-03-
爆豪 side
「ダイナマイトさん、どうでした?この間のお見合いは。」
勤務時間を終えたサイドキックの一人にそう声をかけられる。
スマホを片手にニヤついた顔を向けてくるその表情を見て爆破してやろうかと思っちまった。
「いやぁ、それにしてもダイナマイトさんってこんな子がタイプだったなんて意外ですね?」
「あ?」
「だってこの子、化粧は濃いめ、その上アプリで顔加工してますよ?加工まみれの女に興味が湧くなんてちょっと意外でした。」
そう言って俺にスマホの画面を向けてくる。
画面に映る女の面はついこの間会った奴と似ている。だが、なまえと会った後にこの写真を見ると全然違ぇなと思い始めた。おそらくこの写真の女こそがみょうじなまえの姉なんだろう。
「…その写真の女に興味が湧いたわけじゃねェわ。」
「ダイナマイトさん?…でも俺が見合い断ろうとしてた時にこの写真見て、"俺と代われ"って言ってましたよね?」
「チッ…るせぇな!!テメェは此処でくっちゃべってる暇あんなら仕事くれてやろうか!?あぁ!?」
「…はいはい、帰りますよー。お疲れ様でしたー!」
…たくっ、面倒くせぇ野郎だ。
ドカッとデスクの椅子に腰掛け、ちらりとスマホを見る。
あの見合いから数日が経ったが、連絡はとっちゃいねぇ。
そもそも俺が見合いってのに行こうと思ったのは、1ヶ月前の出来事があったからだ。
−−−−
1ヶ月前。
この日は切島、上鳴、瀬呂、俺で飲みに行く約束をしていた。アホ面に「オススメの店がある」と言って連れて来られた所は、普通の小汚い居酒屋だったが、週末でもねぇのにやけに賑わってやがんなと思った。テーブル席に通されると、瀬呂が「美味いメニューでもあんの?」と聞くがアホ面は「そうじゃねぇんだよー」と得意気な顔をして言いやがる。
「実はなこの居酒屋、稀に歌姫に会えるって噂なんだよ!」
「歌姫ぇ??なんだそりゃ?大物歌手でも来んの?」
「いやぁ、俺も会ったことはねぇの!噂では稀に飲みに来る普通の客らしい。んで、その歌姫ちゃんの歌声聴くとすんげぇ癒されるんだってよ!」
「その歌姫さんってのが、この店の名物ってことか?」
「そーいうコト♪」
興味ありげにアホ面の話を聞いている瀬呂や切島の様子を見ながら「馬鹿馬鹿しい」くらいに思っていた。
酒や食いモンを頼んで近況を話しながら飲んでりゃいつの間にかコイツらは"噂の歌姫"の事など忘れて、普通に酒の席を楽しんでやがった。
「あ、テレビ!爆豪出てるわ。」
向かいに座っていた上鳴が俺の背後を指差してそう言う。振り向いてカウンター横のテレビに視線を向けると、それはつい先日パトロール中にインタビュアーに遭遇した時の物だった。
「プハッ、爆豪相変わらず顔怖ぇえ。」
「よく声かけたよなー!」
「おう!でも仕事中だっつって切るあたり、爆豪らしいよな!」
「無許可で話しかけて来る方が悪りィわ!!俺様は忙しいんだよ!アポ取れやアポを!!」
「俺らにキレてもしゃーねぇよ!爆豪!」
3人を睨みながら叫んでいると背後から「ダイナマイトだ!!」と言う女の声を拾っちまう。その声を拾ったのは俺だけじゃなく他の3人も同様だった様子。
その声の主を視界に入れちゃいねぇが、様子を聞いているとテレビを見ながら女2人で話しているようだった。
『好きだね、ダイナマイト。』
「かっこいいじゃーん!ヒーローランク上位!イケメン!ちょっと口は悪いけど、でもでも自信に満ち溢れててそこが好き!」
『ハハ、私は怖くて苦手だなぁ…。発言も顔も怖い…。』
「なまえはショート派だもんね!」
『なに、ショート派って(笑)…でも、ヒーローではショートが好き。』
女共のやりとりを聞いて、「爆豪ビビられてんじゃーん。」とアホ面がニヤついた顔を俺に向けてきて「ビビってんじゃねぇわカス!!!!」と声を荒げちまう。
振り返って背後のカウンターに座る女を見る。俺のことをビビってやがるであろう女は、この小汚い居酒屋には似合わねぇなと思うほど品のある動きをしやがる。
薄いグリーンのワンピース、箸の持ち方、姿勢の良さ、口元に手を当てて笑う姿、髪の毛を耳にかける仕草まで丁寧だと思っちまった。
その女に店主が親しげに話しかけるとソイツは困ったように笑った。
そのあと店主は、すぐ側に置いてあったのか鍋とお玉を両手に持ちカンカンとデカい音を店内に響かせた。
「さぁさぁ今日此処に来たお客さん達はラッキーだ!これ目当てで来てる人が多いんだろう!今日は、この店の名物、"歌姫ちゃん"の素敵な歌声が聞けちゃうよー!!」
さほど大きくはない店内でそう声を張り上げる。
女は『おじさん、その呼び方はやめてって言ってるのに…』と掌で顔を覆う。
ソイツの隣に座る女にもまた「歌姫ちゃんがんばれぇ!」と茶化されると拳を作って軽く小突く。
その女は店主に何かを言った後、席から立ち上がる。
ついさっきまでうるさかった店内は、その歌姫の歌声とやらを待ち詫びているのか客達が静まり返っていた。
『…ーー♪ー♪…』
…
あまりにも美しい歌声にその場の皆が聞き入っていた。
それは俺自身も同様にだ。
頭ン中が急に澄んできやがるし、明日の業務がどうだとか何もかも忘れちまって、心が軽くなるような感覚さえした。
脳味噌を入れ替えられたような気分だった。
歌い終わると店内には拍手が溢れかえる。
恥ずかしげに笑いながら頭を下げるその女に、
珍しく自分以外の他人に
興味ってのが湧いた瞬間だった。
そんな出来事から2週間ほど経った頃、事務所でサイドキックの奴が見合いが面倒だとほざいていやがった。
一瞬だけ見えてしまったスマホの画面に思わず、ソイツの手からスマホを奪い取って画面に映る写真を眺める。
あの時の女の顔に似ていた。
ただ、ツラが濃い。雰囲気もどことなく違ぇ。
「オイ、その見合いってやつ俺と代われや。」
「え…は!?!?ダイナマイトさん!?」
正直自分でもどうかしてンじゃねぇかと思っちまった。その女に似てるってだけで体が突き動かされちまう。
全然関係ねぇ奴かもしんねぇのに。
たかが居酒屋で見かけただけの女。
ただ、あの歌声の正体を知りたかった。
見合いってのに行けば、そこにいた女があん時の"歌姫"だということは一目でわかった。
その女も姉貴の替え玉で来たということを知って、写真と雰囲気が違うことには納得がいった。
−−−−
見合いとやらを終わらせて、連絡先をほぼ強制的に手に入れたが…
なかなか業務を早く切り上げられる日もなく、連絡ができちゃいねぇ。
あの歌声が気になる。もう一度聞かせろや。
スマホの連絡先に登録されたみょうじなまえという名前を見ながらそんなことを考えていた。
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