の目に映る。
相澤先生と同じ、捕縛布だったか?
あの二人、何か関係があるのか?
そんな疑問が頭の中に湧いた。
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