-05-
爆豪 side
ガラララー
仕事終わり、俺は以前の居酒屋に来ていた。あの歌の女を初めて見た居酒屋だ。年季の入った引き戸を引くと店内は何組か宴会でもしてんのか随分と賑わっていた。
店内に足を踏み入れれば「お、爆豪こっちこっちー!」とカウンター席で上鳴が手を挙げている。
今日ここに来たのは、このアホから「飲みに行こうぜー?」とメッセージが来ていたからだ。それも仕事が片付いて、さぁこれから帰ろうって時にだ。あまり行く気になれずそのメッセージを無視しようとした矢先、連続して送られてきた「この前の居酒屋にいるわ」というメッセージに勝手に指は「わかった」と打ち込んでしまっていた。
あの見合いからは1週間が経っていた。
あの女とは変わらず連絡をとっちゃいねぇ。自分から連絡先を聞いておいてなんだが、文字でのやりとりがどうにも煩わしくて苦手だ。電話をかければ一発で用件は伝えられるってのに…めんどくせぇ。
今日の昼にメッセージアプリから通話をかけておいたが、仕事中なのか敢えて出なかったのかは知らねぇが、あの女の声を聞くことは無かった。
あれから折り返しの連絡もねぇ。
アホの隣の椅子に腰掛けると「あ、おっちゃん、生一杯ね!」と俺のを頼み、コイツはすっかりこの居酒屋に馴染んでやがる。
「随分と馴染みやがって…通ってンのかよ。」
「そうそう♪あの歌姫ちゃんに会いたくてたまんねぇのよ。んで通ってんの♪」
「ケッ…で?…会えたンかよ」
「んーや!まだだ!まぁ簡単に会えねぇってのもレア感あっていいっしょ!なーんか、見た目は素朴なのに惹かれちまってさ!なぁ、これ運命の出会いしたんじゃね??」
ニカッと笑ってそう言う。
アホくせぇ。と言ってやろうとしたが、店主が「はい、生お待ち」とビールジョッキを目の前にドカッと置いたことで、笑ってやるタイミングを失っちまった。
ケッと吐いて、ビールを半分ほど喉に流し込む。
「ハッハッハ!!いやぁ、お兄ちゃんみてぇなお客さんはほんと多いさ!一度あの歌声を聞きゃ虜になっちまうよなぁ?」
「なぁ、おっちゃん、今日も来ねぇの?歌姫ちゃん。」
「お兄ちゃんもなかなか運が来ないねぇ?結構通ってくれてんのにな!!まぁ来るとすりゃ、時間的にもこのくらいなんだが……。」
ガラララ--
「らっしゃ…!お、噂をすれば姫さんの登場かい。」
店主の言葉に上鳴は勢いよく店の入り口に顔を向けた。
チラリと俺も視線をやると、入り口にはあの女が立っていた。隣にはもう1人女もいた。
隣に座っていた上鳴はというと感極まったのか椅子から立ち上がっちまっていて、女は自分を見つめてくる男を不思議そうな顔で見ていた。
店主は必死に笑いを堪えながらも「お兄ちゃんお兄ちゃん」と上鳴の意識を自分の方へと戻した。
「まぁまぁ落ち着きなって!通ってくれてる礼だ。俺に任せな。」
そう上鳴にコッソリと言ってやがった。
「なまえちゃん達、すまないね。今日はこんな感じで店内がいっぱいでな?悪りぃがこのお客さんたちと後ろのテーブル席で相席でもいいかい?」
『あ、それならまたにしますよ?』
「チャ、チャージズマとダダダ、ダイナマイトー!?!?!?」
そう声をあげたのはなまえの隣にいた女だった。一緒に飲みに来た連れなんだろう。アホ面はいい気になって「どうもー」と頭を掻いてやがる。
…顔緩めまくりやがって。
なまえの方に視線を戻せば、俺と目が合った途端に一瞬目を見開きすぐに視線を逸らされちまった。
昼間の電話に出なかったのがわざとか
着信に気づいていながらもそれに何の返答もしていない事への気まずさか…
そのどちらか、もしくはどちらともだろうと解釈するには充分な反応だった。
そのあと女2人で何やら話し合っていたが、なまえがもう1人の女に押し負けたようで、2人して俺たちの前に来た。
「店長があぁ言ってくれてるし、ご一緒しても良いですか?」
「お!いいのー??もちろん!!おっちゃん、あっちのテーブル借りるな!!」
上鳴はかなり上機嫌だ。自分と俺のグラスを持ってさっさとテーブルに移動し始めた。
なんで俺のまで持って行っとんだ…!!
仕方なく俺もテーブルに移動すると、女2人もテーブルの方に来る。なまえはあまり気乗りしなさそうな顔で、連れの女はなまえとは対照的にテンションが上がりまくっている様子だった。
テーブルに着くと、連れの女がラミネート加工された酒の種類が書かれたメニュー表を手にしてなまえに話しかけた。
「なまえ何飲むー?」
『あ、私は梅酒がいいや。』
「んーじゃあ私もそれにしよ♪」
『…爆豪さんは何か頼まれますか?グラスほとんど残ってないですし…。』
俺の真正面に座るなまえがそう口を開いた瞬間に連れの女はなまえを驚いた顔で見た。俺の隣に座っていた上鳴もまじまじとなまえを見ていた。
異様な空気になったのを感じたのか、なまえは俺たちを見渡して首をかしげた。
『あ、の…?私変なこと言いました??』
「あ、いや…俺たちまだ自己紹介とかもしてなかったのに爆豪さんって呼んだからさ…!もしかして、2人知り合い??」
『!?あ…、いえ…いや、ちょっと…』
「え!なになに!なまえ、ダイナマイトと知り合いだったのー??」
『えぇっと…そうじゃなくて……!』
「なになに2人怪しい感じー??」
連れの女からは食い気味に聞かれ、アホ面からはニヤついた顔で絡まれてやがるなまえの目線は泳ぎまくっている。
このアホ面の耳には入れたかねぇが…
どう返そうか困っているこの女を見ると放ってはおけなかった。俺はジョッキに残っていたビールを飲み干して口を開いた。
「互いに替え玉の見合いに行って、そこにいたのがたまたまコイツだっただけだわ。」
俺がそう言えば、案の定アホは今度は俺にニヤついた視線を送ってきやがった。
「へぇー?爆豪が"替え玉見合い"にねぇ??」
「あ?テメェ、その顔やめろや、殺すぞ。」
「やだ、爆豪さんてばこわーい!…ま、せっかく居酒屋来てんだし、酒頼んで飲もうぜー?」
ふざけて俺に返したあと、店内を歩く店員を呼びつけた。
酒や料理が届くまでの間に適当に自己紹介を済ませた。
…なんなんだよ、この集会は。
俺の真向かいに座っているなまえの動きを盗み見ると、やはりこんな小汚ねぇ居酒屋には不釣り合いだなと以前と同じ感想を思った。纏う雰囲気、話し方、笑い方、ゆっくりめの動作。自然と目を奪われちまっていた。
上鳴がなまえにあの歌声が最高だったと伝えれば、恥ずかしそうに笑って『そんなことありませんよ。』と謙遜をしてやがった。
あとの話の内容なんかほぼ入ってきちゃいねぇ。
連れの女からの「お二人は彼女とかいるんですか?」なんかの質問攻めが会話の7割を占めていたような気がする。あとの3割は上鳴のいつものふざけたトークと、女共の仕事の話なんかだったように思う。
1時間ほど飲むと、連れの女の方はかなり酔ってきたらしく、お開きにしようという流れになった。財布を出そうとする女共を上鳴が止めて支払いを済ませる。
店外へ出て連れの女になまえが肩を貸してやり『もう、飲み過ぎだよ。』と呆れた声をかけ、俺たちに頭を下げた。
『この子、コッチなので送って行きます。お二人の帰り道はそちらですか?』
「なまえちゃんの帰り道はその子と同じ方面なの?」
『あ、いえ。私は反対方向ですけど、この子が心配なので…。』
「あ!じゃあ俺帰りそっちだから丁度いいじゃん!その子は俺が送って帰るよ!女の子2人じゃ危ないしさ!」
『え…でも。』
「いいからいいから!だからなまえちゃんは爆豪と帰って!…爆豪任せた!!」
「あ??」
「なまえちゃんのことばっか見てるから、俺は引いてやるよ!感謝しろよー?」
最後のセリフは俺にだけ聞こえるように言って、上鳴はその連れの女をなまえから剥がし、「じゃな!」と2人で歩き始めた。
居酒屋の前に残された俺となまえ。
先に行っちまった2人の後ろ姿を眺めている女に「こっちなんだろ、…帰ンぞ」と声をかけ足を進めた。
女は少し間を開けつつも小さく返事をして、俺の後ろを付いてきていた。
酒が入って体温の上がった身体に、秋の夜風は気持ちが良い。
特に会話もなしに歩いていたが、その沈黙を破ったのはなまえの方だった。
『…あの、お昼の電話…出られなくてスミマセンでした。』
「…」
『私、電話ってなんだか苦手で…爆豪さんからの着信の画面見てどうしようって思ってる間に切れてしまって。かけ直す勇気も出なくて、メッセージで折り返そうともしたんですけど、それも失礼かなとか考えてるうちに気づいたら夕方になってて…。』
たかが電話一本で半日も悩んでたんかよ…。
申し訳なさそうに下を向いて話すなまえの顔を見て、あと少しで口から出かかったその言葉を飲み込んだ。その代わりにため息と共に「今日、飯付き合えって言いたかっただけだわ。ンなに気にしてンじゃねぇよ。」と、そんなセリフが漏れた。
俺の言葉になまえが『ふふ』と笑う声が聞こえる。
「何笑っとンだ。」
『いえ……じゃあ今日あの居酒屋に行って正解だったな、と思って。』
「…」
『あ、でも次は私が奢るって約束が果たせなかったので、また次の機会ですね?』
女は優しく笑ってそう言った。
俺に初めて見せる女の表情に目が離せなくなっちまっていた。
歌声を初めて聞いたあの日、この女は俺の頭ン中にあるめんどくせぇ事全てを取っ払っていった。そして、俺の脳内に居座り続けている。
なんなんだ?この女の個性が"歌声を聞いた者を魅了する"とかなら、俺はまんまとこの女の個性にかかっちまってる。あのアホ面も同じような事を言ってやがったし、その可能性は充分あり得る。もし俺の予想が当たっているならば、他人に感情を操作されているようで腹立たしいと感じるのがいつもの俺だ。
それなのに、不思議とこの女の個性には、かかっちまってんのも悪くねぇと思う自分がいる。
あの歌声の正体について尋ねようと口を開こうとすれば、『あ、私の家ここなので。送っていただいてありがとうございました。』と頭を下げてアパートの階段の方へと歩いて行った。
その後ろ姿が視界から消えたあと、俺はスマホを取り出して耳に当てた。
掛けた先はみょうじなまえ。まだ別れて10秒と経っちゃいねぇ。3回程のコール音のあと『はい、どうかされましたか?』と受話口から声が聞こえた。
「出れんじゃねぇか、電話。」
『!!、わ、別れてすぐだったので何かあったかと思って…!』
「…次からはちゃんと電話出ろや。じゃあな。」
電話の向こうで何か言いたそうに『あ、ちょっと…』と言っているのが聞こえたが、一方的に通話終了のアイコンをタップした。
まぁもう少しの間、あの女の個性にかかってやるか。
ひんやりとした夜風を身体に感じながらそんな事を思った。
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