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なまえ side
爆豪さん、上鳴さんとお酒を飲んだ翌日。
職場へと向かえば、昨晩同じく共に飲んだ同僚は完全に二日酔いで出社していた。この子とは入社時から一緒な上に職場のデスクは隣同士だ。
午前中の業務中は何度も伸びをしたり頭を押さえたりして、マグカップに入ったコーヒーをしきりに飲んでいた。昨晩一緒に飲んでいただけにやはり気になってしまう。彼女がコーヒーのおかわりをする回数を数えてしまっていて、出社してから2時間の間にもう4杯目だ。
私は立ち上がって、オフィスに設置してあるウォーターサーバーから紙コップへ水を入れ、彼女のデスクに置いた。ついでに鞄の中に常備していた頭痛薬も添えて。
『あまりコーヒーばかり飲んでると余計に疲れるんじゃない?』
「うぅ…お水ありがとう。頭痛薬も。…なまえはいいなぁ、お酒強くて。」
『強くないよ。そんなに飲んでないだけだよ?』
「私と同じペースでお酒頼んでたクセによく言うよ…このザルめ…。」
そう言って水を喉に流し込む彼女を見て、私は仕事に戻った。お酒に強いという自覚はないが、二日酔いにまでなった記憶はこれまでにない。二日酔いになるまでの量をいつも飲んでいないだけなのだと思う。私が"強い"のではなく彼女が"弱い"タイプの人間なのでは?と思ったが、それはなんとなく口には出さないでおいた。
PCの前で仕事をしていると、チャットのメッセージ受信を知らせるポップアップが表示された。
開いてみると隣に座る同僚からのメッセージだった。
"昨日、チャージズマの連絡先手に入れちゃった!"
"なまえはダイナマイトと帰ったんでしょ?何かあった??"
ハートの絵文字まで使われているメッセージを眺め、横目で彼女を盗み見ると、口角が上がっているのを隠しきれていなかった。なんとも嬉しげなのがPCからも隣からも伝わってくる。
"顔、緩んでるよ(笑)あと、私は何もないよ。"
それだけ打ってチャット画面を閉じた。
何か……。昨日の爆豪さんとのことを思い返しても特に報告するようなことはない。
最後の着信にはビックリしたけど…。
男性と電話越しで話をするなんて仕事以外でしない。通話となると変に緊張してしまって苦手だ。
それでも、昨日「次からは出ろ」と言われた以上、次出なかった時が怖い。
テレビで見ていただけの時よりも、私の中の爆豪さんの印象は和らいでいる。"唯我独尊、自分が絶対だ"という性格なのかと思っていたが、他人のペースに合わせているようにも感じる。替え玉見合いと昨日の居酒屋での2回しか会っていないが、ちゃんと"人の優しさ"を感じる。
昨日の帰り道だって、彼は何も言いはしなかったが私の歩くペースに合わせてくれていたんだと思う。
私の歩くスピードは他の人よりも遅いようで、友人からもよく「なまえ早く!(笑)」と言われてしまうことが多い。そして人のペースに付いていかなきゃと思い、いつも友人と共に行動した際には歩いているだけで疲れてしまうのだ。
昨晩、帰宅した後は足の疲れを感じず、思ってたほど悪い人じゃないのかも…と思った。
…私ってば、プロヒーローさん相手になんて事思ってるんだろう。
−−−−
仕事を終え、オフィスが入っているビルから出ると、ビルの前に人集りができていた。
どうしたんだろう?と思いながらも、明日になれば社内の噂話で流れてくるだろうと思い、立ち止まる事もなく自宅のある方向に足を向けた。
「離れろっつっとんだ!!!モブ供がァ!!!!」
ん??この声、この口の悪さ…何処かで…。
聞き覚えのある声に足を止めて振り返り、人集りの中心にいた人物を見てギョッとした。
…爆豪さん!?!?
あ、いやでも、今日連絡はなかったし私に用事があるわけじゃないだろう。たまたまここを通りかかったらたまたまファン達に捕まっただけよ。きっとそう。
自分の中で解決して、再び自宅の方向に向き直ろうとした時に爆豪さんとばっちり目があってしまった。
爆豪さんは私を見るや否や、その人集りを押し退けて私の目の前に立ち、赤い瞳を真っ直ぐ私に向けて口を開いた。
「テメェが遅ェ所為であんなのに捕まっちまったじゃねぇか!!オラ、帰ンぞ!!」
『え??…私?…え?あの、ちょっとよく…』
「さっさと歩けやァ!!」
『!?、は、はいぃい…!』
何なのこの人…!?
悪い人じゃないかもって思ったばかりだけど、やっぱり怖いよう…。
言われるがままに歩き出せば、背後からは痛い程の視線を感じる。
「えー、彼女かなー?」
「どうなんだろう?ダイナマイトの彼女にしては普通すぎない??」
そんな会話まで聞こえる。
全部聞こえているのですが…。
刺さるような視線も、そんな聞こえてくる会話も嫌でいつもは通らない曲がり角を曲がり、彼女たちの視界から消えることにした。
「…悪かったな、叫んじまって」
角を曲がったところで、爆豪さんは苛立ちを抑えるようにしてそう口にした。
…冷静になって謝ってきたところを見ると、余程しつこく絡まれていたか、ファンサービスというものが苦手なのかどちらかだろうか?
『ところで、どうして私の職場分かったんですか?言ってませんでしたよね?』
「あ?昨日テメェの連れが飲みながらベラベラ喋ってやがっただろーが。」
『…あ、そういえば…。』
昨日の居酒屋でのことを思い返すと、そういえば事細かく彼女は場所を説明していたなぁと思う。
『私に何か用事がおありで?』
「…テメェのあの歌。」
『歌??個性のことですかね?』
「詳しく聞かせろや「なまえ?…と爆豪?」…ア?」
爆豪さんの言葉を聞いていると正面から優しい声に名を呼ばれ、爆豪さんの言葉を流して声のする方に視線は向いてしまう。
焦凍くんだ。
そうだった。突然の爆豪さんの登場に驚いて、焦凍くんに『迎えは大丈夫』と連絡するのを忘れていた。待ち合わせの約束などせずとも、私からの連絡がなければ基本的に此処で待ってくれているのだ。
「あ?ンでテメェが此処にいんだよ。」
「俺はだいたいいつも此処に来てるんだが。」
「…テメェら知り合いかよ。」
「あぁ、というか幼馴染だ。爆豪こそ、なんでなまえといるんだ?」
「あぁ?ンなモン俺の勝手だろーが!!」
『えぇっと…ちょっとした事で知り合いになっちゃって…それで今日はたまたま職場の前で…」
「たまたまじゃねぇわ!!!」
な、なんで爆豪さん焦凍くんと会ってからずっと怒ってるの…。
『…お2人は知り合い??…ですか?』
焦凍くんと爆豪さんを交互に見ながらそう尋ねると焦凍くんが答えてくれた。
「あぁ、高校の時のクラスメイトで友達だ。」
「なっ…!だっれが友達だゴラァ!ふざけんじゃねぇ!!」
「友達だろ。」
ほ、本当に友達…?
話の噛み合わない2人を見てそう思わざるを得ない。
「それより爆豪、なまえはこっから俺が送ってくからいいぞ。」
『え…?』
「何勝手に決めとンだ!!!」
「妹みてぇなもんだからな。俺が面倒見るさ。ここまでありがとな。」
「あ、おいコラテメッ!!」
焦凍くんは私に「行くぞ。」と言って手を引いた。私は戸惑いながらも、目を釣り上げている爆豪さんに軽く頭を下げ焦凍くんに付いて歩く。
…
どうしたんだろう。焦凍くん、怒ってるのかな?
先ほどから喋ってくれないし、
こんなに強く腕を掴まれるのも
こんなに早いペースで隣を歩かれるのも初めてだ。
『焦凍くん?何か怒ってるの?』と私が尋ねると彼は足を止めて振り返った。
彼のオッドアイは何故か寂しそうに私を見つめて微笑んでくれる。そして優しく私を抱きしめてきた。
『!っ…、しょうと…くん?どうしたの?』
「…わりぃ。少しだけこうさせてくれ。…この間からなまえが俺の知ってるなまえじゃねぇみたいに見えて不安になる。」
『…』
「爆豪と並んで歩いてんの見て、なまえが俺の隣から居なくなるって思っちまった。どうしちまったんだろうな…?」
『そ、れは私が聞いてることだよ?』
「なまえの隣は俺だけのものだと思っちまってた。もうガキの頃とは違ぇのにな。」
『…焦凍くん、私は…!』
「妹みてぇな奴が変わっちまうってのは、こうも寂しいんだな…」
最後の言葉を聞いて、何も言えなくなった。
途中出かかっていた『私はそのつもりだよ』というセリフを言わなくてよかったと思う。
馬鹿みたい。抱きしめられてドキドキして舞い上がって。結局私はどうやったって貴方の"妹"なの?それは一体何の線引きなの?
"私の心にはずっと焦凍くんしかいないのに。"
そう言いたくても言えない臆病な自分が嫌で下唇を強く噛んだ。
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