-24-
なまえ side
爆豪さんの女性関係についての嫌な話を聞いた日から3日が経った。あの日以来私は、夜はまともに眠れず、昼は仕事してる以外の時間は同じことばかり考えるようになっていた。
この3日間、爆豪さんとまともに連絡を取り合ってもいない。それが余計に私の考える事を増やしてしまっているようにも感じる。
スマホを開いて3日前の夜にかかっていた爆豪さんからの不在着信の履歴を眺める。
…この着信を折り返す勇気が出ない。
電話をかけて、冷たい態度を取られてしまったらどうしよう。
いつも通り接してもらっても私が抱いているこの不安は拭えないし…、
かと言って『私は貴方の数いる女性のうちの一人ですか?』なんて口にするだけで涙が出そうだ。
幸いにも爆豪さんからメッセージで「1週間遠征に出る」と来ていたし、邪魔にならぬよう通話は控えようと自分の中で決めていた。彼の方も忙しいのか、あれ以来着信がなくて寂しくて不安な気持ちもあるが、少しホッとしている自分もいる。
今声を聞けば、安心できるのか、不安が増すのか分からない。
スマホをバッグに収め、退勤の支度を再開させていると、隣のデスクの同僚から声をかけられた。
「なまえ最近何かあった?」
『…ううん、なんにもないよ?』
「嘘。ずっと浮かない顔してるし、目の下のクマ凄いもん。」
『…』
「…ダイナマイト?」
その名を出されると何故だか急に目から涙が溢れそうになってしまった。彼女は私の手首を掴んで「こっち。」と休憩スペースに連れて行ってくれた。
退勤時間な事もあって、今この休憩スペースには誰もいなかった。彼女は扉を閉め、小さなテーブルの前の椅子に私を座らせた。そしてコーヒーの入った紙コップを置いてくれた。
「何があったか聞いてもいい?」
『…実は…』
私は彼女に3日前の事を話した。途中で話を入れる事などせず、私が全て話し終わるのを待ってくれた。『…なんて話を聞いて、もやもやしてて』と言うと、彼女は口を開いた。
「私はダイナマイトはなまえの事、すごく好きだと思うよ?」
『どうしてそう思うの?』
「なまえが攫われた時ね、私が警察に言ってもすぐには動いてくれなかったのに、ダイナマイトは話聞いてすぐになまえに電話を掛けてくれたの。しかも居場所も特定できてないのに飛び出して行ったの。」
『…それは彼が自分の管轄エリアで事件起こされたくなかったから…。』
「ううん。あの時、一緒にいたサイドキックが「冷静に状況を把握して指示を出す人が、あんなに取り乱すなんて。」って驚いてた。たぶんなまえだったからあんなに取り乱してたんだと思う。」
『…私じゃなくても、彼は同じ行動をしたと思…!?』
私がそう言っていると彼女は私の頬を指で摘んだ。そしてニコリと笑って「今日時間ある?」と聞いてきた。そして「暗い顔ばかりしてちゃダメ。今日は楽しもうよ!」と言ってくる彼女に私は首を縦に振った。
−−−−
職場を出て同僚に連れられて歩くこと20分。
「着いたー!」と彼女が足を止めた先にあるのは初めてくる居酒屋だった。半ば強引に中に入らされる。彼女はというと、店内をキョロキョロを見渡して誰かを探している様子だった。「こっちこっちー!」と快活な男性の声がし、彼女はそちらに手を振ったあと、私の手を引いて席まで連れて行ってくれた。
手を振っていた男性は上鳴さんで、席に案内されれば更に二人の人物がテーブルについていた。その二人の顔を見た瞬間に、それはもう驚かされた。
『へ…!?セロファンと烈怒頼雄斗…??』
「あ、俺たちの事知ってくれてんの?うれしー!」
「あーー!アンタたしか歌姫のー!え?上鳴の彼女って姫さんなのか?」
上鳴の…彼女?…姫!?
私が全力で首を横に振ると上鳴さんが「なまえちゃん頭もげるってw」とツッコミを入れた。そして同僚の体を引き寄せて「この子が俺の彼女でーす!」となんとも嬉しげに二人に彼女を紹介していた。
「そうだったかー!良かったな上鳴!可愛い子じゃん!」
「上鳴のことよろしくなー!コイツチャラっチャラな見た目のクセして結構重いからw」
「瀬呂ー、んな事ねぇってー!」
「えー、私は重いくらいが好きなのにー!」
な、何…彼女お披露目会…?
彼女は自分から上鳴さんにそんな事を言っておきながら、デレデレする彼を放っておいて、私の腕に自分の腕を絡ませてきて二人に向かって口を開いた。
「そしてこの子は私の友達のみょうじなまえちゃんです♪」
「切島が言った通り、前行った居酒屋の歌姫ちゃんな♪」
彼女に付け足して上鳴さんもそう言った。
二人が私を紹介すると烈怒頼雄斗とセロファンはニッと笑って口を開いた。
「おおー!やっぱし!俺は切島鋭児郎。よろしくな!」
「へぇー!あの歌姫ちゃんかぁ。俺は瀬呂範太、よろしく!」
私が『歌姫なんて呼び方はちょっと…みょうじなまえと申します。』と言って軽く頭を下げると、瀬呂さんが「立ってんのもアレだし二人とも座りなー?」と言ってくれた。座ると切島さんが口を開いた。
「いやぁ、上鳴から彼女を紹介したいって呼ばれて来てみたら、女の子が二人来て驚いた!」
『あ…ごめんなさい。私が飛び入りの参加者でして…。』
「いや悪ィ!責めてるワケじゃねぇんだ!」
顔の前で両掌を合わせて謝るジェスチャーをする切島さんを見て、いい人そうだなとホッとした。
後から来た私たちもお酒を頼んで乾杯をしたあと、切島さんがまた口を開いた。
「あ、本当はこのメンバーならいつもは爆豪…あーっと、ダイナマイトもいるんだけど、アイツ今日は来れねぇみてぇでな!」
瀬呂さんがニシシと笑って切島さんの言葉に乗せた。
「アイツ行かねぇっつったものの、後で俺らから聞いたら怒るかもな。みみっちぃからw」
「確実にキレるだろーなwまさか自分の彼女が来てるなんて思いもしねぇだろーから!」
「「え??」」
上鳴さんの言葉に瀬呂さんと切島さんはまじまじと上鳴さんを見た。そして切島さんが「彼女って…」と言ったあと全員の視線が私に集まった。そして最初に言葉を発したのは瀬呂さんだった。
「えーーーー!?!?!?待った、タンマ!!爆豪と歌姫…じゃなくてなまえちゃん??ま??」
「そうそう♪実は俺ら四人は一回一緒にメシ食ってて、そん時の爆豪ときたらなまえちゃんの事ガン見なのよw」
『か、上鳴さん…!話を盛らないで下さい…!』
「電気の言う通りだよ!悲しいくらい私に興味なかったよ。」
「へぇー、んな事があったのか!それにしても爆豪に彼女居たのは驚いた!アイツ全然言わねェモンそういう事。」
「俺ならすぐ今日みたいに自慢したいけどなー?」
上鳴さんがそう言うと、瀬呂さんは「アイツは冷やかされんの嫌いだろw」と笑っていた。そして私の方に視線を向けて「でもまぁ、それなら爆豪の奴にも断りは入れとかねぇとな」と言ってスマホを取り出した。カメラをインカメにし、5人全員が写るよう腕を伸ばしてカシャッ_とこの場を写真に収めた。
そして何やらスマホを操作していた。「おっし、これでオッケー!飲もうぜ!」と言っているが、一体何がオッケーなのかはよく分からなかった。
少しの間この場を盛り上がらせた話の内容は爆豪さん、上鳴さん、同僚、私の四人の食事会についてだった。なんでそんな成り行きになったのかとか、上鳴さんと彼女の馴れ初めとか…もちろん爆豪さんと私の話にもなった。だが、その類の質問に私はぎこちない返事をしてしまい、この賑やかな空間に変な空気を流してしまった。私が今置かれている状況など知らないのだから彼らは悪くはない。
話題を変えようとしていると突然バッグに入れていたスマホが愉快なメロディ音を鳴らす。スミマセン、と言ってスマホを取り出した。そして画面に表示されていた名前を見て目を見開いてしまった。
"爆豪さん"
その名前を見るだけで心臓は鼓動を早める。隣に座る同僚が「どうかした?」と聞いてくれたことに対して『なんでもないよ。』と答えた。すると向かいに座っていた瀬呂さんは着信を待ち望んでいたかのように「もしかして爆豪から電話?」とズバリ言い当てた。
「出て出て!」と急かされるままに通話ボタンを押した。
スマホが耳に到達するまでの短い時間、出て何を話せばいいんだろうなんて考えてた。それなのにそんな悩みは耳に当てた瞬間に吹き飛んだ。
『も、もしも「"もしもし"じゃねぇわァッ!今すぐそのクソみてぇな集会から出ろ!!」へ…?』
「つかなんでてめぇがそこに居ンだよ!」
『え?集会って、どうして分かるんです?』
「瀬呂の奴からてめぇらの写真が送られてきてンだよ!それより何でそこにてめぇが混ざってンだよ!!」
『と、友達に誘われて…』
何故こんなに怒鳴られているのかもわからないままに、私はただ身体を小さくしていた。すると瀬呂さんが「貸して」と口パクして手を差し出してきた。爆豪さんに『ちょっと待ってください、瀬呂さんが話したいみたいです。』と言ってスマホを耳から離した。スピーカでもないのに受話口からは「あ!コラテメェ!!」と言う声が聞こえてくる。
瀬呂さんが私のスマホを受け取り耳に当てるが、すぐに「あれ?切れてる。」と言って耳から離した。その直後、今度は瀬呂さんのスマホが鳴り始め耳に当てた。
瀬呂さんが電話越しに爆豪さんと話をしている。そして「あー悪ぃ悪ぃ。」と言って私にスマホを渡してきた。しかも「ありがとな、なまえちゃん。」と意味ありげな顔をして。
瀬呂さんが耳に当てているスマホに上鳴さんも耳を近づけて話を聞こうとしていた。しかしその後すぐ二人は目を見開いて、瀬呂さんは通話を終了した。そして私を見てニカッと笑った。
「爆豪が本気で惚れ込んでるみてぇだから、益々なまえちゃんのこと気になったわ。」
『はい?』
「ソイツに変な気ィ起こしたら殺すって脅されてきた!」
『…!』
「あと、"俺が迎えに行けねぇから、クソ気分が悪ィけどちゃんとてめぇらが送り届けねぇと分かってンだろーなァ"っつって。分かってるっつの!w」
『……。』
「…浮かない顔してんね?」
『そんな事は…。』
「アイツ、よっぽど俺がなまえちゃんのスマホで電話すんのが嫌だったんだろうね?わざわざ俺の方に掛け直してくるぐらいだし。」
『そんな事を気にするでしょうか…?爆豪さんが焦る姿なんて想像もつきませんが。』
「んー?アイツはみみっちぃ奴だよ。なまえちゃんが"そんな"って思う事でも爆豪は気にしてると思うよ?」
『…』
「なまえちゃんが思ってる程、アイツに余裕はないのかもな?」
ニシシ、と笑う瀬呂さんを直視できずに下を向いた。
爆豪さんの友達にそんな風に言われてもまだ、心はスッキリとしない。
私の目に映る爆豪さんや、瀬呂さんの言う爆豪さんを信じたい。
だからと言ってあの話を聞かなかった事に出来るほど、都合良くはなれない。
「爆豪の事で何か悩んでんの?俺らで良かったら聞くよー?」と上鳴さんが言ってくれたのに便乗して切島さんや瀬呂さんも頷いてくれた。
『ありがとうございます。でも、大丈夫です。』
私がそう言うと、3人は「そっか、」と笑ってくれた。
…ちゃんと話をすればいい。恋人関係なのだから何に悩んで何が不安かを話し合いをするべきなんだ。
←
→
戻る
- ナノ -