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なまえ side
朝目覚め体を起こしてカーテンを開ける。
あまり眠れなかった為だろうか、朝日をかなり眩しく感じる。
昨晩、焦凍くんには家まで送ってもらった。二人きりの帰り道で爆豪さんとの事を聞かれ、彼に黙ったままでいる事に気が引けて、替え玉見合いの相手が爆豪さんだった事や、食事に行った事も話した。
「…この前のジャケットの男ってのも、爆豪か?」
『…うん。ごめんなさい。』
私の謝罪に対して焦凍くんは何も言わなかった。ただ、握ってくれていた手に力を込められただけだった。しばらく無言で気まずい空気が流れた。
「…明日から職場まで迎えに行く。たしかに爆豪の言う通り危ねぇよな。すまねぇ、ちゃんとなまえの事考えれてなかった。」
『…っ、ううん、ありがとう…。』
「他に…爆豪から何か言われたか?」
『何かって?』
「…いや、何でもねぇ。」
私のアパートの前について焦凍くんが足を止め、私の額に口づけを落とす。
「無防備になるのは、俺の前だけにしてくれ。」
焦凍くんは困ったように笑ってそう言って、私を腕の中に閉じ込めた。そして「おやすみ」と言ってその腕から私を解放してくれた。
−−−−
ずっと焦凍くんだけを好きだったでしょう?
今でも変わらないはずでしょう?
それなのにどうして最近は一人きりの時間になると別の人の顔ばかり思い出すの?
化粧台の前に座り鏡に映った自分の顔に心の中で問いかけるが、依然とハッキリしない顔をしている。
…そろそろ仕事に向かわないと遅刻してしまう。
私は身だしなみ程度の化粧を済ませ、アパートを出た。
−−−−
爆豪 side
「あー、次の交番回ったら今日は終わりですね。ダイナマイトさんも今日はこれで上がりですよね?」
「あぁ。」
夕方、管轄エリアの交番をサイドキックの奴と回っていた。
まったく、事務所には何人もサイドキックがいるってのに、なんだっていつもコイツと組んでんだか。
「それならどうです?俺と酒でも飲みません?」
「誰がテメェと。」
「釣れませんねぇ。この前事務所に来てた子の話でも聞かせてくださいよ。あの子でしょ?見合いの時の子ってのは。」
「…」
「二人きりの仮眠室で何があったかも気になりますしねぇ?」
「余計な詮索してんじゃねぇわ!だぁって仕事しろやァ!」
俺がそう言えば「はいはい、失礼しましたー」と悪びれもなさげに言葉を口にする。
交番に到着して中に入れば、俺たちよりも先に警官と話をしている女がいた。
「そう言わず、お願いです。調べていただけませんか?」
「うーん、そうは言われてもねぇ。事件性があるかどうかも分からないからなぁ…。」
「そんな……。」
そんな会話をしていたところに「何かあったンかよ。」と声をかければ、俯いていた女は顔を上げて俺たちの方へ視線を向け目を見開いた。
あ?…この女…たしかなまえと同じ職場の…。
その女は以前、上鳴を含めた4人で飯を食った時になまえの隣にいたヤツだ。俺の目の前にいる女は俺を見てから口早に話し始めた。
「あ、ダイナマイト!!助けてください!」
「あ?」
「なまえが…職場に来てなくて。あ、なまえってみょうじなまえです。この前4人で食事したときの。…その子が朝から何度連絡してみても出ないんです。お昼に…アパートにも行ってみたけど、出てきてくれなくて…。何かあったんじゃないかって、私心配で。」
話しているうちに目に涙を浮かべ始め、言葉が途切れ途切れになっていく。警官が「サボってどこかに行ってるだけじゃないの?」と言うとその女は明らかに怒りを表情に宿して「なまえはそんな子じゃありません!欠勤なんて一度も…!」と声を荒げた。
「ダイナマイトさん、どうします?まだ事件性があるか微妙な段階なら一先ず俺らは…って、ダイナマイトさん?」
横にいたサイドキックが女に聞こえねぇ様にこっそりと俺に話しかけてきちゃいたが、そんなの構わず俺はスマホを手に取り耳に当てた。電話をかけた先は"みょうじなまえ"。
RRR--
3回目のコールのあと音は途切れ、『もしもし…』となまえの声が受話口から聞こえる。
…出るじゃねぇかよ。
内心、すげぇホッとした。何かの事件に巻き込まれてんじゃねぇかと思うと気になっちまって、今すぐにでも声が聞きたかった。
「もしもしじゃねぇわ、ダチに心配かけさせてんじゃねぇよ。…今どこいんだよ。」
『……ど、こって…家です。』
その声がいつものなまえとは違う気がして、俺の周りで「良かったぁ」と喋る声に静止をかけた。
なんだ?様子がおかしい。
その違和感が何かを探す為にもう一度声をかけた。
「仕事はどうしたんだよ。」
『…ちょっと、体調が…優れなくて…。』
声が震えてやがる。
とてつもなく嫌な予感がした。おそらく家にはいねぇ。アイツになにが起こっている?
ただの勘だ。それなのになんだってんだ、なんでこんなにも嫌な考えが頭を過ぎンだよ。
『…−♪--♪-』
「!」
突然俺の耳になまえの歌声が届いた。
カシャンッ−
「え?ダイナマイト!?」
「ダイナマイトさん!?」
その歌声と共に俺の中に流れ込んできた感情は"恐怖"だった。歌が聞こえてきたと同時に感じ始めたということは、これはなまえの感情そのものであることを意味する。
背筋が凍りつくような感覚に、思わずスマホを持つ手から力が抜けちまって、床に落としてしまった。それをすぐに拾い上げ再び耳に当てた。
「テメェ何処にいやがる!!!…っ切れてンじゃねぇかクソッ…!」
「ダイナマイト…あのなまえは…?」
「何かの事件に巻き込まれてやがる可能性が高ェ。」
「!、うそ…!」
「オイ、クソ警官、携帯会社問い合わせて電話番号でアイツの居場所探せ。」
「へ?」
「突っ立ってねぇでとっとと動きやがれやァッ!!」
電話の向こうから聞こえてきた音だけしか情報がねぇ。今すぐにアイツの元へ駆けつけてやりてぇのに、居場所が皆目検討もつかねぇ。
アイツがどんな状況にあるかも分からず余計に苛立っちまう。
電話の向こうからはアイツの声が鮮明に聞こえた。外じゃねぇ。どっかの建物内だ。
状況や場所を言わず、歌だけが聞こえたっつう事は、やべぇ奴が近くにいる可能性が高ェな。
「アイツの居場所が特定できたら俺に連絡しろ、テメェらが車で向かうより俺がぶっ飛ばした方が早ェ!」
なまえの声を思い出すだけで自分の中に湧いてくる焦りと、憤り。
クソッ、何があったってンだよ!!
何もせずその場にいる事ができず、交番を出てアイツのアパートの方へと最大速度で向かった。
何も無けりゃそれでいい。俺の勘違いであってくれ。
爆破でぶっ飛ばして行きながらそればかり願っていた。
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