(※微裏と言えるほどではありませんが、ほんの少しだけ近い表現が入っております)
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なまえ side
あれから爆豪さんの言う通りに真っ直ぐ歩けば知っている道に出てきた。
それにしても悪い事をしてしまったな。あの時歌を歌っている場合ではなく、少しでも早く起こして差し上げるべきだった。…ただでさえ寝心地の悪いソファで眠っていたというのに。
歌……。
考えてみたら初めてだ。
居酒屋でおじさんに頼まれれば個性を使う。…おじさんには仲良くしてもらってるし。
それ以外では焦凍くんにしか聞いて欲しいと思ったことはなかった。
爆豪さんには『ありがとう。』と口にすれば良かっただけなのに、言葉では足りない気がしたのだ。…個性を使うことは心を見透かしてくれと言っているようなものだ。だから1人の人に対して歌を聞かせるのは、少し恥ずかしさがある。
心の中を見て欲しいと思うのは焦凍くんだけだったのにな…。変なの。
アパートに着いて部屋の前で足を止めた。
『焦凍くん?』
私の部屋の扉の前で焦凍くんが座り込んでいたのだ。私の部屋は角部屋だから他の住人の通行を妨げる事はないが、部屋の外で待たされている人がいれば、誰が見たって驚くだろう。ましてやその人物がプロヒーロー:ショートだなんて誰も信じたくないだろう。
私の声で顔を上げた焦凍くんは、勢いよく立ち上がりその勢いのままに私を抱きしめてくるものだから危うくバランスを崩しそうになった。
『いつから来ていたの?』と問いかけたかったが、彼の体が冷え切っているのを抱きしめられた体で感じ、部屋に入るようを促した。
中に入り『すぐエアコンつけるね』と部屋の奥へと向かおうとしたのに、焦凍くんに捕まってその腕の中に閉じ込められてしまった。
体がこんなに冷えて…いつから外で待ってたんだろう。秋と冬の間のこの時期、朝と夜はかなり冷える。冷え切った体を温めるように私も彼の背中に腕を回した。
「…昨日から電話鳴らしても出ねぇし、朝起きてかけても全然繋がらねぇからすげぇ心配した。」
『…ごめんね。充電が切れてたの。…心配かけてごめんなさい。』
「昨日の夜、雨凄かったろ。大丈夫だったか?」
『…うん、建物の中で雨宿りしてたから大丈夫。」
「朝まで、か?」
『……うん。気づいたら眠っちゃってて…目を開けた時には朝で…。本当にごめんなさい。』
「何でそんなに謝るんだ?」
『…』
「このジャケットの男と一緒だったか?」
『……、焦凍くんがいるのに他の男の人と一晩一緒だったなんてダメだよね…。いくら突然の雨でも…でも、やましいことはなにも…!!…んぅっ…』
全てを言い切る前に強引に唇を塞がれて最後まで発する事は許されなかった。しかもだ。焦凍くんの舌は私の唇を割って口内に侵入してきた。
精一杯腕に力を込めて彼の身体を押し返そうと試みるが、抱きしめられる腕の力が強くてビクともしない。
初めてのこのキスの息の仕方も分からず、私の頭の中は軽くパニックだ。そんな私の状態なんかお構いなしに背中に回されていた彼の腕が服の中に入ってきて、指先は直接背筋をなぞるように這わされる。
こんなキスも、触れられてピクリと反応してしまう自分の身体もどうしたらいいか分からず、焦凍くんの身体を押し返す事はやめなかった。とは言っても、上手く力が入らず私の腕に大した力は入っていない。
焦凍くん、怒ってる。
力が強くて痛いくらいだ。
怖い、という感情もあるけれど、彼を傷つけてしまった罪悪感が大きかった。
いつも優しい焦凍くんをこんな風にしてしまったのは私だ。
涙が流れてしまった。
傷つけた私が泣いてしまうなんて卑怯だ。
分かっているのに一度流れてしまった涙はどんどん溢れてきてしまう。
焦凍くんは私が泣いているのに気づいてか、唇を離し腕の力を緩めてくれた。彼は腕を服の外に出し乱れた洋服を整えると一昨日のように優しく抱きしめてくれた。
「…悪ィ。怖かったよな。」
『…っ、ううん、焦凍くんが怒るのは当然だよ。私の方こそごめんね。』
「…前までならこんな事があってもただの幼馴染の俺がモヤモヤすんのが何なのか分かんなかったけど、今はそれがガキみてぇな嫉妬だってハッキリ分かる。"なまえは俺のだ"って思っちまう。」
『うん…。』
「自分でも気づかねぇうちに、なまえのこと俺のだけにしたくなるくらいに好きになってたみてぇだ。」
『うん…私も焦凍くんのことが大好きだよ。ずっとずっとそうだった。』
だからこそ傷つけちゃダメだった。
焦凍くんもだけど、10年以上も片想いをしてきた自分を裏切る事にもなる。
彼の背中に腕を回し、服をぎゅっと掴んで『ごめんね。』と再び謝った。
しばらく焦凍くんの腕の中にいるといつの間にか涙は止まっていた。私は、気持ちが落ち着いてきた所でシャワーを浴びさせて欲しいと言った。
服や下着が昨日のままだから着替えたい…。
『焦凍くんはゆっくりしてて』と伝え、着替えを持って浴室へと向かった。
ささっとシャワーを浴びて別の洋服を身につけ、髪の毛も乾かして部屋へと戻ると焦凍くんはベッドの上で眠っていた。
焦凍くんの眠ってる顔なんて久しぶりに見た。子どもの時以来だろうか?
綺麗な顔立ち…王子様みたいだ。
見惚れていると焦凍くんの目がゆっくりと開いて私の視線とぶつかると微笑んでくれた。すると優しく手首を掴まれ引き寄せられる。
『…っ///』
焦凍くんに腕枕をされた状態で2人で向き合って横になった。
額に口づけを落とされる。
「いい匂いがするな。」
『そ、う…?シャンプーの匂いかな?』
「この匂い落ち着くな。…離れたくなくなっちまう。」
『っ……、わ、私の頭が乗ってて、腕痛くないの?』
焦凍くんは「大丈夫だ。なまえは優しいな」と言って私の頭が乗っていない方の手で私の頭を撫でてくれた。
…心臓が破裂しそう。
『今日どこか出かける?』
「それもいいが、今はこのままお前を閉じ込めていたいんだが…。」
『…わかっ、た。』
さっきのキスのこともあり、変に緊張してしまう。初めてだけど、好きな人とするなら…と思い覚悟を決めた。それなのに焦凍くんは私の覚悟とは真逆にフッと笑った。
「そんなに硬くなるな。さっきみてぇなのはしない。」
『へ…?』
「ゆっくり慣れていけばいいだろ。…それに、こうして抱きしめてるだけで俺はすげぇ幸せだ。」
そんなの私だって一緒だ。
やっぱり私はどうしようもなく彼が好きだ。
『しょ、焦凍くん、あのね。』
「なんだ?」
『さっきのキス…したいかも。』
好きで堪らなくて、もっと近くに居たくてそんな大胆な事を言ってしまった。焦凍くんの顔をちらりと見ると、彼もまた私の口から出た発言に驚いて目を見開いていた。それでも私と目が合えば、優しく微笑んでくれ頭の位置を合わせて唇を重ねてくれる。
今度のは、先程の荒々しさはなく優しい甘いキスだった。幸せすぎてどうにかなりそうなくらいだ。
私は幸せを噛み締めるように目を閉じ、全てを彼に委ねた。
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