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なまえ side
少し走って着いた建物の中に入り、受付カウンターのような所へと2人して立つ。私は爆豪さんが受付の人とやり取りをしているのをただ黙って聞いていた。
するとプレートのついた鍵のようなものを受け取っているのが見えた。
…ここは?
受付カウンターには、部屋の内装の写真が分かるような紙が置かれていたし、素泊まりOKなホテルか何かだろうか?
特になにも聞かされずエレベーターに乗り込んでプレートに書かれた部屋番号の前で爆豪さんは足を止め扉を開けた。そして首で私にも部屋の中に入れと指示をしてきた。
「あんだけ雨に打たれりゃさみィだろ、とっとと中入りやがれ。」
『あ、えと…ここは爆豪さんのお部屋では?』
「チッ…週末で客も多くて一部屋しか空いてねェンだとよ!!朝までエアコンかけときゃ服も多少は乾くだろ。」
『泊まるの!?2人で同じ部屋に!?』
「あぁ!?そんなずぶ濡れの状態で、このクソ寒ィ中歩いて凍え死にてェのか!!」
『凍え死にたくはありませんけど、同じ部屋に泊まるなんてダメです!!』
「ゴッチャゴチャるせぇなァ!!」
『そりゃうるさくもなりますよ!!と、とにかく私は出ます!走って帰れば家まですぐですから!!』
「行かせるわきゃねェだろーが!!」
帰ろうとしたのに、爆豪さんは私の腕を掴んだまま離そうとはしてくれない。『離してください。』と口にした自分の声が震えてしまった所為で今にも涙が溢れそうなのがバレバレだろう。
彼は私を見て、大きくため息をついた後、掴んでいた手をそっと離してくれた。
「テメェがこの部屋に入ってからは俺は指一本テメェには触れねェわ。これでいいか?あ?」
『…約束ですよ。』
「あぁ。」
そんな口約束を信用する自分が馬鹿だって事くらい分かってる。けれど、爆豪さんがあまりにも真剣な表情で私を見てくるものだから、彼の言葉を無下に出来なくなってしまった。
恐る恐る部屋に入れば、爆豪さんは「脱げるモンは脱いでどっかかけとけ。ついでに俺のジャケットもな。」とだけ言って部屋の奥の方へと消えていく。
ジャケット?
そう言われ、先程何かを頭に被せられたのを思い出した。いつの間にか肩に掛かっていたソレを目の前に広げてみると、確かに爆豪さんが着ていたジャケットだ。
ハンガーをいくつか使って、身に纏っていた羽織りなんかをかけていく。
良かった。洋服はそんなに濡れてない。
それにしても…
水分を含んで黒色が濃くなり重くなった爆豪さんのジャケットを見るとかなりの大雨だったなぁと思う。
被せてくれたおかげで私の頭はあまり濡れてなかった。ずぶ濡れになったのは羽織っていた上着くらいだ。
私よりも爆豪さんの方が酷く濡れてしまっているのでは?
そう思い、部屋の奥へと入って行った彼を探す。
部屋全体を眺めた際に目に入ってしまった。
部屋の真ん中に広いベッドが一つだけ。
…………んん?
今自分が置かれている状況がまずい事を部屋を見て認識した。
…ベッドが一つ…!?
そう思うと身体から変な汗が出てくる。その所為か、ただでさえジメッとしてスッキリとしないのに居心地の悪さまで感じ始めた。
とんでもない状況にあるのでは?
今からでもやはり帰るべきでは??
と、脳内にいろんな考えが巡る。
「オイ、」
『ヘァ…!?』
「あ?なんつー声出してンだよ。…湯船溜めてっから先浸かって来いや。」
『おふ、ろ…?』
「頭濡れたまんまじゃ風邪ひいちまうだろーが!」
『あ…それなら私は爆豪さんが被せてくれたジャケットのおかげであまり濡れていませんので大丈夫です。』
濡れた髪の毛を拭いたであろうタオルを首にかけた爆豪さんを見てそう返した。
うん、どう見ても私より彼の方が風邪をひいてしまいそうだ。そんな事を思っていると「つべこべ言ってねェで早よ行けやァ!!」と凄まじい形相でそう声を荒げられた。条件反射で身体はビクッと跳ね、逃げるように脱衣所へと駆けてしまった。
根は優しい人なんだろうけど、どうにも声を荒げられるとダメだなぁ…。
……
湯船から上がり、脱衣所に備え付けてあったバスローブに袖を通す。
軽くだが濡れてしまっている洋服は干していればすぐ乾くだろう。
部屋に戻るとソファに気怠げに腰掛けテレビを見ていた爆豪さんに声をかけ、私と入れ替わりで浴室へと向かって行った。
1人残された部屋で鞄からスマホを取り出して大きなベッドの端に腰を落とす。
スマホをタップしたが、何度タップしても一向に画面が明るくなることはない。
…充電まで切れてるなんて。今日はツイてない。
大きくため息を落とし、体を回して背後を見る。
大きなベッドに並べられた2つの枕を見ると嫌に生々しさを感じる。
"私に触れない"と約束をしてくれたが、男女が一晩同室。
絶対にダメだぁあ…。流されるままにのこのこついて行ってそういう関係でない男女が軽率に雨宿りで一つ屋根の下だなんて…。
洋服が乾いたら出よう。…それにしても色々と考えすぎてなんだか疲れてしまった。お風呂で落ち着いた所為なのか、お酒が入ってるのもあるのか少し眠い気がする…。
−−−−
目を開けると真っ白の天井が視界に映る。
私寝ちゃってた……いま何時?
ゴロンと寝返りを打って顔を上げればデジタル時計がAM7:05と表示しているのが見える。
あさ……朝!?!?
勢いよく体を起こし自分の体を見るが、バスローブを身に纏ったままだったことに一先ず安心した。
仕事…!
…は、今日は土曜日で休みだ。
ホッとして辺りを見渡すが、大きなベッドには自分の体しかない。不思議に思って部屋一帯を見渡すとソファから片腕が落ちているのが見えた。
ソファの方へそーっと近づくと、爆豪さんが横になって眠っている姿があった。
…寒いのに、ここで寝てくれたんだ。
私への気遣いでソファで寝る事を選んでくれたのかと思うのは自意識過剰だろうか。
『貴方は、優しさに棘がありすぎて分かりづらいですよ…。』
小さくそう呟いた。
爆豪さんが体を少しだけ動かすがスペースのそうないソファでは体を動かしにくいのだろう。目を瞑ったまま眉間に皺を寄せている。
爆豪さんはツンツンとした言葉ばかりだけど、ちゃんと優しい心を持っていると思う。…あの横暴さは照れ隠しなのか?
そう思うと可笑しくなり笑ってしまいそうになる。
私は目を閉じて控えめに息を吸った。
『−♪−−…♪』
"ありがとう"という気持ちを込めて、ゆっくりとしたテンポの曲を歌った。
…
歌い終えると彼の目がゆっくりと開き、私と視線が交わる。
『お、おはようございます。』
「…あ?何時だ。」
『7時過ぎです。』
「チッ…オイ、とっとと着替えやがれ。」
立ち上がったかと思えば身に纏っていたバスローブをその場で脱ぎ始めたので私は慌てて後ろを向いた。
言われた通りに私も服を持って脱衣所で身支度を始めた。
2人身支度を整えホテルを出た際に話を聞けば、どうやら爆豪さんは今日がお仕事の日らしい。お仕事なのにあんなところで寝かせてしまった罪悪感でいっぱいになり彼の顔を見れないまま『すみません…。』と自然と口から謝罪の言葉が漏れた。
その謝罪に対する返事こそなかったが、私の肩にふわりと軽い重みがのしかかる。
自分の左右の肩を交互に見れば、昨日も貸してもらった爆豪さんのジャケットをかけられていた。爆豪さんを見れば、先程まで着ていた黒いジャケットはなくなっている。
「…それ、着て帰れ。」
『え…でも爆豪さんの…。』
「一緒に飯行った奴に次の日ィ風邪なんか引かれちまったら気分悪ィンだよ!!テメェが着るような服じゃねぇけど我慢しろや。」
『いや、でも爆豪さんが寒いじゃないですか…!』
「あ?相変わらずるせェな…!俺はテメェと鍛え方が違ェンだよ!軟弱なテメェと一緒にすンじゃねェ!…俺はもう行くかんなァ!!この通り真っ直ぐ行きゃ知ってる道着くだろ!じゃあな!!」
『あ、ちょっと!……行っちゃうし…。』
爆豪さんは今来た道を全速力で戻って行ってしまった。
…急いでるのに、私が分かる道に迷わず行けるようココまで送ってくれたんだ。
本当に言葉の棘が凄い……。
肩にかけられた黒いジャケットを落ちないようにかけ直す。そのジャケットはまだ爆豪さんの熱をほんのりと持っていた。
ジャケットのかかった部分は勿論、胸の奥まで暖かくなったような気がした。
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