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なまえ side
『……』
綺麗に整備された庭を二人で歩くこと五分、会話は無しだ。
あぁ…こんな素敵なお庭、好きな人と歩けたら幸せなのに。
そんな事を思いながら、焦凍くんを想う。
しかし、昨日の彼が私と接する態度を思い出すと、やはり胸が痛い。
恋愛感情を抱いているのは自分だけ。5歳から18年も続く、"幼馴染"であり"妹ポジション"である私の立ち位置は、どう足掻いたって"恋愛対象"には成り得ない。
私のこの気持ちが消えてしまえば楽なのに。
『…わっ!?』
私の前を歩いていたダイナマイトさんにぶつかってしまった。考え事をしていて立ち止まっていた事に気づかなかった。
『いっ…!ごご、ごめんなさいぃい…!考え事してて前見てなく…て?』
殺されると思って必死にぺこぺこと頭を下げて謝るが、全く反応を示さない彼を不思議に思い、彼の視線の先を見ると、目の前には池。そんなに大きくはないが、覗くと綺麗な鯉が数匹ゆらゆらと泳いでいた。
『庭のこんなに奥に鯉…?』
「…」
『…綺麗な色ですね。』
そう話をふってもダイナマイトさんから返事がくる事はない。
掴めない…!この人はなんで替え玉同士のこのお見合いを続行する気になったの!
彼の後ろ姿を見てふと疑問に思う。
首を傾げて考えているとダイナマイトさんが身体を此方に向けるものだから、私と目が合ってしまう。
今日初めてまともにお顔を拝見したけど、テレビで見るほどの怖さはないと思うのは気のせいだろうか?
目付きはテレビで見るときと変わらず悪いのだけど、その瞳の奥には優しさがあるように感じる。
「やっとまともに俺を見たじゃねぇか。」
『!?…ス、スミマセン!私みたいな奴の視界に本物のダイナマイトさんを入れてしまって…!!!』
「あ゛?テメェ何言ってンだ?あと、今は勤務時間外だわ、その呼び方辞めろや!」
『ご、ごめんなさい…では、なんとお呼びすれば?』
「爆豪勝己だ。好きに呼べ。」
『ばく、ごうさん。』
「…たくっ、硬くなりすぎなんだよ。手間かけさせやがって。オイ、部屋戻ンぞ。」
そう言って爆豪さんは来た道を戻り始める。
あ、れ…?
もしかして私が緊張してるの分かって、それを解そうと外に連れ出してくれたのかな?
顔怖いし、ずっと怒ってるみたいな人だけど、意外と優し…「俺が来いっつったらさっさと歩けやこのノロマァ!!」
『ヒッ…!ごめんなさいぃい!!!』
やっぱり怖い…。心底帰りたい…!!!
お部屋に戻ってからもやはり沈黙の時間が大半を占めた。
本当にどうしてこの人はこの替え玉見合いなんて続行してるの…。お互いに替え玉と分かった時点で解散で良かったのでは?
外の景色を睨むように見る爆豪さんを見てそう思う。
替え玉同士のお見合いと言いつつも、現状プロヒーローの貴重な時間を私のような者に割いていることに変わりはない。
私は目の前に置かれたお茶を一口喉に流し込み、爆豪さんに話かけた。
『あの、プロヒーローって…凄いですよね。』
「あ?」
『…何人もの人を助けて、ヒーローがいるからこそみんな安心して笑って暮らせる。けど、大変なお仕事ですよね。』
「まぁ、楽じゃねぇな。」
『ふふ、平凡に仕事してる私とは大違いです。』
「…災害やヴィランから人を助ける奴だけがスゲー奴じゃねぇだろ。」
『と、言いますと?』
「…テメェだって、スゲー奴だろーが。」
爆豪さんの言ってる意味がわからず首を傾げて見せるが彼は「なんでもねぇよ!」と叫んでまた視線を窓の外に向けてしまう。
結局その言葉の意味については教えてもらえ無かった。まぁきっと彼なりの励ましだったのだろうと思い、深く聞くのは辞めておいた。
"ヒーローじゃなくたって、人の為にはなってるだろ"
とかそんな意味合いだろう。
それからは特に会話も無しに、替え玉同士のお見合いはお開きとなった。
『では、今日はこれで。』とお別れの文言を述べる。
…や、やっと帰れる。有名人と一緒にいるというのは気が張ってしまう。
焦凍くんも爆豪さんと同じくらいに有名人だけど、"幼馴染"という関係のおかげで気が張る事はない。
そして何より焦凍くんは怖くない…。
初めより顔は見れるようにはなったが、それでもこの鋭い目付きには萎縮してしまう。
もう会う事はないだろうと思いながら『これからも頑張ってください、応援してます。』と頭を下げて伝え、立ち上がって部屋から出ようとした時に、ふとお会計の事が気になってしまってしまった。
『お会計ってどこでするんでしょう?』
「あ?もう済んどるわ。」
『えぇ!?…いつの間に…。あの半分出します、いくらでした?』
「覚えてねぇ。」
『そんな…。』
どうしよう、と考えている私の目の前に爆豪さんが立つ。距離が近くて見上げるようになってしまう。
『ばくごうさん?』
「次ン時にテメェが奢れ。それでいい。」
『…へ?』
次??つぎ??
次ってなに!?
頭の中で爆豪さんの言った言葉を何度リピート再生して確認しても、間違いなく「次の時」と言っている。
『ええっと、それは…?』
「さっさと連絡先よこせやァ!!」
『ヒッ……!』
目を吊り上げてそう言われると、怖くて従うしか出来なくなる。
うぅ、やっぱりこの人怖い…。苦手だぁ……。
慌てて鞄からスマホを取り出し、震える手で操作して自分の連絡先を差し出した。
数秒後にはわたしのスマホが震えてメッセージの受信を知らせる。確認すると知らない連絡先からのメッセージで、爆豪さんが「俺ンだ。」とだけ言った。
爆豪さんはそのまま部屋を出て行ってしまった。
私はというと、既に画面の真っ暗になったスマホをしばらくボーッと眺めていた。
父親と焦凍くん以外の男の人の連絡先なんて、初めて手に入れてしまった。
しかもプロヒーローの……。
しかも怖い人の……。
あのダイナマイトよ?
こんなこと誰が想像できる?
替え玉でお見合いに行けと言われて、行けばそこに居たのはまさかのヒーローランクトップクラスの人。…お見合いなんて興味のなさそうな。
そして、テレビで見かける度に「この人怖いなぁ。」と思っていた人物だ。
『今度奢れだなんて、私が気にしないようにかけてくれた言葉。ただの社交辞令よ。そうよ…今後連絡なんて来ない。会うこともないの。』
自分に言い聞かせるように、心の声が口から出てしまっていた。
あの鋭い瞳を思い出すだけで心臓が縮みそうになる。
…神様、どうかこのまま平凡な人生を送らせてください…っ!
そう心の中で必死に神頼みをした。
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