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轟 side
イルミネーション通りの中で爆豪の後ろ姿を見つけた。隣には女の人がいた。
それを見るなまえは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
…一番見たくなかった。他の男の為に流すなまえの涙は、俺がずっと見たくないと思っていたものだった。なまえはずっと俺を好きでいてくれてたみてぇだから、これまでなまえのその涙を見ることなんかなかった。
なんで爆豪と出会ったんだ。
なんで今までなまえの気持ちにも、自分の気持ちにも気づけなかったんだ。
抱きしめてやりたかった。「俺を選べばいい」と言いたかった。爆豪が俺からコイツを奪っていったように、俺もなまえの心を奪い返したかった。
…けど、なまえの表情を見ていたらそれも出来なかった。なまえの瞳には爆豪しか映ってなくて、街並みを煌びやかに彩るこのライトアップの所為で潤んだ瞳は虹色に光っていた。それがあまりにも哀しくて、綺麗で、真っ直ぐに爆豪だけを見ていて、自分が入る隙などない事を思い知らされた。
俺にできることは、ただなまえの心を苦しませる光景を見せないようにすることと、その涙を隠してやることくらいだった。
なまえの目を両手で覆ってやって数秒もすれば爆豪たちは俺たちの進行方向から姿を消した。
安堵はしたが、このままこのイルミネーション通りを歩く気にもなれず、「帰ろう。」となまえの手をとって帰路へと付いた。
しばらくの間会話もなしに歩いているとなまえはピタリと足を止めた。「どうかしたか?」と問い掛ければなまえは笑顔を俺に向けて『焦凍くん、お酒付き合ってもらえないかな?なんか一人になりたくないや。』と言った。その笑顔は悲しい気持ちを隠して無理して笑ってるようにも見えた。
−−−−
なまえに連れられ入った居酒屋は、なまえの雰囲気には似合わねぇような所だった。年季の入った建て付けの悪い引き戸、服につきそうな程の炭の匂いがする店内には、会社帰りのサラリーマンがちらほら。なまえは店主らしき男と親しげに話をした後、俺に手招きをして奥のテーブルへと案内してくれた。
テーブルに着くや否や先ほどの店主らしき男がテーブルに梅酒とビールを持ってきた。
「ほい、姫さんは梅酒な。兄ちゃんは、ビールでいいか?」
「…まだ何も頼んでいませんが…。」
「ハハッ、姫さんが男連れて来たんだ。いつもうちの客を癒してくれてる礼と俺からの祝いだ!それともビールは飲めねぇか?」
「いえ…。ありがとうございます。」
『店長ってば…その姫って言うの辞めてよ…。あとこの人は幼馴染で…。』
「照れなさんな!ま、ごゆっくりー!」
男がグラスを置いて消えていくとなまえは『もう…』と言いながらも嬉しそうにしていた。その表情に安心しちまってフッと笑いが漏れた。
「この店、よく来るのか?」
『うん、友達とよく来るの。前に言った、私が歌を歌う居酒屋っていうのがココなの。変な勘違いされてるけど、店長があぁ言ってくれてるし戴いちゃおうか。』
「…そうだな。」
それから一時間程度飲み食いをしていたわけだが…なまえの酒のペースはまぁまぁの早さだ。
…いつもこんなペースで飲むのか?すぐに酒が回りそうだな。
そんな俺の予想は的中し、なまえは頬をピンクに染め、目をトロンとさせて、眠たそうにしていた。
なまえが目の前のグラスを持とうとするもんだから、俺は「もうその辺でやめとけ。」とそのグラスを取り上げた。そうすればなまえは顔をムスッとさせた後、テーブルに突っ伏した。
『…凄く綺麗な人だった。』
「なまえ?」
『私が爆豪さんの隣にいたら、周りの人は「ダイナマイトの彼女にしては普通すぎる」って言うのに…あの女の人とはお似合いだった…。』
「…」
『ううん、ごめんね。飲みすぎちゃったかな。お手洗い行ったら帰ろうか。』
そう言ったなまえの笑顔は明らかに作られたものだった。
…どんな顔をしてそれを言ったんだ?
席を立ったなまえの後ろ姿を目で追いながらそんなことを考えていると軽快な音楽が俺の耳に届いた。その音の発信源はなまえのスマホだった。
一度鳴り止み、再び同じ音が鳴り響く。
流石に3度目ともなると、緊急の用事ではないかと、スマホを手に取って画面を見た。
"爆豪さん"
スマホの画面の中央には大きくそう表示されていた。その名を見て思い出すのは先ほどのイルミネーション街での光景と、なまえの寂しげな表情だった。俺は、通話開始のアイコンをタップして耳に当てた。
「やっと出たかよ、一回で出ろや!」
「…爆豪、俺だ、轟だ。」
「あ?…ンでテメェが出んだよ。」
「なまえと居酒屋にいるんだが、もう予定がねぇなら来てくれねぇか?だいぶ酔いが回っちまって、大変だ。」
「チッ……」
そこで通話は途切れちまった。少ししてなまえが戻って来れば、水を頼んでやり落ち着かせた。
「少しゆっくりしてから帰ろう。危ねぇ。」と言って席で休ませれば、いつの間にかコイツは眠っちまった。
10分程すれば店の引き戸が勢いよく引かれる音がして視線をやれば、爆豪が立っていて、俺と目が合うと一直線に俺の方へと歩いてきた。
「場所が分かるんだな。…俺は居酒屋としか言ってねぇのに此処だって。」
「舐めんな。」
「俺はなまえが此処でメシを食うことも、こんなに酒を飲むことも今日初めて知ったんだ。ずっとなまえを見てきた筈なのに初めて知った。」
「そーかよ。…んで、何で俺を呼んどんだ。テメェで連れて帰れや。」
「…なんでだろうな?なんとなくその方がなまえにとっていい気がした。」
「ケッ…、テメェ色々と鈍い癖にコイツの事だけには鋭いな。」
「なぁ、爆豪。」
「あ?」
「なまえが替え玉見合いに行くのを俺が引き止めて、この間の事件でなまえを助けに行ったのが俺だったら、何か違ったか?」
「…知るかよ、ンなモン。」
「…そうか。」
「言っとくが、替え玉見合いなんてモン以前に俺はこの女を知ってたわ。俺にとっちゃ、見合いなんてたまたま転がり込んできたオマケに過ぎねぇンだよ。」
俺にそう言って、爆豪はなまえの前に屈んでなまえを背中に乗せて立ち上がった。居酒屋から出て行こうとする爆豪の背中に向かって俺は口を開いた。
「…なまえから目ェ離したら、今度は俺が容赦なく奪いに行く。」
俺のその言葉に爆豪は足を止めて「真似してンじゃねぇわ…。」とだけ言って再び歩き始めた。
次に会った時、なまえは笑いかけてくれるだろうか。俺が大好きだったあの笑顔で。
爆豪 side
メシ屋から数分歩いて辿り着いたコイツのアパートの前で、俺は背中に向かって「部屋どこだ。」と問い掛けた。するとゆっくりとした口調で『2階、いちばん奥…。』と返ってきた。言われた通りにその部屋の前に連れて行って、俺の背中にくっついてやがる女に「鍵開けろ」と再度声をかけると、モゾモゾとした動きをした後、俺の顔の横から白い腕が伸びた。
少し屈んでやれば、そのまま鍵穴に鍵を差し込みガチャリと音を立てさせ鍵を開けた。
付き合ってもねぇ女の家に上がり込むのも気が引けるが、コイツを外に出しとくわけにもいかねぇ。背中にいるコイツは聞いちゃいねぇだろうが、一応「上がんぞ。」と言って部屋の奥へと入った。
少しだけ空いたカーテンの隙間から月明かりが差し込む。そのおかげでベッドがある位置は部屋の明かり無しに把握することができた。
奥のベッドにこの女を運んで下ろし、部屋から出ようと体の向きを変えれば『焦凍くん、ありがとう。』という声が聞こえた。
あまりにも優しくあの野郎の名を呼ぶことに苛つきを覚えた俺は、なまえの体をつい勢いよく起こし、虚ろな目をするなまえと視線を合わせた。
「あの野郎と間違えてンじゃねぇわ。」
『…うん、焦凍くんじゃなかった。違う人の匂いがする。どなたか存じませんが、どうもありがとうございます。』
「…ケッ、俺だわ。」
『声やお顔は爆豪さんにそっくりですが、貴方は違います。そんなオレオレ詐欺みたいなのは通用しませんよ?』
「あ??その"爆豪さん"で合ってンだよ。」
『…違いますよ。爆豪さんは、こんな女性ものの香水の香りなんてしませんから。』
「…あ?」
『…香りをもらってしまうほど仲がよろしいのですね。私のことはいいですから、早くあの女性の所へ行ってあげてください。』
「テメェ、何言っとンだ。」
『イルミネーション、一緒に見てた方ですよ…。』
酔っ払ってやがる所為かまどろんだ表情で、いつもよりもゆっくりとした口調で喋るなまえ。
コイツの言うイルミネーションと女性というワードを繋げてみりゃ、すぐこの女の考えてることは理解できた。
「…一緒に見てねぇンだよ。」
『並んで歩いてましたもん。楽しそうに。』
「るせぇなァッ!仕事だわ!!!」
『…?』
俺の言葉になまえは薄らとしていた目をしっかりと開け、パチパチと瞬きをしながらその瞳に俺を写した。なんとなく目が覚めてきたようだった。
「パトロールだっつっとんだ!!」
『でも女性と…』
「アイツはサイドキックだわアホ!」
『え?えぇ!?』
「アイツの個性は、自分と同じ匂いのやつの気配を消すんだよ。モブ共に張り付かれちゃ、クソヴィラン追うのに邪魔なんだよ。んで、同じ匂いにしてただけだってんだ。」
『…は、はぁ…。』
「テメェが見たのがたまたま個性使う前の俺だったんだろ。…だいたいヒーロースーツ着てる時点で仕事だろーが!そんくれぇ分かれやァ!!」
『……スミマセン。たしかにヒーロースーツを着て…。』
なまえはそう言いながら思い出している素振りをし、そのツラを両手で隠した。オマケに『今の全部、忘れてください…。』と言いやがる。
その両手を掴んで顔から引き剥がしてなまえの顔を見れば、酒に酔って桃色に染めていた筈の頬は真っ赤に染め上げられ、潤んだ瞳には俺を映していた。月明かりに照らされたその表情があまりにも綺麗で、思わず唇を奪いたくなって顔を近づけた。
互いの唇があと少しで触れ合うというところで、俺は自分の動きを止めた。
…病室でコイツが俺に言ったことを思い出したからだ。
"いつも強引で私の気持ちなんて無視で…"
このまま唇を奪えば、またコイツは怒るんか?
かと言って「キスしていいか。」なんて聞くなんざダセェし…、何より俺らしくねぇ…!
アァーーッ!考えてンのもアホくせぇ…!!
「これ以上踏み込まれたくなかったら突き飛ばせや…。」
『はぇ…?』
「…この距離で、何されそうになってっか分かんだ、ろ…!」
俺が喋っているにも関わらず、なまえは俺の胸の辺りの服を掴み、自ら唇を寄せてきた。
合わさった唇からコイツの体温を直接感じ取る。なまえは数秒で俺から離れて静かに口を開いた。
『…私が貴方の色に染まります。』
「あ?」
『私も自分の思うままを言って、キスしたければして、貴方を困らせます…!ですから、貴方も引き続き私を困らせ…んぅ…!』
今度は俺がなまえの唇を自分の唇で塞ぐ。
テメェが俺にする事で困ることなんか一つもねぇわ。この先も悩ませ、困惑させるのは俺だ。これから俺が言うことにも、おめぇは何て返そうか悩むんだろう。
「好きだ。」
そう言ってなまえの唇を奪った。角度を変えながら何度もその唇を味わうとなまえは俺の身体を押し返そうとしてきやがるから、身体を離して表情を伺えば頬を先ほどよりも真っ赤にし、耳まで同じ色に染め上げていた。そして俺から視線を逸らして小さな声で『私も、貴方の事が好きです。』と言った。
酔っ払いの戯言か?明日になって『覚えてません。』なんざ言われりゃ、この時間は無駄だ。
話の続きはまた明日にでもしてやろうと思い「酔っ払いが。とっとと寝ろ。」とだけ吐いて、再び玄関の方へ向かおうとした。しかし背後から『待ってください。』と腕を掴まれ、俺は足を止めた。
振り返った直後にコイツは息を吸い、ゆっくりとした歌を歌い始めた。
静かな部屋に響く心地の良い歌声。
その声に胸の奥まであったかくなっちまう。
自分の脳みそを他人にジャックされてるってのに、嫌な感情は一切生まれてこない。
1分ほどでなまえは口を閉じたが、その声をもっと欲しくなっちまう自分がいる。もう少しコイツの感情の中にいたかった。そんくらい心地がよかった。
『酔っ払っていても、そうでなくとも、私は自分の感情を誤魔化せませんから。それにだいぶ酔いもさめましたし…。』
「…」
『私、あの監禁事件の日は個性を使いましたが、基本的には嬉しい時や幸せな気持ちの時にしか歌を歌わないんですよ。記憶にはないかもしれませんが、ホテルで雨宿りをした翌朝、私は貴方の傍で歌を歌いました。あの時から、私は"貴方になら心を見られてもいい"と思っていたんでしょうね?』
なまえはヘラァという音が付きそうな笑顔を俺に向けてそう言った。
…あの日聞こえた歌声は夢じゃなかったんかよ。
『これからも、貴方の隣で貴方の為に歌を歌わせて下さいませんか?』
「…あのメシ屋で歌わせねぇでもいいんかよ。」
『それは、また相談で…。店長と仲良しだし。』
「ケッ……。」
ずっと俺だけのものにしたかった。やっと手に入るってのに、他の奴らにその声を聞かせてやりたくねぇのが本音だ。…まぁそれはまた考えてやらァ。
なまえの隣に腰を落とし、頬に手を添え口づけを交わす。
_ずっと欲しかった
_やっと手に入れた
俺だけの"歌姫"だ。
fin..
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