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なまえ side
ーー♪ーー♪
ん…電話?
その日は朝からスマホがけたたましく着信を知らせて来ていた。出ようとすれば着信音は途切れてしまったが、10秒と経たず再び着信を知らせる音を静かな部屋に響かせる。電話相手を確認するべくスマホの画面を見れば"姉"という文字。
『もしもし、どうしたのお姉ちゃん。朝から電話なんて。』
「どうしたのじゃないわよ!ウェブニュースに載ってたのアンタでしょ!」
『ウェブニュース?…何の事?私、今日仕事だから支度しなきゃ。夕方でもいい?』
「待ちなさい!!今からその記事送るから見なさい。」
そう言って少ししてスマホがヴヴっと耳元で振動してメッセージの受信を知らせた。朝から何なんだと思いながらため息混じりに姉から送られてきた記事のスクショを見た。
んん…!?
記事を見て一気に目が覚めた。
そこには男女が抱き合う写真が大きく出ており、見出しには【プロヒーロー:ショート熱愛!!】と太文字で書かれていた。抱き合う写真というのは、キスしている写真だ。写真の撮られた角度的に焦凍くんの顔しかハッキリとは分からなかったが、周りの街並み、服装といい、紛れもなく2日前の私たちだ。
あの後、焦凍くんに家の前まで送ってもらって、そのまま別れてて良かった。後を付けられてて一緒にアパートに入る所なんか目撃されてたらと思うと、一体どんな記事を書かれていたか…。
「これ、なまえよね?このコート私があげたやつに似てるし、なんとなくアンタっぽいなって思ったんだけど。」
『…』
「ちょっとなまえ聞いてるの??」
『ごめんお姉ちゃん。たぶん私だけど、またかけ直すね。』
「え、ちょっと…!」
耳からスマホを離して通話終了のマークをタップする。通話を終了すると同時に表示された着信履歴の件数を見て驚いた。全部で10件だ。8件が姉、残り2件が母親だった。
おそらく母も同じ用件だろう。姉に話したから母には姉から連絡がいくはずだ。とにかく今はこの2人よりも焦凍くんが気になる。私は、焦凍くんの連絡先を開いて通話のアイコンを押した。
「…はい。」
『あ、焦凍くん、朝早くからごめんね。』
「いや、いい。おはよう。」
『お、おはよう。あ、あのね!大変なの。』
「どうかしたのか?」
『この前外で、その…キス、してる写真撮られてて、今朝のウェブニュースに焦凍くんの熱愛報道と共に掲載されてて……』
「なまえ。」
『なに?』
「一度落ち着け。」
『…落ち着けないよ。焦凍くんに迷惑かけちゃいそうで。』
「迷惑?」
『だって焦凍くんの所に記者の人達が沢山押し寄せてきたら…』
「俺からあの場面を作っちまったんだ。それに、事実なんだから何も気にする事ねぇだろ。」
そう言ったあと、「まぁ、でもなまえの事を嗅ぎつけちまったらいけねぇから、なんとかする。」と言って電話を切ってしまった。
通話の終わったスマホを操作して再びウェブニュースの写真を凝視する。
まぁこの写真を見て私だと気づく人は姉くらいだろう。フードのおかげで横顔も隠れているし。
私は身支度を整え、クローゼットからいつもとは違うコートを出して羽織る。そして部屋にかけておいたクリーニング店のハンガーにかかった黒いジャケットを手に取り、折り目を付けないよう紙袋に入れて職場へと向かった。
爆豪 side
あーーークッソ頭痛ェ…。
絶対ェこの前の雨で風邪引いちまった。あの女に鍛え方云々言っておいてダセェ。
事務所に併設してあるトレーニングルームに来ちゃみたが、身体が思うように動かず、軽めに筋トレをして長椅子に仰向けで寝そべった。
スマホを取り出して昨晩なまえから届いたメッセージを読み返す。
『こんばんは。お借りしていたジャケットをお返ししたいので、明日仕事が終わったらダイナマイトヒーロー事務所にお伺いしてもよろしいですか?』
昨日からなんとなく感じていた身体の怠さの所為もありそのメッセージに「来るな。」とだけ返した。
あの女が風邪引いちまわねぇようにしたのに、俺のを移しちまったら意味がねぇ。
飯の時に聞いたあの女の個性のこと。"自分の感情を他人に与えるだけ"とか言ってやがった。それはつまり、俺がなまえに向けている好意は間違いなく俺自身が抱いたものだ。アイツの個性の所為なんかじゃねぇ。たった一度聞いただけの歌声に興味が湧いて、なまえの事を知っていく度にどんどん俺の中のなまえの存在が大きくなっていきやがる。
ホテルに泊まった日に夢の中にまで流れ込んできたあの歌声で、やっぱり俺のものにしたいと思っちまった。
少し前、俺はあの女に自分の好意を示したつもりだった。
「アイツに対するその気持ちを、…この俺が、いつか思い出すようにしてやるっつっとんだ。」
半分野郎の事で涙を流したなまえに間違いなくそう伝えた。それでも次の日に飯に誘えばそんな事気にもしてねぇ様子だった。
半分野郎しか居ねぇアイツの頭ン中にちっとも俺は入り込めやしねぇ。それが無性に俺を苛つかせる。
「ケホッ…、」
「あれ、ダイナマイトさんが休憩なんて珍しいですね。咳までして風邪ですか?」
そう声をかけてきたのは今トレーニングルームに入ってきたばかりのサイドキック。
面倒臭ェ奴がきたもんだ。少し休んだらとっとと此処から退散してやろうとしたのに、身体は動くことを拒否してやがる。その所為でコイツのくだらねぇお喋りを聞く羽目になっちまった。
「あ、ダイナマイトさん今朝のウェブニュース見ました?」
「あ?」
「ショートですよ!熱愛報道されてましたよ。公衆の面前で女性とキスしてる写真と共に!まぁ相手の女性はフードを深く被って横顔も見えずでしたけど…。いやぁ今まで浮いた話が上がってきてませんでしたけど、やっぱり彼も男なんですね。ハハ」
「…」
「ダイナマイトさんも負けてられませんねぇ?ところで、以前お見合いした子とはあれっきりっスカ?…あっ、ちょっと…!」
話している途中にも関わらず身体を起き上がらせ、トレーニングルームから退出することにした。
それにしても…半分野郎の熱愛報道だァ?
あの野郎自体に興味はねぇ。…だがアイツのことを好きななまえはその記事を見てどんな顔すんだよ。そんな思いからそのウェブニュースとやらをスマホの電源を入れて探し出した。
これか…。
…は?ちょっと待て。
事務所へと戻っていた足を止め廊下に立ち尽くした。
写真の女が身に纏っているコートに見覚えがあった。そんで、見切れちゃいるが女の持っている鞄にも覚えがある。
背丈やたったそれだけの要素でこの写真の女がなまえだと一瞬で分かった。この記事を見るなまえの顔ばかり想像していたが、まさか写っている女がなまえだとは思いもしていなかった。
悲しむなまえの顔を見ずに済んだ。それなのに自分の中には苛立ちが募る。
「この前メソメソしてやがったのはどこのどいつだよ、勝手に結ばれやがって…!」
思ったことは口から出ちまっていた。
あーー、てかまじで頭が働かねェ…。
募る苛立ちと体調の悪さが相まって気分は最悪だ。なんとか気を紛らわそうとパトロールに出ることにした。
首に下ろしていたアイマスクを付けエレベーターの方向へと足を進める。
体調管理もまともにできねェなんて我ながらダセェ。他の奴らに示しがつかねぇな。
そんなことを思いながらエレベーターが来るのを待つ。エレベーターが到着して開いた扉の先にいた人物に驚いた。
『あ、爆豪さん!良かった、すぐにお会いできて。』
「…ンで来てんだよ。」
エレベーターの中にいたのはなまえで、俺を見て安心しきった顔をしてそう言いながらエレベーターから降り俺の目の前に立った。
突然のなまえの登場に、俺はエレベーターに乗る事も忘れちまって、扉は閉じてしまう。
『ごめんなさい、来るなと言われましたがこれを返したかっただけなので、事務所の扉にでもかけておこうと思ったんです。…でも来てみて驚きました。この5階のフロア全部ダイナマイトヒーロー事務所なんですね?』
「…れ。」
『あの、爆豪さん??』
「何来とんだ!今すぐ帰りやがれ…!!…ケホッ…!」
『え、咳?…もしかして風邪ですか?』
「テメェが…!気にする必要、ねぇわ!!」
やべぇ、止めようとすればするほど咳が出る。そんでもって頭はかち割れそうに痛ェ…!
『気にしますよ…!顔、赤い気がします。』と言って俺の額に掌を押し付けてくる。
ひんやりとして気持ちが良い。
そう思ったのを最後に俺の記憶は途絶えた。
…
目を開ければ蛍光灯の白い光が目の奥を刺激してきた。
此処がどこかを確認するべく身体を起こせば『目が覚めました?』と優しい声が聞こえてくる。俺の寝ているベッドのすぐ横で椅子に腰掛けて笑いかけてくるなまえがいた。
辺りを見渡せば、見慣れた景色だった。此処は俺の事務所の仮眠室のようだった。
『びっくりしましたよ、急に倒れるんですもん。』
「…」
『たまたま通りかかったサイドキックの方がここまで運んでくださいました。あ、頭とか手に付いてたヒーロースーツの装備品は外してもらってます。』
「…悪かったな、驚かせちまって。あと、こんなところで足止めさせちまって。」
『いいえ。…私の方こそ、すみませんでした。』
「あ?」
『私の所為ですよね…。あの日、雨に打たれた上に翌日ジャケットまでお借りしてしまったから…。』
「ケッ…、俺が押し付けたんだからテメェが謝るこたァねぇわ。オラ、しんみりしてねぇで早よ帰れやァ!!移ンだろーが!!」
『移っても構いませんよ。貴方はヒーロー。個性を使って人を助ける事が許されている特別な人です。。…私がピンピンしていても貴方の替えにはなりません。ですから、私が風邪を引かせてしまった以上、大したことはできませんが、看病はさせてください。』
なまえはふふ、と笑ったあと『お粥食べられます?レトルトですけど。』と言って椅子から立ち上がった。半透明の袋をガサガサと漁ってレトルトパウチと四角い箱と飲み物を取り出した。袋には近くのドラッグストアのロゴが入っていた。…わざわざ買いに行かせちまったみてぇだ。箱の中身は風邪薬のようで、近くのテーブルにその薬と飲み物を置き、『電子レンジと器お借りします。食べたら薬飲んで寝てくださいね。』と言って、部屋に備え付けてある電子レンジの方へと行った。
『えーっと、600Wで…わっ…、ばくごー、さん?』
身体が勝手に動いちまっていて、気づけばなまえの後を追い後ろに立ち、その自分よりも小柄な後ろ姿を抱きしめていた。
頭がボーっとして、理性が働いてなかった。ただ、コイツの温もりが欲しかった。
「移ってもいいっつったのはテメェだからな。」
耳に唇を触れさせてそう言うと、なまえの肩がピクリと跳ねた。
顔を横に向けさせ、唇に口づけを落とした。
唇を離すと同時に閉じていた目をゆっくりと開けると、なまえは驚いてンのか目をパチパチと数回瞬きをさせていた。
「目くらい閉じろやバァカ」
再び唇を重ね、身体に回していた腕に力を込めた。その温もりを自分だけのものにするよう、コイツが半分野郎のところへなんか行っちまわねぇように、強く_
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