その言葉が特別に感じた


石 side

業務が終わり、轟家へと帰れば玄関には焦凍くんの靴があった。
もう帰ってるか。お母さんの所に行くって言ってたけど、ちゃんと話せたんだろうか?気にはなるところだが、その事に関しては彼から話してくれるのを待つべきだろう。他人の私が干渉し過ぎるのは良くない。
…とりあえず声だけかけて夕飯の準備をしなきゃ。

焦凍くんの部屋へと向かおうと家の廊下を歩いていると、居間の方からテレビの音が聞こえてきた。音のする部屋を覗くと、そこには焦凍くんが畳の上に寝転んで目を瞑っていた。

私は焦凍くんの顔の横に座り込み、その寝顔をまじまじと見つめた。

いつもイケメンだと思ってたけど、寝顔は可愛いなぁ…。

昨晩_私のあの姿を見ても焦凍くんは私を見る目を変えなかった。それどころか、「綺麗だ」と言ってくれた。"ちょろい女"なのかもしれないが、その言葉に心はときめいた。自分が最も嫌悪するあの醜い姿を受け入れてもらえた事で、呪いから解放されて普通の女の子になったみたいに思えたのだ。

目の前で眠る彼のサラサラの髪の毛に触れそうになって、私は手を止めた。あと少しで触れる所で、昨晩見た夢を思い出してしまった。私が手を伸ばしても、みんな離れていってしまう。あの悲しい夢を。

…誰に受け入れてもらえた所で、自分が呪われたモノを持っている事に変わりない。

私のあの姿を見ても怖がらないでいてくれた焦凍くんや冬美ちゃん。私を怖がらない貴方達と真に向き合う事が私は怖い。大切だからこそ、この個性で怖がらせたくはない。…身体が石化する、何にも変え難いあの恐怖を味わわせることはしたくなかった。
相澤先輩に限っては付き合いの長さや、彼の持つ個性のおかげでそんな事考えなくて済む。だからこそ甘えてしまった。

焦凍くんにあと少しで触れそうだったその手をそっと収め、立ち上がり部屋を後にした。

−−−−

台所へと立ち、お鍋に湯を沸かした。そして帰りに買ってきたお蕎麦を袋から出して湯に入れた。

今日のお昼休憩の間、焦凍くんに『今晩、冬美ちゃん達がいないから私が夕飯作らせてもらうんだけど、何が食べたい?』とメッセージを入れておいた。
仕事終わりに返信を確認すれば「蕎麦。温かくないやつ。」と返ってきていた。そのご要望通り、お蕎麦を買って帰ったというわけだ。

焦凍くん…。
昨日彼から言われた「綺麗だ」という言葉がどうしようもなく嬉しかった。こう言ってはなんだが、その言葉はモデルという仕事をしていれば言われ慣れているものだ。それなのに、不思議なもので彼から言われた言葉は特別に感じた。初めてその言葉を言われたかのように嬉しくて恥ずかしかった。

「石さん。」
『!!、…あっつ…!』

耳のすぐ近くで聞こえた低く落ち着いた声に驚いて、湯切りをしようとザルを持っていた手に勢い余って湯をかけてしまった。

ザルを流し台に落としてしまったが、幸いお蕎麦はまだ鍋の中で無事だ。
右手に持っていた片手鍋を台に置き直してヒリヒリとする指を見た。そして体を回して背後から声をかけてきた人物を見た。

『しょ、焦凍くん起きたんだね?…もー、驚かさないでよ。』
「すまねぇ。ずっと呼んでたんだが、全然聞こえてねぇ感じだったから。」
『あ…ごめん。考え事してた。』
「いや、それより手…。」
『うん、すぐ冷やす。』

私は流水で火傷した人差し指と中指を冷やした。

ボーっとしてた。
いきなり耳元で声をかける焦凍くんも焦凍くんだ。よりにもよってキミの事を考えてるときに…。

私は、ため息をつきながら流水が当たってヒリヒリと痛む指を見つめた。

−−−−

二人でお蕎麦を食べ終わると、私と焦凍くんはほとんど会話もなく流し台の前に立っていた。焦凍くんには『ゆっくりしてて』と言ったのだが、火傷してるからと彼も片付けを手伝ってくれているのだ。

食事の際もあまり会話が出来ずだったから気まずい…。
そんな静寂な空気を破ったのは焦凍くんだった。

「…蕎麦、うまかった。」
『あ、はは…私は茹でただけ。それにちょっと湯に浸かりすぎてたね…私が火傷したばっかりにごめん…』
「…すまねぇ。」
『あ、違う違う!私がボーっとしてたのが悪いの。…よし、これで片付けは終わりだね。』

先程からずっと、まともに焦凍くんの顔が見れない。顔を見るとドキドキとしてしまうし、顔が熱くなってしまう。

私は早くこの場から去るべく、『それじゃ、私お部屋戻るね。』と言って、食器を拭いていたタオルを置いて部屋に戻ろうとした。
それなのに手首を焦凍くんに掴まれてしまった。

『な、に?』
「お母さんと、ちゃんと話せた。」

そう切り出した焦凍くんを放ってはおけず、私は彼と体を向かい合わせてニコリと笑いかけた。『よく頑張りました。』と言えば彼もまた優しく笑って「石さんのおかげで頑張れた気がする。」と言った。

『私は何もしてないよ。キミが勝手に頑張っただけだよ。』

私がそう言うと、焦凍くんは柔らかい表情を強張らせた。そして「相澤先生みたいな言い方するんだな。」と言った。
私は焦凍くんの表情とその言葉に自らの手で口を覆った。

そうよね。家でも担任と同じような事言われたくないよね。
私も先輩から色々と学んでいるから知らぬ間に言葉が移ってしまったんだろう。

私が『ごめん。』と言うと、焦凍くんは右手を伸ばし、私の左手を取った。そして火傷で赤くなった人差し指と中指を腹を見て、優しく包んでくれた。

「いや。…それより指、すまねぇ。」

そう言って加減をして出してくれた彼の冷気で冷たくなっていくはずの掌は、何故か熱を増していくように感じた。

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