彼女の素性


轟 side

体育祭は終わり、帰路に着く。トーナメント戦で緑谷に対して咄嗟に左の個性を使っちまった。決勝で爆豪に対しても使おうとしたのに、お母さんが頭をよぎって消しちまった。勝手に一人で解決した気になっちゃダメだよな…。
緑谷、つくづく不思議な奴だ。
…ともかく明日はお母さんに会いに行こう。

家の扉を引けば、家の奥からバタバタと走る音が聞こえ、「待ってました」と言わんばかりの勢いで姉さんと石さんに迎えられた。

「焦凍おかえり!」
『おかえりー!焦凍くん!』
「…ただいま。」
『体育祭おつかれさま。準優勝なんて凄いなぁー!』
「ほんと凄いよー!けどハラハラしたよー!今日は焦凍の好きなお蕎麦だよー!」

姉さん達は自分のことのように嬉しそうに喜んでくれた。それがなんとなく嬉しくて自然と口元は緩んじまった。

「…ありがとう。」
「…焦凍が…!嬉しそう…!」

そう言った姉さんは何故か泣きながら「姉さんは嬉しいよー!」と俺を抱きしめてきた。石さんを見れば、俺たちを見てクスクスと笑っていた。



夕飯を食べ終えて自室へと戻り、俺は机の引き出しから昔の写真を取り出した。…お母さんと写った写真だ。

何年会ってねぇんだろうな。
どんな反応をするだろうか。
会いにいくのは少し怖い気もする。けど、きちんと清算しておかないといけない。

ヴヴッ

スマホが振動しメッセージの受信を知らせた。確認すれば、それは石さんからのもので『訓練場に来て。』と書かれていた。眺めていた写真を引き出しに収め部屋を出た。

−−−−

訓練場に着けば、そこでは石さんが昨晩と同じように窓を開けて外を眺めていた。俺は昨日と同じく綺麗だなと思った。しかし、昨日と違うのは彼女への想いを確信していることだ。石さんから数歩離れたところで足を止めると、彼女は振り返って優しく微笑んでくれた。

何故だろうか。近づきたいのに、これ以上近づいてはいけない気がしている。この人は最初からそうだ。他を自分のテリトリーに入れる事を拒んでいるような雰囲気を放っていた。自分から歩み寄ってくるのに、俺から近づこうとすれば壁を作られてしまう。それもまた、俺が彼女を気になる理由だったんだと思う。

彼女は俺に近づいてきて、俺の目の前で足を止めた。そして、彼女の腕が俺の顔の横を通り過ぎたと思うと、石さんの肩に頭が引き寄せられた。俺の方が身長が高いから少し腰を折る体勢になり、その体勢のまま頭を撫でられた。

「!」
『よく頑張りました。』
「…」
『今日、午後からの焦凍くんを見させてもらったの。全力だしてたの偉い偉い。』
「…ガキ扱いするな。」
『ふふ、バレた?…でも、決勝戦で炎を消したのは理由があるの?』
「お母さんが頭を過った。勝手に一人で解決した気になって先に進むなんて出来なかった。だから明日、お母さんに会いに行ってくる。」
『…そっかぁ。うん!仲直りできるといいね?』
「別に喧嘩したワケじゃ…」
『分かってるよ。』

俺を身体から放して、笑顔を向ける彼女はやはりどこか悲しそうで、俺はつい「どうしていつも悲しそうに笑うんだ?」と聞いちまった。

彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにまた優しく悲しく笑った。そして『私が話さないのはフェアじゃないよね。』と言って何かを考えたそぶりを見せたあと『私がいいよって言うまで目を閉じててくれる?』と付け足した。

俺は言われたとおりに目を閉じた。石さんが小さな声で『出てきておいで。』と言う言葉が聞こえたあと『焦凍くん、驚かないでね。目を開けていいよ。』と言った。その声で俺はゆっくりと目を開けた。

「…!、それ…。」

目に飛び込んできた彼女の姿に、"驚かない"なんてのは不可能だった。彼女は俺に横顔を向けて眩い光を放つ右の瞳を露にし、綺麗な漆黒の髪の毛は数十匹の蛇へと変わっていた。俺を一切視界に入れない石さんの代わりに、頭の蛇が数匹、その鋭い眼孔を俺に向け細長い舌を出していた。

『…私のこの目は、対象と目が合う事で石化させてしまうから、私がキミを視界に入れなければ石にはならないから安心して。』
「……っ」

固まってしまっていた自身の体は石さんのその言葉で我に返り、彼女に触れようと手を伸ばした。しかし『それ以上は近づかないでね。』と言う彼女の声に再び静止した。

『一応私の「待て」は聞ける子達だけど、血の匂いで興奮しちゃうの。焦凍くん、まだ少し体育祭での傷が残ってるでしょう?』
「…」
『牙には猛毒があるから噛まれたら助けてあげられるか分からない。…もう戻っていいよ。』

その言葉を合図に頭にいた蛇達は漆黒の髪の毛へと変化した。彼女は右手を瞳に近づけ、先ほどまではめていたであろうコンタクトを装着して俺を見た。その表情には哀しみを纏って。

『ごめんね、いきなり。』
「いや…。」
『…私ね、子供の頃から友達や学校の先生にもずっと気味悪がられてきたの。"お前を見ると呪われるからあっちに行け"ってはっきり言われたこともあるし、言わなくても"近づくな"って目で訴えてくる人もいた。周りの人が私を怯えた目で見る事が凄く嫌いだった。』
「ひでぇ…。」
『ううん、それが当たり前の反応だと思う。石にされる恐怖は私自身も分かるから。暗くて冷たい部屋に閉じ込められて声を出したくても出せない、そんなの誰だって怖いよ。さらには毒蛇だもん。呪いって言葉を否定できないなって思うの。』
「それでも…!」
『…両親さえも同じだったの。』
「え…」
『いつも私に怯えて視界に入れないようにしてた。いつも遠く離れて私を見ていたような気がする。…だけど愛そうともしてくれてたの。酷い言葉を言われた記憶は一度もない。』
「…」
『幼い頃にね、夜に起きてトイレに行こうとしたら、リビングでお母さんが泣いてた。"石を愛したいのに怖いんだ"ってお父さんも泣いてた。それは今でもはっきり覚えてるの。だから学校を卒業してすぐ実家を出た。私のせいで二人が悲しむ顔は見たくなかったし。その時にお父さんから手紙と共に車のキーとキーケースを貰ったんだー。』
「そうだったのか…。」
『手紙には、素直な気持ちが綴ってあったよ。ちゃんと愛せなくてごめんって。』

あの車は父親の愛車だったらしく、就職祝いとしてくれたらしい。俺は何も声をかけることが出来なかった。自分とは違いすぎる生い立ちで、想像もしてなかった。『重い話でごめんね?』と笑顔を作って言う彼女のことを、俺は気づいたら自分の腕の中に閉じ込めていた。

『…怖くないの?』
「何がだ?」
『毒蛇、出てくるかもしれないのに。』
「制御出来てるからこそ今まで俺は知らなかったんだろ。」
『…そうだけど、それでも大体の人は気味悪がったり怖がったりして近づかないのに。付き合ってきた人だってそうだったし。』
「…?、見た目がちょっと変わるだけだろ。風貌の変わる個性持ちなんてゴロゴロいる。石さんは石さんだ。その目も髪の毛も綺麗だと俺は思う。」
『…!、マセガキ…。』

石さんは顔を真っ赤に染めて俺から視線を逸らしてそんな事を言った。その表情は初めて見るものだった。

「顔が赤いな…熱があんなら早く休んだ方が…」
『…ふふ、そうしようかな?焦凍くんといると調子が狂っちゃうから。』
「俺といると石さんがおかしく…」
『うん、もうなんでもいいや。』

彼女の笑った顔は今まで見てきたどの表情と比べても綺麗で愛らしかった。俺は彼女のこんな姿を自分の中に閉じ込めておきたくて、その身体を壊さぬよう抱きしめた_


個性:【メデューサ】
右の目と合わさった者を石化させる。石化は24時間経つか、彼女自身の涙で解除される。髪の毛は毒蛇へと変化する。

第一章fin..

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