-12-
轟 side
ベッドの上で目を開ければすぐ目の前に愛しい人の顔がある。スヤスヤと気持ちよさそうに眠る姿を見ると心が落ち着く。スマホの電源をつけて時刻を確認すれば昼過ぎを迎えていた。
昨日あまり眠れなかった所為もあるのかぐっすり眠っちまっていた。
シングルベッドの窮屈さが今は丁度いい。ピタリとくっついた距離で愛しい人を腕の中に閉じ込めてその顔を眺める。
白く透き通った肌に長いまつ毛。なまえの栗色の柔らかい髪の毛を撫でても起きる気配はない。思わずフッと笑いが漏れちまって、それに気付いたのかなまえが小さくうめき声を上げゆっくりと瞼を持ち上げた。
「目、覚めたか?」
『…ん…。いま、何時?』
「昼過ぎだ。」
『結構寝ちゃった。…お昼ご飯、冷蔵庫に何かあるかな。』
起き上がろうとするなまえの身体を強く抱きしめてその温もりを自分の中に閉じ込めた。
『…焦凍くん、お昼、食べなきゃ。』
「もう少しだけ、ダメか?」
『っ、もう…!さっきも少しだけって言った…!』
「今までずっとこうしたかった。でも、ただの幼馴染って思うと出来ねぇでいた。…やっとこうして抱きしめて、俺だけがなまえを独り占めして許される関係になれたんだ。今日一日中こうしてても足りねぇぐらいだ。」
「私の心臓が持たないよ…。」
「…?調子が悪ぃのか?病院に…」
『そうじゃない。』
俺の言葉にピシャリとなまえは返してくる。なんだか可笑しく思えちまって互いに笑いが漏れた。
俺の胸の辺りに顔を埋めているなまえの額に口づけを落とし柔らかい髪の毛を指で梳くと、小さな声で『あと、ちょっとだけだよ?』と言うのが聞こえる。俺はなまえに「ありがとう。」と返して再び目を閉じた。
−−−−
なまえ side
再び目を開け、部屋にかけてある時計を見れば針は16時を指していた。
あれからかなり寝ちゃってた…。いい加減起きないと。
グゥと鳴るお腹に手を置いて起きあがろうとすれば「腹、減ったな」とすぐ近くで聞こえた。ドキリとして顔を上げれば、焦凍くんが優しく笑いかけてくれていた。
うぅ…聞こえちゃってた…。
恥ずかしくて真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて焦凍くんの腕から抜け出して体を起き上がらせる。
ある程度身なりを整え2人でアパートを出て、プラプラと街を歩いた。
街に出る頃には既に17時を回っていた。夕食に近いが、夕食には少し早い時間のようで、まだどの飲食店も混んではなさそうだ。
「何か食べたいものがあるか?」と聞かれるがこれといって思い浮かばない。考えあぐねていると焦凍くんは「そこにするか」とイタリアンのお店を指差した。私は『そうだね。』と承諾してそこで夕食をとることにした。
……
『はぁーー、美味しかったぁ。』
「満足そうだな?」
夕食を済ませて、お店を出た私たちは、アパートに戻る為の道を歩いていた。
なかなか洒落たお店だったし、目の前には整った顔立ちの男性、しかもその人が自分の彼氏なワケで…。あまりじっくり料理を味わえなかったのが本音だ。だけど、焦凍くんがご馳走してくれた手前、そんな事は言えない。
『うん。ご馳走様でした。』
「あぁ。」
『でもなんか変な感じしちゃうな。』
「?」
『ついこの間まで幼馴染のお兄ちゃんって思わなきゃって思ってたのに、今は彼氏だもん。どう変えていいか分からないね。』
「変える?」
『恋人同士がしそうな事が分からないって言えばいいのかな?』
「それは俺もよく分かんねぇけど、変える必要はないんじゃねぇのか?俺は今までなまえと一緒にいて、抱きしめたい、手を繋ぎたい、って思ってた。けど、幼馴染ってだけの関係だったからそれが出来ずに頭を撫でるだけで…触れるだけで精一杯だった。なまえもそういうのねぇか?」
『うん、…私はずっと好きだよって言いたかった。』
私がそう言うと、焦凍くんが足を止めるものだから私も彼の方に体を向けて立ち止まった。彼を見れば、フッと笑って私の顔の方へ左手を伸ばしてきた。
外気で冷え切った頬や耳の近くは、熱を持った焦凍くんの左手のおかげでほんのりと温かい。向けられる視線はいつもと変わらない筈なのに、"付き合っている恋人"として見てくれていると思うと妙にドキドキとしてしまう。
「そうか…。それを心の中で留める事なく出来るようになったって思えばいいんだと思う。」
『そう…だね。』
私も笑ってそう返した。
「ねぇ、あれってショートだよね??」
「うんうん。私も思ってた!絶対そうだよね?」
ふと、辺りからそんな会話が聞こえた。
そうだ、此処はまだ人の通りが多い場所だった。
焦凍くんは帽子こそ被っているが、顔を見ればショートだとバレてしまう。以前「ヒーロースーツを着てないと結構バレないもんだ」と本人は言っていたが、焦凍くんが周りの視線に気づいてないだけで、大方"プロヒーロー:ショートだ"とバレていると思う。
私は焦凍くんに『帰ろうか。』と言って一歩後ろに引こうとしたのに、彼は驚いたことに私の腰に腕を回してきて距離を詰めてきたのだ。
言葉を発する猶予も与えられず重ねられた唇。
周りからは短い悲鳴なんかが聞こえて来る。
咄嗟に焦凍くんの身体を押し返せば唇を離してはくれたが、2人の距離は保たれたままだ。少しでも動けば唇が触れてしまうような距離で、彼は私と額を合わせ目を閉じたまま「嫌か?」と尋ねて来た。
…嫌なわけない。
だけど、場所が問題だ。
焦凍くんは有名人で歩いてるだけで注目の的なのに、こんな道のど真ん中でキスなんて…。
『人が見てるから…。』と小さな声で言うと、彼は私のコートに付いていたフードをしっかりと被せてもう一度口付けを落とした。
「ショートって天然キャラなのにあんなに強引なんて///」
「いいなぁ、彼女さん…。」
そんな会話が耳に届く。
…私だって知らなかった。焦凍くんがこんなに強引な人だったなんて。
十数秒のキスから解放されて「帰るか。」と言い、自然と繋がれる手。私の心臓の音は速くなるばかりだった。
←
→
戻る
- ナノ -