本音の話


相澤 side

ガラララ_

扉の手前にある暖簾をくぐり、古びた扉を引けば、漂う匂いは脂っぽい出汁の匂い。このラーメン屋に足を踏み入れるのはいつぶりだか…。

後ろ手に扉を閉めると、「お!イレイザーか!!久しぶりだな!!」とデカい声が聞こえる。

俺に声をかけたのは、数年前よりも老け込んだ顔のラーメン屋の店長。このラーメン屋には雄英に教師として就任する前までよく来ていた。

適当にカウンターに腰掛けると、バイトであろう青年が水を持ってきた。それを受け取り、ラーメンの並を注文した。

カウンターの中から「いつぶりだよイレイザー!」と言う店長に、グラスの水を一口飲んで話しかけた。

「いつの間にバイトを雇うようになったんですか。」
「カッカッカ!俺ももう歳でな。小せぇ店だが一人じゃしんどくてよ!…ところで、この間のお前んところの体育祭、テレビでみたぜー?お前ちゃんと教師として頑張ってんだな!」
「頑張ったのはアイツらですよ。」
「いや、お前の「ヒーロー何年目だ」って言葉、めちゃくちゃ良かったぞ。あのひねくれた若造だったお前が、立派に教師してんだ。俺も歳をとるワケだ。」
「冷やかさんで下さい。」
「ハハッ、…話は違うが、石ちゃんとは会ってんのか?」

店長がそう聞くのは、目瞳のこともよくここに連れてきていたからだ。といっても随分と昔の話だ。目瞳と出会ったばかりの頃、家に引きこもってばかりのアイツを引っ張り出してここに連れてきていた。

「ここ最近、何年かぶりに会って話しました。元気にやってるみたいですよ。」
「そりゃあ良かった。それにしても石ちゃんは変わったな。ここに初めて連れてきた時は全然笑わなかった子が、今じゃCMに出てて、キラキラ笑ってんだから。…無愛想なお前が石ちゃんを変えたなんて、未だに信じ難いさ。」
「変えたのは俺じゃありませんよ。アイツが勝手に変わっただけです。まぁ、一人の生徒が立派にヒーローになってくれてホッとしてますよ。」

ガハハ、と笑うこの店長の笑い方は昔から変わらない。その所為で俺もあの時代に返ったような感覚に陥った。


9年前の冬、俺が21の頃だった。
夕方、アパートに帰っている途中で中学生くらいの女の子が車に押し込まれているのを目撃した。俺は走り去った車を追いかけ、倉庫のような所に着いた。

シャッターを上げて中へと入れば、そこには先ほどの少女が柱に身体を縛られた状態で身体を縮めていた。近くには、そこにあるには不自然な程の大きな石があった。…近づいてみて言葉が出なくなった。

石が人の形をしていたことにも勿論驚きはしたが、顔を伏せている少女は制服のシャツを裂かれ、下着を露わにしていた。なんとも悲惨な現場だった。

羽織っていた上着をかけてやると、少女の肩がピクリと震えた。

「安心しろ。助けにきた。いや、一足遅かったな、すまない…。今、警察を呼んでる。じきに来るだろう。」
『…何もされてないから大丈夫。』
「…顔見せてみろ。怪我してないか?」
『やだ。今顔見せたらお兄さんもソイツみたいに石になるから。』
「コレ、お前の個性か。大丈夫だ。俺は個性を消す個性だ。石にはならない。」

俺がそう言えば少女はゆっくりと顔を上げた。目を真っ赤に腫らして、頬には涙の跡が付いていた。そして右の瞳は虹色に輝いていた。

俺はその瞳に吸い寄せられるように、少女の右の頬に手を伸ばして包み込んだ。何も言わない俺に、その子は『怪我の確認はもうできたでしょ。』と冷たく言い放ち目を伏せた。

「お前の目、綺麗だな。」

無意識にそんな言葉が漏れた。俺の言葉に少女は『え…』と声を出し、大きな目を見開いて再びその輝く瞳を露わにした。顔に傷があるか、なんてのはその瞳を見せられてから忘れていた。その瞳にしばらく目を奪われていると、少女は俺の手を払って、右目を自分の掌で覆った。


これが俺と目瞳の出会いだった。
それからは自分が助けた女の子の様子が気になって、気にかけていたらまんまと、面倒な程に気に入られたというワケだ。

「はい、お待ち」と言う店長の声で過去の記憶から現実に意識を戻した。「いただきます」とラーメンを口に運んでいると、店長は「なぁ、イレイザー。」と俺に話しかけた。俺は顔を上げて店長の言葉を待った。

「お前は、石ちゃんの事が昔から好きだろ。」
「…生徒に恋愛感情を持つなんてありえませんよ。」
「たくっ、正式な生徒じゃねぇだろーが!」
「だとしても、生徒みたいなもんです。アイツはまだまだ幼い。」
「長ェこと生きてると分かるもんなんだよ。お前が石ちゃんの事を話すときの顔、一生徒を想う顔じゃねぇよ。」
「…気のせいですよ。」
「昔は石ちゃんが未成年だったから、ただの教え子だと思うようにしてたんだろ?でも今は違う。石ちゃんは立派な大人だ。互いに好きだと言ったって世間も法律も文句言わねぇよ。」
「…」
「お前もいいオッサンだ。素直になれってのも気持ち悪ィ話だが、たまには正直になってもいいんじゃねぇのか?…お前の本心はどうなんだ?」

店長は俺にそう言うと、別の注文が入ったらしく、「ま、今のは頭の片隅にでも入れといてくれや。」とニカッと笑った。

…昔から世話焼きな人だ。

素直に云々言われた所で、今更態度を変えることなんか出来んだろう。
本心、か…。
ラーメンを食べる手を止め、テレビに視線を移せば、ちょうど流れたCMには目瞳が映った。

テレビの中の目瞳は漆黒の髪をなびかせ、振り向いて笑顔を向けた。

お前には、昔の悲しい顔よりもその顔がよく似合うよ。

俺に初めて笑顔を見せたその日から、
できればその笑顔は一人占めしたかったってのが本音だがな。

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