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なまえ side
『ん……』
目を覚ますと、何も纏ってない素肌は暖かい温もりに包まれていた。目の前に広がる鍛え上げられた身体を見て、息を吸い込むと大好きな人の香りが自分の中に広がって、全身がこの人に染まっていくようで嬉しくなる。
何時に寝たんだっけ…。最後に時間を確認したのが5時とかだった気がする…。勝己さんのタフネスさは以前から分かっていたつもりだった。つもりだった…。昨日、というか今日、初めてこんなに長く身体を重ねた。いつもはかなりセーブをしてくれてるんだろう。
それにしても……
よ、よく耐えたな、私……。
首を回すと、近くに置いてあったデジタル時計がAM11時と記しているのが見えた。朝ごはんにと思ってタイマーをかけておいた炊飯器の中身はお昼ご飯に代わるなぁ…なんて思いながら昼食の事を考え始めた。
ご飯はおむすびにして、勝己さんは何の味が好きなんだろう。おかかだろうか、梅だろうか…。お味噌汁があったら飲んでくれるのかな。…とりあえずキッチンに行って考えようと思って、身体を動かそうとするも、身体は全く動かなかった。回されていた腕にグッと力を込められたような気がするし、背中に触れていた骨ばった掌は私の肌を撫でるように優しく触れてきていた。その触れ方で私の身体は昨晩から今朝にかけての行為を思い出してピクッと反応した。
顔を上に向けると、まだ完全には起きていないぼんやりとした赤い瞳と目があった。こうして朝を共に迎えることはあまり無い為か、未だにこんなシチュエーションには慣れずドキリとしてしまう。
『お、はようございます…。』
平常心を…と言い聞かせながら、言葉が走ってしまわないように気をつけて朝の挨拶をした。しかもその声はガラガラでちゃんと彼の耳に聞こえていたのかは疑問だった。彼は「ん。」と私への返事かどうかも微妙な音を発したあと、私の額に唇を寄せてきた。
心臓が破裂してしまうんじゃないかってくらいにドクドクと早く音を立て始める。それを聞かれまいと距離を取ろうとするも、彼の腕はそれを許してはくれない。しかもグルリと視界を回されたかと思えば、仰向けに寝かされているし私の上には彼がのしかかってきている。赤い瞳は依然とぼんやりとしていた。
…もしかしてまだ寝ぼけてらっしゃる…?だとしたらまずい…。一眠りしたからと言っても身体が限界だし、喉も…。
なんとか彼を止めないと…、とガッシリとした肩を押し返しながら『あの…勝己さん…?』と声をかけた。だが男性の力に女の私が敵うはずもなく、彼の顔がだんだんとドアップになってくる。
ギュッと強く目を閉じて身構えたというのに、喉の辺りをれるっと優しく舐め上げられる感覚がやってくるだけだった。『へ?』と声を上げると彼は体を持ち上げながら口を開いた。
「…悪かったな、声枯らしちまって。あと、此処も…。」
そう言って今度は下腹の辺りにちゅ、とキスをしてその辺りにもゆっくりと舌を這わせてきた。その行為にまたしてもお腹の奥はきゅんと疼いてしまう。
『大丈夫ですよ…、休憩挟みつつして頂いたので…!』
“休憩”と呼ばれるその時間が私は好きだった。
甘く深く口付けをされながら、「なまえ…」と優しく名前を囁かれるのが愛しくて、汗を垂らして顔を歪ませながら「悪りィ…」と余裕なさげに謝罪をしてくるのが煽情的で…。身体がキツいのは勿論あった。それなのに、そうやって“休憩”時間が訪れる度に私は彼をもっと欲しくなっていた。
散々愛された身体は下腹の辺りに唇を這わされるだけで反応してしまいそうになる。それがなんだか恥ずかしくて身体を起こそうとした。
ー♪ー♪…
静かな室内に陽気なメロディが鳴り響いた。二人のうちどちらかのスマホの着信音か、アラーム音か…。何にせよ、その音のおかげで私の上に乗っていた勝己さんは私を離してくれて、彼の腕は私の頭の上を通り越して行く。
「…てめェのスマホだ。」
どうやら鳴っていたのは私のスマホだったようで、勝己さんの手からそれを受け取り、画面を確認すると同僚からの着信を知らせていた。
同僚というのは、おなじみの彼女である。彼女もまた上鳴さんとは順調に恋人同士としてやっているようだ。
『電話に出てもいいですか?』と聞くと、彼は「ん。」とだけ返事をして再びベッドに横になった。彼とは反対に私は体を起き上がらせてベッドに座り込んでスマホを耳に当てた。
『もしもしおはよう。』
“…なまえ?、で、いいんだよね?声大丈夫?”
『あ、はは…私だよ。えっと、起きたばっかりだからかな?』
“珍しいね、なまえが昼前まで寝てるなんて?”
『寝る時間を削って読んでいた小説を読み終えたの…。』
苦しい言い訳に同僚は“ふぅん?”とあまり納得してないような返事をしていた。彼女の背後で上鳴さんが“なになになまえちゃん?…おはよー!”という声が聞こえて『上鳴さん、おはようございます…。』と私の声が聞こえているのかは定かではないが、上鳴さんに朝の挨拶を返しておいた。
彼女も上鳴さんと一緒だったのか…。でも彼氏といるのに私に電話なんてどうしたんだろうか?
疑問に思っていると、彼女は私の曖昧な返答などあまり気にしてなかったのか、“まぁいいや、ところで…”と本題に入ってくれた。
“なまえって今何処にいる?”
『勝己さんの家だけど、どうかしたの?』
“やっぱりかぁ。じゃあ今日は家から出ない方がいいかも!”
『どうして?』
首を傾げていると、背後でシーツの擦れる音が聞こえた。彼女の話を聞きながら後ろを向こうとすると、背中は自分よりも大きな温もりに包まれた。距離を取ろうと腰を持ち上げると背後から伸びてきた腕は腰に回されて後ろ側に引き寄せられる。スマホの向こう側の彼女に聞こえないように、スマホを耳から離して後ろにいる彼に『あ、後にしてくださいよ…!』と小声で声をかけるが、彼は私の肩に軽く歯を立ててきて、この行為を辞める気はないように思えた。
声を出してしまいそうになる唇をスマホを持たない手で押さえながら、彼にストップをかける術に思考を巡らせた。
私が顔を後ろへと向けると、勝己さんは肩から唇を離してくれた。顔を上げた彼の唇に勢い任せに自らのを重ねると、彼は目を見開いてそれはもう至極驚いた顔をしていた。
『続き、あとでしましょ…?』
私がそう言うと、勝己さんは再び私の体を背後から強く包み込んで「わぁった…。」と返事をしてベッドから立ち上がった。
離してくれた事にホッとしていると、スマホからは“聞いてるー?なまえー?”と何度も声をかけていたのか、痺れを切らしたような声が聞こえた。彼がクローゼットを開けるのを見ながら、私はスマホを耳に当て直した。
『ごめん…、なに?』
“だからー、昨日なまえがダイナマイトのマンションに入ってく所、写真撮られててSNSでめちゃくちゃ話題になってるの!【前はダイナマイトと一緒に入って行った女、今日は一人でマンション内へ…。合鍵持ってる仲?】って呟かれてた。”
『へ!?』
“勿論、顔はちゃんと隠れてたけどさ…【まだダイナマイトも女も出てこないー】とか【一晩一緒に過ごす関係の女がいるってこと?】とか他にもエトセトラ……、SNSでダイナマイトファンがここまで呟いてるって事は、そのマンション付近に張り込んでる人が数人はいるんじゃない?”
『!?…私、見つかったら殺されるんじゃ…!』
“だからそうならない為に忠告してるの!なまえあんまりSNSとか見ないから、教えとこうと思って。”
『ありがとう。とりあえず勝己さんにも相談してみるね。』
“はーい!それがいいわね。彼氏の家に泊まっておいて、昼前まで寝過ごした言い訳が『朝まで本読んでました、』なんて下手な嘘しかつけないなまえチャンには不安しかないからねぇ?”
『………っ、からかわないで…!こっちは必死だったんだから…。』
“はいはい。じゃ、検討を祈る!”
そこで彼女との通話は終了した。ふぅ…と息を一つ吐く私に近づいてきた勝己さんは既にラフな服装を身に纏っていた。「何かあったかよ。」とぶっきらぼうに問い掛けてくる彼に『それが…』と説明しようとすると、突然視界は真っ暗になった。が、すぐに明るくなり、すぐ下に視線を落とすと、首の辺りに黒いものがある。どうやら服を被せられたようだった。するすると裾を下された大きめのトレーナーは勝己さんのもののようで、私の上半身はすっぽりと覆われた。
身体を引き寄せられ、重なった唇はすぐに離された。彼の瞳は意地悪く赤くギラついていて、私を捕らえた。
「続き、すンだろ?」
『!?、…あれはあの時の…!んぅっ…』
言い訳をしようにも再び唇は塞がれてしまうし
彼の身体を押し返そうにも服の中に収まったままの腕では抵抗もまともにできなかった。
そもそも、勝己さんからキスをされると、身体には力が入らなくなってしまってるんだから、抵抗なんてしてないのも同じだ。
あぁもう…。本当に、抗えない_
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