閉ざされたココロ


相澤 side

ピッーピッー……

静かな病室に無機質な機械音が小さく響く。ベッドに横になっているのは自分の生徒。…轟だ。

あのビルジャックのあった日から二日が経った。


あの日、職員室のテレビで報道を耳にした。初めのうちはなんとなくでニュースの内容を聞いていた。

“ビルの中にアイサがいた事でエンデヴァーヒーロー事務所から早急に応援が駆けつけた為に、現在、事態は収束に向かっている模様です。”

報道陣の口から“アイサ”という名が出てくれば考えるまでもなく自らの体はテレビの方へと向いた。

ビルの名前と外観だけを脳裏に焼き付け、椅子から腰を持ち上げた。隣のデスクに腰掛け同じようにニュースを見ていたマイクに口早に言葉を残した。

「マイク、急用で少し出る。」
「heeey!イレイザー!どーしたよ血相かえて。」
「…すぐに戻る。」
「あ、オイ…!」

まだ何かを聞きたげだったマイクに構わず職員室を後にした。

報道されていたビルへと着けば一帯は騒然としていた。警備の人間にヒーローの証である免許証を見せれば容易に建物内に入れた。
ビルのフロアガイドを見て、【3F:〇〇スタジオ】と書かれているのを目にして恐らく石が居るならばそこだろうと思った。

3階まで階段を駆け上がれば、ニュースで聞いていた通り、事態は収束しているようだった。救急隊や警備の人間は落ち着いているし、「次の階へ行きましょう。」と言う声まで聞こえた。

……心配しすぎか。

溜め息を吐き出しながらそんなことを思っていた。石は俺が訓練を見てやっていた時とは違う。アイツはプロヒーローだ。個性もちゃんと使えるし、体術だってその辺のチンピラに負けるようなレベルじゃない。

…それでも心配せずにはいられなかった。

スマホを取り出して【目瞳石】と書かれた連絡先を開いて耳に当てた。

過保護だなんだと思われてもいい。声が聞ければそれでいい。

だが、そんな願いも虚しくスマホから聞こえて来たのは“只今電話に出ることが…”という機械音声。

もう外に出たのかもしれない。

そうであってくれ、と自分に言い聞かせて手にしていたスマホを強く握りしめた。

__ドンッ

聞こえてきた大きな音に顔を上げた。
壁でも壊されたかのような音だ。

咄嗟にヴィランの残党でも残っているのかと思い、首に巻いた捕縛布を手にし、戦闘体制で音のした方へと向かった。

辿り着いたのは女子トイレ前で、何やら話をしているのが聞こえてきた。ゆっくりと近づき中の様子を伺って、目の前で起こっている光景に息を呑んだ。

やっと見つけた探し他人。
その張本人は髪の毛全てを蛇に変え、右の瞳からは虹色の輝きを放っていた。
彼女の目の前には人の形をした石像があり、『ごめんなさい、ごめんね。』と嗚咽を漏らしながら何度も謝罪の言葉を述べていた。

彼女の足元に血液が溜まっているのを見れば状況はある程度理解できる。
髪の毛に扮している蛇を制御できてないんだろう。そして石化の個性は彼女が意図的に使用したのだ、というところまで想像がつく。

「石…!」

俺自身の個性を使って彼女を見れば、頭の蛇は瞬く間にサラリとした漆黒の髪の毛に戻った。

『せんぱ…、助けて…っ、』 

嗚咽を漏らしながら俺に助けを求める彼女の声が何度もこだまして聞こえた。

彼女がただひたすら俺に助けを求めるのが、彼女自身の事ではない事はすぐにわかった。
彼女が助けてくれと言っているのは、助けたいのは、目の前の石像に化した人間だ。

−−−−

あれからすぐに石の止血をして救急隊に引き渡した。
驚いたのは石の目の前で石化していたのが轟だった事だ。コイツもまた病院に運ばれてすぐに治療を施された。

幸いにも二人とも命に別状はなかった。石の方は翌日には退院許可が降りたが、轟は二日間眠ったままだ。

勤務が終われば様子を見にココへ来ているが目を覚ましたという話は聞いていない。

「ステインの一件でも懲りない問題児だな。」

聞いてるはずもないがベッドの上で眠る生徒にそう声をかけた。
…さて、もう一人の問題児もどうにかしてやらんとな。

病室を後にして、ある場所へと向かった。


−−−−

向かった先は石の住むアパートだ。インターホンを鳴らすも扉は開く事はない。

手にぶら下げて来た、コンビニの袋をドアノブにかけ、「また来る。」と声をかけた。

−−−−

_翌日

“あのビルジャック事件から二日が経ちました。”

昼休憩、職員室に備え付けのテレビからそんな言葉が聞こえてきた。意識を逸らそうと椅子から立ち上がると隣のデスクにいたマイクが口を開いた。

「このニュース、いつまですんのかねぇ…。」
「…さぁな。」
「なぁイレイザー…。アイサって、随分前からお前のこと“先輩”って呼んでた子だろ?」
「…そうだな。」
「そんで電話かかってくる度にお前が心配してた子だよな?」
「…」
「今、大丈夫かよ。…あんな風に動画拡散しちまって、二日たった今日も報道陣はあの事件を取り上げてる。…世間はビルジャック事件=アイサを繋げて考えるだろうよ。」

…マイクはおちゃらけているようで、他人の心を読むのがなかなか上手い。人を、人の心を見ている人間だと思う。
俺がアイサの話題を避けているのも、彼女のことを思うと気が気じゃないのも分かってるんだろう。

「今日こそ話ができるといいんだがな。」

それ以上、何も返すことができなかった。
それだけの返事をして職員室を後にした。


マイクが言っていた動画…。
…あの事件の日、あのスタジオ内で動画を撮っている人間がいた。【ヒーロー:アイサの正体】というタイトルで動画サイトに挙げられたこの動画は多くの人間の目に留まった。

世間を騙していたワケでもないが、彼女はそこそこ人気のあるモデルで、イメージ…というものあるのだろう。彼女の所属するモデル事務所は、優しく可憐なイメージで彼女を売り、彼女の持つ綺麗な髪の毛を宣材としてサロンのイメージモデルまでさせていた。
…動画が拡散されてからというもの、サロンのイメージダウンになったのか、彼女が専属でモデルをしていたサロンは今や営業停止となっている。

世間もまた、今まで彼女に向けていた羨望や憧れの眼差しなどなかったものにして、“他にも何か秘密があるのではないか”と彼女の経歴を探り、粗を探し始めたのだ。

話題になる彼女の経歴、生い立ちについては間違えてるものもあったが、いくつか当たっているものもあった。

誘拐事件の被害者であることや、親と縁を切っていることなんかどこで調べて来たんだと思わせた。

深く息を一つ吐いて自分を落ち着けた。

スマホを取り出して彼女に電話をかけるも、耳に届くのは相変わらずの留守番電話サービスの音声。

何も言わず通話終了のボタンを押そうとした。だが、今はこれしか彼女に言葉を伝える術がない状況だ。

…まぁ石が聞くかは分からんが、独り言を残しても罰は当たらんだろう。

一度離したスマホを再び耳に当て口を開いた。

「石、お前の個性は誰も傷つけちゃいないよ。
……
…だから負けるな。

周りが何を言おうが、俺はお前がどんな人間か知ってる。それだけは忘れるな。」

通話終了のボタンをタップした後、画面に記された目瞳石という名前と連絡先を見て、数日前に彼女が俺に漏らした言葉を思い出した。

“『普通の女の子でいたかった。』”

彼女の悲痛の心の叫びに、スマホを握る手に力が入る。

「…石、負けるなよ。」

一人呟いた言葉を攫っていくように強く風が吹いた。

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