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なまえ side
「わぁあああ///みょうじ先輩ありがとうございます!」
「嘘でしょ…本当にこれは本物…?」
「間違いなく本物よ…ダイナマイトのサイドキックがSNSにあげてたサインと字体が一緒だもの。…みょうじさん本当にありがとう!家宝にするわ。」
目の前にいるのは、以前私にダイナマイトのサインを…と頼んできていた3人組だ。出社してすぐ、目の前を歩いているのを見かけサインを渡したのだ。3人は私から受け取った色紙を大事そうに抱きしめて、目を輝かせていた。
「みょうじ先輩、残業でもなんでも手伝いますので、いつでも言って下さい!」
「それにしてもみょうじさん凄いわね。ダイナマイトからサイン書いてもらえるだなんて…仲が良いのね羨ましいわ…!」
『あ…いえ。それよりも、ダイナマイトのサインを私から受け取ったこと、他の方には内緒にしてもらえますか?』
「安心して!極秘ルートから手に入れたって自慢だけするわ!」
私が周りに人が居ないのを確認して小声で話したにも関わらず、興奮気味の先輩は大きな声でそう言った。
…極秘ルート…。割り出されなければいいけれど…。
「あ…名前書いて貰えば良かった…。」と一人がポツリと呟いたのを聞こえないふりをして『それでは。』と私はその場を退散した。
…言えない。自分のだけ'なまえ'と名前が書いてあったなんて。
勿論3人分の色紙にも名前を入れて貰えるよう頼んだが、「興味のねェ、ましてや知りもしねェモブの名前なんざ書くか!」と断られてしまったのだ。それはそれで私自身は嬉しかったりもした。スケジュール帳の一番後ろのサインが特別なものに思えて仕方がなくて、思い出すたびに口元が緩んでしまう。
私は軽やかな足取りで自分の部署へと行き、デスクに着いた。
「なまえおはよー」と欠伸をしながら同僚が隣のデスクに着くと、『おはよう。眠そうだね?』と笑いかけた。すると、彼女はズイっと顔を近づけて来てまじまじと私の顔を見つめて来た。
『な、なに…?』
「なまえ嬉しそう。幸せオーラ全開。」
『そ、そう?気のせいよ。』
「ううん、周りにお花飛んでる。それに…、シャンプー変えた?」
『…っ、変えたっていうか、今日はたまたま…。』
「へぇー?そういう事ー??」
彼女は察したのか、顔をニヤつかせて私から離れた。そして「今晩、付き合いなさいよ?」と言って鼻歌を歌いながら仕事に取り掛かりはじめた。
あの顔つきからして、全て察したのだろう。見抜かれたと思うと恥ずかしくて顔に熱を持っていくのが自分でもわかる。
仕事だ、と自分に言い聞かせて私もPCと向かい合った。
−−−−
その日の夜_
私たちはいつもの居酒屋へと足を運んでいた。二人で『お疲れ様』と乾杯してから彼女はすぐに本題を話し始めた。それも顔をニヤつかせながら。
「シたの?」
あまりに直球な質問に、私はグラスにつけていた口に大量にお酒を流し込んだ。私はゴクリと喉を鳴らして身体の中にアルコール成分を落として口を開いた。
『…シました。』
「やっぱりー!え!え!?ダイナ…っと、彼ってやっぱりテクニシャン??」
『こ、声が大きい!!それと、テクニシャンかと言われても…よくわからないよ。私、その…初めてだったし…。』
「え???そうなの!?初が彼なの!?!?」
『…ハイ。』
「なにそれ最っ高…!!」
彼女はテンションが上がりきっていてかなり早口だ。当事者である私よりもハイテンションになっている彼女につられて私まで気分が上がってしまう。
『初めては痛いって聞いてたけど、全然そんな事なくって…なんかもう自分があんな事したなんて今でも信じられないし…、メッセージとか電話来るだけでも変に意識しちゃって…。』
「あんな事…?ナニしたの?」
『あ…今のはその行為自体のことを指してて…。』
「吐きなさーい?何かシたんでしょー?吐かないとキツいの飲ませて吐かせるわよ。」
『吐く対象が変わってる…。』
そんな感じで女二人で盛り上がって(?)いると店長からサービスでお酒を渡された。
昨晩、家に帰って一人になっても胸の高鳴りは収まらなくて、ベッドの上でしばらく体育座りをしていた。寝巻きに着替え、あとは眠るだけだと言うのに全く眠れずにいた。少しだけ忘れて強く目を閉じて眠ろうとするも、先ほどまで行為をしていたぞという違和感を下半身に強く感じてしまう。そして再び、つい2時間ほど前からの出来事を一から思い出してしまって唇を指先で押さえるのだ。
どこを触られても気持ちよかった記憶しかない。勝手に身体が反応して、背中に稲妻でも落ちたかみたいに何かが全身を駆け巡った時はどうしようかと思った。
しかも大胆にも『舐めてもいいですか?』なんて聞くなど…あの時の自分を思い出すと急に恥ずかしくなる。…しかも結局どうしていいか分からず教えてもらっちゃったし…。予習大事…。
そんな事を考えているとスマホが振動して着信を知らせた。
表示された名前は“爆豪さん”。慌てて通話開始のアイコンをタップして『ハイ!』と勢いよく返事をしてしまった。
「あ?ンだよ。」
『あ…スミマセン。びっくりしてつい大きな声を…。どうかされましたか?あ、忘れ物とかしてましたか?』
「用がなきゃ電話しちゃいけねェンかよ。」
『…っ///いえ、そんな事はなくて…。』
「寝てたかよ。」
『いえ、眠れなくて…。』
「…俺もだわ。」
『へ…?』
「枕もシーツも掛け布団にも、全部てめェの甘ェ匂いが染み付いてンだよ。」
『にお…い?』
「ったく…、こんな事なら無理にでもここに泊めときゃ良かったわ。残り香だけしっかり置いていきやがってタチが悪ィ…。実態がねェンじゃ虚しいばっかじゃねぇかよ。」
『爆豪さんでもそんな事思うんですね?』
「あ゛?」
『すぐそうやってドスの効いた声出すのやめてください…!…だって、いつも余裕そうだし、さっきだって手慣れてる感じだったし…。終わった後に寂しいと思ってるのはちょっと意外でした。』
「だっれが寂しいだゴルァ…!腹ァ立ててンだよ!もう切るわ!さっさと寝ろ!!」
『あ、わ…待ってください…!』
「あ?待つかよ。もう切るわ、じゃあn『勝己…』…っ」
『さん…///お、おやすみなさい!』
「…てめェは俺を寝かせる気がねぇンだな。」
それ以上は声を聞くのも恥ずかしくて強制的にこちらから通話を終了した。朝起きたら爆豪さんからメッセージが入っており、そこには「次から爆豪さんなんて呼びやがったら殺す。」と脅迫文が綴られていた。
…なんて、甘ったるい話をしてしまえば、同僚はきっと更にお酒を流し込みそうだ。私は『アハハ、』と笑って『それより…』と話題を変える事にした。
『上鳴さんとは順調なの?』
私がそう聞いたのは、ココで四人で食事をした日以来、彼女がチャージズマと連絡を取るようになり付き合う仲まで進展したと言っていたからだ。私が話を振ると、彼女はだいぶ酔いが回っていて私が話を逸らした事など気にもしていない様子で、ニッコリと笑って口を開いた。
「順調順調ー!なまえと一緒で、実は今朝は電気の家から出勤してたのでーす。」
『私は自宅から出勤してますからね!?』
「うそだー。」
自分が恋バナをする事になるなんてなぁ、と思いながらお酒や食事を進ませた。1時間ほど話し込んだ所で『明日仕事だし帰ろうか。』と言ってお開きにする事にした。
そんな時、背後から女性の話し声が耳に届いた。声の数的に二人で話している様子だった。
「ダイナマイトってカッコいいよねー。彼女とかいるのかな?」
「絶対いないよ。」
「なんでそう言い切るの?」
「あー、実は私の友達さ…ダイナマイトとヤッた事あるんだって。」
え……?
元カノさん…とかかな??
これ以上聞きたくないのに、そう思うほど自身の耳はその声を拾ってしまう。
「えー、まじ??いいなー。」
「友達も喜んでたんだけどさ、内容聞いたらめちゃくちゃ荒いし、自分の欲求満たしてるだけって感じだったんだよねー。友達はモノみたいに扱われてる感じが堪んないって言ってたけどね(笑)」
「つまりセフレって事?私もダイナマイトに抱かれたいなー。」
「セフレじゃないよ。友達が連絡先聞いたら'同じ女と二回目はシねぇわ'って断られたみたいだから。」
「えーー、それで友達は引き下がったの??」
「そう言ってたよ。だからダイナマイトは彼女とかそういうの作らないんじゃない?」
「私なら絶対なんとしても連絡先手に入れる。そして絶対虜にしてみせる!」
ケラケラと笑う彼女たちの後の会話など耳には入らなかった。ただ思ったのは、“私も遊ばれたの?”という事だけだった。
そんな筈ない。だって私は連絡先だって知ってるし、彼女だもの。
そう言い聞かせても、心に溜まったモヤモヤは晴れない。
「なまえー?どうかしたのー?帰るよー!」
同僚が居酒屋の入り口でそう叫んでくれた事によって我に返り、外へと出た。居酒屋から出た所で『また明日。』と言って別れた。
…
あれからどうやって家に帰って来たのかもあんまり覚えていない。ただずっと彼女たちの会話と、爆豪さんのことを考えていた。
あんなの過去の話だ。今は私が彼の恋人だ。昨日の爆豪さんは優しかった。荒くなんてない。ちゃんと私は愛されてた。
そう言い聞かせるも、満足できなかったら私は捨てられるのかななんて思ってしまう。昨日あれだけ愛されておいてそんな事を考えてしまうなんて、酷い女だって事は百も承知だ。…それでも、大好きな人がいろんな女性と関係を持っていたなんて聞けば、自分だってそのうちの一人だったと思わざるを得ない。
お風呂に入る事も、化粧を落とす事もする気になれず、ベッドにダイブして枕を抱きしめた。鞄に入れたままのスマホが着信を知らせているのを取る気にもなれず、目を閉じた。
深く、暗い海の底に堕とされたみたいに怖くて寂しくて涙が溢れた。
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